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サラリーマンにいつか訪れる「定年後」を機嫌よく生きるための処方箋 — 楠木 新「定年後 50歳からの生き方、終わり方 」(中公新書)

自営業やフリーランスの人、あるいは経営者の方々には、「定年」なんて他人に決められた物事に様々なことを左右されるなんて、といった思いがるだろう。しかし、今のところ、日本の多くの人は「勤め人」であることに間違いはないし、ましてや、高度成長からバブル、ロスト・ジェネレーションの時代と時は巡っても、未だに「勤め人」「サラリーマン」になるために、就職戦線が活発なことは間違いない。
本書は、そういう「定年」を扱ったもので
プロローグ 人生は後半戦が勝負
第1章 全員が合格点
第2章 イキイキした人は2割り未満?
第3章 亭主元気で留守がいい
第4章 「黄金の15年」を輝かせるために
第5章 社会とどうつながるか
第6章 居場所を探す
第7章 「死」から逆算してみる
となっている。読後感としては、どうしても「男目線」からの定年論となっているのは筆者が「男性」であるゆえかも知れず、さらには、同じ勤め人であっても、家庭経営という別事業を抱えながら働いている「キャリアウーマン」とは、会社や役所への依存感が違うからかも知れない。
とはいっても「男性」であり、かつ結構、「社畜」であったと思う当方にはこの「定年」本は身にしみることも多くて
会社員生活を直線的な上昇イメージの連続で捉えると、いずれ自分の老いや死の現実にたじろがざるを得なくなってしまう。
逆に、上昇するイメージにとらわれなくなると、年齢を経ながら新たな自分を発見できる可能性が広がり、同僚や上司だけでなく子どもや老人の素晴らしさも実感することができる。
また会社や家族、自分の住む地域の姿も違って見えてくるのである。
社内の中高年の時期を自分の到達点と見る考えから脱出しなければならない。
といったあたりは、会社人生も最終コーナーに至り、自らの着順がはっきりしてきた我が身を思わず振り返って、今まで置いてきたものに思いをはせてしまうんである。
まあ、今まである程度「会社人間」でなければ、会社人生を振り返って「定年」という強制的な退場に思いをはせることはない。ただ、人生80年はおろか、100年となろうとする中では、会社の「定年」で人生が終わらないことは明白で、会社人生を人生の一コマと割り切り覚悟ないと、どうも機嫌よく寿命を全うできない時代であるらしい。
本書によれば
私は、中高年以降に新たな働き方を見出した数多くの会社員を取材してきた彼らの多くは、会社員人生から見れば「挫折」と思えるようなことを経験して、そこからイキイキとした働き方、生き方を見出している人が多い。
ということで
それでは会社の仕事以外のものを手にするのにどのくらいの時間軸で考えればよいのだろう。
中年以降に会社員から転身して別の仕事を始めた人たちのインタビューを繰り返していた時に「一区切りつくまで3年」と発言する人が多かった。
ということを前提に
1点目は、何に取り組むにしても趣味の範囲にとどめないで、報酬がもらえることを考えるべきである
2点目は、望むべくは自分の向き不向きを見極め、自らの個性で勝負できるものに取り組むことだ。
ということが定年後の長い人生を機嫌よく暮らすことには重要であるようだ。
要するに、定年後は
定年後にイキイキと過ごしている人たちの共通項は何かと、ノートに一人一人を書き出して眺めていた時に、はたと気がついた。
彼らは、このローカル路線バスの旅をしているのではないかと思ったのだ。
つまり目的地へ向かうコースを自ら選択して、周囲の人の助けを借りながら進む。
高速バスやタクシー、鉄道に乗るのとは違って、自分が進む道筋を自分で切り開いている。
決して他人任せにしていないのである
といった本書の最後の方のアドバイスをもとに、自分の目線と判断で、自分の好きなこと・やりたいことをやっていくってことが必要なのかもしれません。でも、これって、今時、勤め人でなく、フリーランスを薦める場合に言われていることに似てませんか・・。

昔の定年ノウハウ本を、マイルドな「組織からの逃げ方」の仕方として読む — 江坂 彰「あと2年」(PHP研究所)

2005年の出版で、Amazonでも新刊の紹介はなく中古でしか手に入らないようであるし、直接には「団塊の世代」へ向けた「定年を迎える書」である。定年への手引書としては少々古びているのかもしれないのだが、当方的には、定年を前にした「仕事」や「組織」への向き合い方、という感じで読ませてもらった。
 
構成は
 
プロローグ 人生八十年時代の定年の迎え方
一 「妻と二人生活」が基本スタイル
二 モノより思い出
三 定年までに捨てるもの
四 あなたの住処はどこにする
五 熱中できる趣味を最低二つ
六 旅は定年後の必修科目
七 自分の健康法を持っている?
八 最後には貯金通帳をゼロに
九 仕事意外の友人をつくろう
十 好みの外食店を見つける
十一 物事を好きか嫌いかで決める
十二 しっかりと認めよう、体の衰え
十三 ゲートボールより若い友人
十四 親の世話をそうするか
十五 人生は起承転々で進むべし
エピローグ 団塊の世代へのメッセージ
 
となっているのだが、先述のように、今の若い世代のようにドライに「組織」に向き合えない「旧世代」に属する身としては
 
人によってはむずかしい立場にいる場合もある。
サラリーマンでソフト・ランディングに失敗した人たちを兄ると、役員直前で「はい、お終い」とやられた人が多い。
こういう人は自分も嫁さんも、会社を離れて生きる準備ができていない。
自分がもしもそんな立場になってしまったら、役貝と定年のどちらでも行けるようにしておくのがよい。
好き嫌いをはっきりさせながら、それをあまり目立たせない
といったあたりは、我が身に結構堪える言葉で、おもわず「そうか」と頷いた次第。
もともとサラリーマンを長くしてきた当方と同じような年代・環境の方は、高度成長の後のバブルとその後の冷え切った経済環境のどちらも経験してはいるものの、やはり組織の中で働いてきた人が多いはず、今の若い世代のようにフリーランスにもなかなかなる勇気もないが、それなりの一所懸命働いてきた、というところである。
ところが、年金の支給も心もとなく、働く期間だけは長くなりそうな気配であって、「うむむ」という思いにかられる時は、組織との付き合い方を、本書のようにソフトに替えていくというところが精神的にもハードルが低い。
 
それは
嫌いなほうは意思を明らかにせず、やらなければいいというだけの話である。
大事なことは、「好きか嫌いか」「自分がやりたいことか、やりたくないことか」の価価尺度を自分の中に持つという一点だ。
人生とはこういうものだと妙な結論をつけないで、起承転々で流れていけばいいではないか。
六十歳で人生の「結」に入ったなどと考えなくてもよろしい。
会社の定年と自分の定年は関係ない。
定年は人生が終わったのではなくて、階段で言えば「踊り場」だ。
といった風。どうです、これなら人目を気にするあなたもデキそうな気がしませんか。
なんにせよ、組織に属し、組織内で働くことが常態であった、当方と同じような団塊アフターの世代こそ、こういうソフトトランディング的な「組織からの逃走」の仕方が精神的にも楽でありそうですね