ラーメンを題材にした歴史論的奇書 — 速水健朗「ラーメンと愛国」(講談社現代新書)

「新書」というジャンルは幅が広いせいか、結構な曲者が何食わぬ顔ではいりこんでくることがあって、おなじ講談社現代新書の坂口恭平氏の「独立国家のつくり方」が最たるものであろうと思うのだが、この「ラーメンと愛国」も、個人的には、そうした「魅力ある奇書」に分類してよいと思っている。

構成は

第一章 ラーメンとアメリカの小麦戦略

第二章 T型フォードとチキンラーメン

第三章 ラーメンと日本人のノスタルジー

第四章 国土開発とご当地ラーメン

第五章 ラーメンとナショナリズム

となっていて、前半の章は、ラーメンを題材にして、日本の近代から現代までの歴史を俯瞰するといった態で、

(明治から大正期にかけて)当時の支那そばとは、あくまで「都市下層民」が「真也飲食の楽しみ」として「娯楽的」に食していたもの、もしくは、深夜労働者たちが安価な夜食として食していたものだった(P18)

とか

日本人の食生活にラーメンが入り込んできた最初のタイミングは、戦後の闇市である(P20)

や、かって一世を風靡した「渡る世間に鬼はなし」をとりあげて

(戦後の)ドラマや漫画におけるラーメン屋は、庶民的であることや貧困な生活の象徴として用いられる(P106)

キミの世代にとっての「幸楽」とは生きていくためになりふりかまわずしがみつく生きるための場所。勇・五月の世代にとっての「幸楽」とは、成長・拡大させていくビジネスの場。愛・眞にとってみれば、育った場所ではあるが自分が引き継ぎ、守る対象ではなく、捨て去るべき古き時代のものである(P109)

といったあたりは、ラーメンというものが大正、昭和初期、太平洋戦争、戦後日本、高度成長と、アップダウンと揺れの激しかった日本の歴史を表す「シンボル性」を有しているところを明らかにしていて、歴史論には「ラーメン」を語りことが必須なのでは、と思わせるところもある。

ただ、後半になると、ちょっとその様相が変化してきて、「ラーメン」に仮装される日本人論、あるいは日本文化論、地域論のようになってきて

ご当地ラーメンはむしろ、戦後日本の地方の均質化を代表する食べ物の一つだったと捉えるべきである(P136)

「個性的郷土ラーメン」が、つくり出された幻想であることを批判するのは、ナンセンスなことである。日本の地方が独自の光景を失い、個性的な文化を失ってきた現実を見出すのは簡単だが、偽史であれフェイクであれ、物語を生成し、並々ならぬ人々の韓信を集めて、ご当地ラーメンブームが形成されたという事実から目を逸らすことはできない(P177)

思えば「ふるさと創生1億円事業」に欠けていたのは、ラーメン博物館的な嘘を誠にする力、物語を創造する力、物語を捏造する力である。歴史という物語を生み出し、フェイクであろうが、捏造された伝統であろうが、そこに魅力的な物語があれば人々は韓信を抱く。・・・歴史とのつながりが一旦切り離されてしまった現代においてラーメンは。再び魅力ある日本の歴史や伝統を語る材料になった。(P181)

といったところは、特色ある「特産品づくり」「名物づくり」として表にでているものが、実は、過去の歴史から否応なく分断され、都市部から追い立てられる「地方」の悲哀を提示してくるものであるし、

こうした”作務衣系”がラーメン屋を代表するスタイルとして完全定着を果たすのは、1990年代末のことだ。そしてそのイメージは、おそらくは陶芸家に代表される日本の伝統工芸職人の出で立ちを源泉としている。・・・90年代のラーメンの世界は、再びものづくりのロールモデルとして”職人の匠”を重視する伝統職人を選んだのである(P208)

スローフードはナショナリズムとの親性が高い

スローフード運動が、食の多様性を訴えながら、ファストフードの排除を根本的な行動指針として掲げていること、さらに地元の素材や食文化を絶対視するという地域主義的な排他性の側面が強い事は否めない(P221)

ファストフードとして定着してきたラーメンは、ある時期より地元の食材を使ったメニューを推奨するようになり、地域ならではの個性を生み出そうという地域主義と結びつくようになる。「ご当地ラーメン」「郷土ラーメン」という呼び名がまさにそれを表す。これはファストフードでもスローフードでもない、両者を折衷した”第三の道”とでもいうべき、日本らしい食文化のあり方かもしれない。(P222)

といったとこrでは、「ラーメン」という中国渡来の「食べ物」がいかにして国粋主義の衣をまとうか、そして、「スローフード」という、自然回帰、人間回帰を訴えるかに見える”食物運動”の根底に流れるものすらも表に露わにするのである。

ともあれ、こうした奇書の楽しみ方は、目線は若干、斜に構えながらも、その論説は「うはうは」と乗っかってみるところにある。「眉に唾」なんぞという野暮なことはやめにして、ページをめくってみてはいかがであろうか。

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