座布団探偵・彦六師匠が、寄席でおきる事件の謎を解く=愛川晶「高座のホームズ」(中公文庫)

作者本人の落語ファンで、二つ目の落語家・寿笑亭福の助が、寄席や妻の勤務する学校などでおきる日常の謎を解き明かす「神田紅梅亭寄席物帳」シリーズや、出版社の若手編集者から転身して、生き別れた父の経営する老舗の寄席の席亭代理となった武上希美子が、寄席に出演する芸人たちの周辺でおきる事件を解決していく「神楽坂倶楽部」シリーズなど、寄席を舞台に落語関係者が活躍ミステリーを数々発表している筆者が、名人と呼ばれた林家彦六を主人公にした落語ミステリーのシリーズが「昭和稲荷町らくご探偵」シリーズです。

シリーズの舞台はテレビやラジオで「落語」は放送され、まだ「漫才ブーム」や「お笑いブーム」が到来するまでの、「大看板」と呼ばれた噺家たちが芸を競った昭和50年代です。「お笑い」の中心といえば、関東も関西も「落語」で、漫才はまだ手品や水芸と並んで「色物」と呼ばれていた頃です。

そして、探偵役をつとめるのが、性格が短気なため
「トンガリ」というあだ名で、江戸なまりの強い江戸っ子ながら、寄席のない時は洋服も着、朝食はジャムを塗ったトーストと珈琲という洋風も愛し、無駄なことが嫌いでメモ帳は新聞チラシの裏という、まあ、昔の噺家らしい独特の癖のある「林家彦六」師匠という落語会の大物です。

シリーズとしては、中央公論社から四冊発行されているのですが、今回はその最初の一冊『愛川晶「高座のホームズ」(中公文庫)』をご紹介しましょう。

「高座のホームズ」のあらすじと注目ポイント

シリーズの第一巻が、「高座のホームズ」(中公文庫)で、収録は

第一話「天災」から「初天神」
第二話「写真の仇討ち」から「浮世床」

となっています。ミステリーの設えとしては、台東区浅草四丁目にある「柳寿司」という寿司屋に常連客らしい男性客がやってきて、元落語家らしい店の主人と寿司をつまみながら、雑談する中で、昔、寄席でおきた事件について語られていく、という形になっています。

まず第一話は、虫の居所が悪いと女房も母親も蹴飛ばすという乱暴者の八五郎が、「女房と母親を離縁する離縁状」を書いてくれ、横丁のご隠居のところへやってきて、という二人のかけあいが描かれる「天災」という落語をあまり売れているとはいえない「二つ目」の落語家・浅草亭てっ橋が演じているところから始まります。

このシリーズの特徴は、物語の途中に、噺家が語る落語がしっかり挿入されているところで、落語ファンであれば高座の雰囲気が味わえる趣向になっているのが嬉しいところですね。

その彼が、先輩真打ちである花翁亭文六が出番にやってこず、穴埋めをする羽目になるのですが、これは前降り。その後、正月の寄席で文六師匠が高座にあがって噺を始めたところ、客席の若い女性が師匠に向かってみかんを投げつけ始める、という事件がおきます。文六師匠は浮気がもとで2回も離婚して三度目の結婚をしているというほど女性にはだらしがないので、今回も浮気も原因の事件かなと思われたところ、その夜、何者かに襲われて、その文六師匠が頭を殴られて大怪我をする、という事件も連続しておきて・・・という展開です。

芸人によくある「浮気の因果応報」と思わせておいて、「稲荷町の師匠」こと彦六師匠の推理は、意外にも、というところなのですが詳細は原書で。

第二話の『「写真の仇討ち」から「浮世床」』では、第一話で文六師匠の襲撃事件に巻き込まれた「てっ橋」だったのですが、今回は自身が噺家になる前に務めていた寿司屋で一緒だった先輩の彼女らしい女子高生に誘われ、手を出してしまいます。
これは条例違反で起訴され、噺家の職を失うかと心配した「てっ橋」だったのですが、彼女の母親は婚姻届に署名と捺印をすることで事を収めるというのですが、実はセットで離婚届も挟み込まれていて、それにも同時にサインするような仕掛けが講じられていて、彼は結婚と離婚を同時にすることになるのですが、その理由は・・という展開です。

ここで少しネタバレしておくと、プロローグのところででてくる、元噺家の「柳寿司」の主人の意外な過去もここに関係してくるので原書で確かめてくださいね。

ちなみに、謎を解く「彦六師匠」は事件のおきる現場には居合わせず、稲荷町の自宅で、情報をもってくる「てっ橋」などの後輩落語家から話を聞いて謎をとくので、「安楽椅子探偵」ならぬ「座布団探偵」と称されています。

Bitly

レビュアーの一言

令和初期の今頃、「昭和ブーム」というのが一部でおきているらしいのですが、昭和50年代というのは世界経済が低迷する中、日本経済がいち早く抜け出し、インベーダーブームが流行し、後半には東京ディズニーランドがオープンするなど「バブル景気」に向かって上昇を続けていく時代ですね。その意味で、寄席をはじめとそいた伝統的な文化が残りつつも、それを壊していく新しい流れが混在した時代ともいえるでしょう。
当時の落語をはじめとした「昭和テイスト」を楽しみたい人のオススメの落語ミステリーです。

この「昭和稲荷町らくご探偵」シリーズは本作を第一巻として

「黄金餅殺人事件」

「高座のホームズみたび」

「芝浜の天女」

の四冊が出版されていますので、落語ファンはチェックししておいてくださいね。

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