薩長勢力に抗って、幕末京都の治安を守った「新選組」の副長・土方歳三をメインキャストに、幕末の京都から戊辰戦争・箱館戦争へと続く内戦と激動の時代を「ヤンキー漫画」テイストで描く「橋本エイジ・梅村真也「ちるらん 新撰組鎮魂歌」シリーズの第33弾。
前巻で北海道上陸後、連戦連勝を続けて新政府軍をけちらした土方歳三率いる、旧幕府軍だったのですが、今巻ではここを統治していた松前藩の守る松前城での北海道の支配権をめぐる最終決戦を戦っていきます。
あらすじと注目ポイント
構成は
第135話 蝦夷制圧
第137話 もう一つの戦争
第138話 選挙
第139話 最期の祭り
となっていて、冒頭は前巻に引き続き、松前藩の守る松前城の攻防戦が展開されています。鈴木織太郎率いる松前藩軍をけちらして、松前城まで迫った土方たち旧幕府軍だったのですが、ここで立ちはだかるのが城の守備の堅さと冬の波浪です。
松前城には600人以上の城兵が立てこもっている上に、30門以上の大砲を擁し、さらに海から砲撃して土方たちを援護射撃するはずの蟠竜丸ほかの艦船が冬の悪天候により近づけない、という状況です。限られた兵で松前城を前にした土方はあくまで一斉の戦闘日と決めた日にこだわり、その日、防御が最も手薄な北側の搦手門へ一斉攻撃をしかけるのですが、そこの松前勢の砲撃が襲います。土方の捨て身の攻撃もここまでか、と思われた時、起きたのは・・という展開です。戦艦「回天」を率いる戦友・甲賀をはじめとする海軍勢を信頼する、旧幕府軍の結束の固さは見事です。
しかし、この後、開陽丸の座礁という危機を乗り越え、榎本たちは北海道を制圧し、アジア初の民主主義国家といわれる「蝦夷共和国」を誕生させるのですが、詳しくは本書のほうで。
そして、榎本や土方の独立の動きは幾多の困難を乗り越えて前進していくのですが、ここで黙ってみている明治新政府ではありません。岩倉卿、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、大村益次郎たちの集まった江戸の屋敷内で、「蝦夷共和国」の軍の主柱である土方歳三の暗殺計画が企てられます。その刺客として選ばれたのが、幕末当時、千葉周作より強かったという伝説のある、無音剣をつかう戸田流の剣客・高柳又四郎です。
彼は、新政府軍が新たにアメリカから購入した新鋭艦「ストーンウォール号」、日本の艦名「東」で北海道へと向かうこととなるのですが・・という展開です。
ここで以前から、この「ストーンウォール」号に注目していた榎本武陽が、この艦の奪取作戦を敢行するのですが、この詳細は次巻以降に持ち越されるようですね。
ここで、今巻後半から次巻にかけて注目ポイントとなる「ストーンウォール号」について解説しておくと、最大出力1200馬力、艦全体を装甲板とアーマパッキングで覆われた15インチ砲の砲撃に耐える防御力を誇り、攻撃能力としては70ポンドアームスストロング砲2門を装備する当時の最新鋭艦です。
もともとはアメリカの南北戦争時に、南軍からフランスに発注されていた艦船で、アメリカ南軍の主力艦となる予定だったのですが、北軍によって阻まれ、その頃、プロイセンと戦争していたデンマークに売却。しかし、第二次シュレースヴィヒ・ホルシュタイン戦争終結にともない、売却先のデンマークからフランスへ返品されていたのを、アメリカ南軍が奪取。といった歴史をもっています。建造当時から「内乱」には縁の深い艦船であったようですね。
レビュアーの一言
開陽丸座礁で海軍力が大きく失われる危機にありながら、智将・榎本武揚のとった作戦はイギリスとの政権承認の交渉です。イギリスはもともと薩英戦争のころから薩摩・長州とは縁が深いところなので、この国が榎本たちの勢力を日本の政権として承認ないしは中立の立場をとってくれれば、もともと徳川幕府と縁の深いフランスとあわせて、新政府軍篇お大きな牽制となると見込んでのことですね。
ここで、開陽丸沈没という情報を隠して交渉に望む榎本の胆力も相当なものですが、その情報を知りながら、中立の立場を選択するイギリスの政治判断も相当なものです。
まあ、この当時、明治新政府軍が必ず日本全土を制圧するとはまだ結論がでていたわけではなく、明治の初期になっても西南戦争をはじめ「侍」の反乱が相次いだ日本の政治情勢を考えると、「蝦夷共和国」にチップをおいておくというのも国際政治上当然の「手」だったのかもしれませんが、結構シビアだと実感します。
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