ドラキュラのモデル「串刺し公」はオスマン・トルコ軍内に潜入し、皇帝暗殺を狙う=「ヴラド・ドラクラ」4・5【ネタバレあり】

15世紀の中頃、現在のルーマニア南部にあったワラキア公国で、周辺のハンガリーなどの大国の向こうをはって、当時ヨーロッパ・オリエント地域で最強国であったオスマン帝国に対抗し、その果断さと残虐さで「串刺し公」と呼ばれ、吸血鬼ドラキュラのモデルとなった「ヴラド三世」の即位から没落までを描いた東ヨーロッパ戦国物語のシリーズ『大窪晶与「ヴラド・ドラクラ」(ハルタコミックス)』の第4弾から第5弾。

前巻までで、大国ハンガリーの干渉を巧みに利用しながら、国内の半・君公派の地主貴族たちや、ワラキア公位の簒奪を狙う一族の有力者を葬り、残虐な見せしめ刑「串刺し」の実行で国内の支配階級を恐怖で支配した「ヴラド三世」だったのですが、今回では、オリエントの超大国「オスマン・トルコ」の「征服者」メフメト2世との全面対決が始まります。

あらすじと注目ポイント

第4巻 大軍で侵攻するオスマン・トルコ軍にヴラド3世は捨て身の反撃にでる

第4巻の構成は

#18 暗雲
#19 攻防
#20 窮境
#21 焦土
#22 前夜
番外編1 皇帝
番外編2 歴遊

となっていて、前巻の最後で政敵の王族ダン・ダネスティを葬り、彼に協力した貴族や都市を屈服させたヴラド三世は、昨年から値上げされていたオスマン・トルコへの貢納金納入の督促にやってきた使節を捕らえて、ターバンを君公の前で脱がなかった非礼を咎めて、頭を串刺しにして処刑し、オスマン皇帝へ貢納金拒否と不服従の宣言をつきつけます。ターバンを人前では脱がないというのはオスマン・トルコの宗教的な戒律なので、これを非礼として糾弾するのはいいがかりに近いのですが、ヴラド三世にとっては理屈はなんでもよかった、というところなのでしょう。

第4巻はその勢いで、当時のトルコ領ブルガリアに侵攻を始めています。当時、ドナウ河南岸に構築されていたオスマン帝国の砦を潰してワラキア侵略をくい止めようという作戦ですね。

ただ、ワラキアは小国であるため、この作戦の成功のためには、モルダヴィア、ハンガリーの援軍が不可欠です。かつてハンガリーでともに人質生活をおくり、公位復権に支援したシュテファンとハンガリー王マーチューシャの従姉妹である妃イロナの計らいでモルダヴィアから2万、ハンガリーからは3万の援軍がきて、ワラキア軍2万と合わせれば、オスマン軍4万を上回ることとなるのですが、ここで、もう一つの北ヨーロッパの大国ポーランドがモルダヴィアに派兵中止を要請してきて・・という筋立てです。

このポーランドの動きは、オスマン軍が、モルダヴィアの援軍によって「ワラキア〜トランシルヴァニア〜ハンガリー」方面への侵攻を阻止されれば、その軍勢がそのまま北方向の「ワラキア〜モルダヴィア〜ポーランド」側へと向かうと考え、妨害にでたわけですね。

どうも、ヨーロッパvsオスマン・トルコの平面的な図式で語られることが多いのですが、実際はヨーロッパ側もそんなに一枚岩ではないようですね。なにやら、2020年代のロシア・ウクライナ戦争を連想させてくれますね。

さらに、ハンガリーに対しても、メフメト2世の調略の手が及び・・ということで、後半部分では、ワリキア軍2万とオスマン軍6万の戦いが開始することとなります。

火縄銃などの最新装備で武装し、人海戦術で橋をかけるといった大軍ならではの作戦を行うとともに、対峙しているドナウ河沿岸の東方に位置する黒海添いにある商業港を防衛の要・キリア港を攻撃するという大国ならでの攻撃をしかけてきます。

さらにワラキア軍内に仲間割れの種をまいてくるオスマン・トルコの攻撃に対し、ヴラド三世のとったのは「捨て身」の作戦で迎え撃つのですが・・という展開です。

第5巻 オスマン帝国の侵攻阻止のため、ヴラド三世は敵陣内へ乗り込み、皇帝暗殺を狙う

第5巻の構成は

#23 夜襲
#24 烈火
#25 英雄
#26 血軛
#27 陥穽
番外編 異聞

となっていて、大軍の利を活かしてワラキア本土へ入り込んだオスマン・トルコ軍を、井戸に毒を入れ、食料や家を焼いて撤退し、闇に乗じてテロ行為を繰り返すという焦土作戦で迎え撃ったヴラド三世は、なおも侵攻を続けるメフメト2世の夜営地内の幕舎をつきとめ、そこを急襲するという作戦の実行に入ります。

メフメト2世は、大量のオスマン軍の防衛網の中にいて、さらに周辺を奴隷あがりの親衛隊「イエニチェリ」に守られているので、そこへ刺客を送り込むためには、ワラキアの残存兵7千を犠牲にするのを覚悟した捨て身の作戦です。その刺客となるのは、以前、オスマン・トルコで人質生活をおくり、メフメト2世の顔を知っている、ヴラド三世自らで・・という筋立てです。

一旦はオスマン兵に気づかれ、捕まってしまうヴラド三世だったのですが、そこをワラキアの捕虜となっている兵士たちが助けます。死を覚悟して見張りの兵を倒して反乱を起こし、火薬貯蔵庫に火をつけて夜営地内を混乱させ、この機を使って、夜営地外に布陣していたワリキア軍も動き出し、という筋立てです。そして、ヴラド三世はオスマン軍の混乱を利用して、単騎でメフメト2世のテントに侵入し、彼を刺殺しようとするのですが・・という展開です。

すこしネタバレをしておくと、このメフメト2世夜襲作戦は、ヴラド三世はこの場を臣下の犠牲で抜け出したものの、最終的には失敗に終わっています。ただ、この夜襲によるワリキアの犠牲者3千に対し、オスマン軍は1万5千の大きな犠牲を出しています。

しかし、なおもワラキアの都・トゥルゴヴィシテを目指して進軍しようとするメフメト2世だったのですが、彼が都の近い森林地帯で見たものは・・ということで、「串刺し公」ヴラド三世の見せしめがオスマン軍を恐れさせ、それ以上の進軍を阻止することになります。

後半部分からは、力攻めによるワリキア攻略が失敗に終わったメフメト2世が、今度は搦め手からの手段を講じてきます。

それは、ヴラド三世と一緒にオスマン・トルコの人質になり、祖国へ帰国したヴラド三世に対し、そのままオスマン帝国に残り、前皇帝・ムラト二世の寵愛を受けたラドゥ1世を、ワリキア公国の次期君公として推挙してきます。

激しい戦争で荒れ果てたワリキアで、オスマン帝国をバックに着々と勢力を伸ばしていくラドゥ1世で・・という展開で、この結末は次巻以降となりますね。

レビュアーの一言

今回のオスマン・トルコ侵攻で、メフメト2世の野望を挫いた「トゥルゴヴィシテの夜襲」は、その後の歴史においても語り継がれ、後にワラキアがオスマン帝国支配下に入ってからも「自治領」として一定の独立を保ち、後のルーマニアの基礎となったといわれています。

ただ、その「夜襲」に至るまでの経緯は、大国の思惑に翻弄される小国の悲哀を感じさせるものですね。おまけに、それが異教徒の大国「オスマン・トルコ」ではなく、同じヨーロッパ系のハンガリーやポーランドの思惑というのがなんともやるせないものを感じます。ここらは、海に囲まれた島国に住む日本人は洞察力や想像力を最大限使って、その政治情勢を読みこまないと理解できないのかもしれません。

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