ドラキュラのモデル・ヴラド三世は投獄されるが、獄中から復権を狙う=「ヴラド・ドラクラ」6・7【ネタバレあり】

15世紀の中頃、現在のルーマニア南部にあったワラキア公国で、周辺のハンガリーなどの大国の向こうをはって、当時ヨーロッパ・オリエント地域で最強国であったオスマン帝国に対抗し、その果断さと残虐さで「串刺し公」と呼ばれ、吸血鬼ドラキュラのモデルとなった「ヴラド三世」の即位から没落までを描いた東ヨーロッパ戦国物語のシリーズ『大窪晶与「ヴラド・ドラクラ」(ハルタコミックス)』の第6弾から第7弾。

前巻まででオスマン・トルコのメフメド2世のワラキアへの侵攻を、焦土作戦と残った兵士での皇帝の夜営地への奇襲作戦になんとかしのいだヴラド三世だったのですが、今回は、正面からの武力制覇を一旦断念したメフメド2世によって、おくりこまれた実弟・ラドゥ3世との内乱がはじまります。

あらすじと注目ポイント

第6巻 ヴラド三世は実弟に国を追われ亡命するが、そこで囚われの身に

第6巻の構成は

♯28 衝突
♯29 錯綜
♯30 君主
♯31 落日
♯32 胸裏
♯33 審判

となっていて、前巻でオスマン・トルコ軍の侵攻を、国土を焦土にする捨て身の作戦で退けた者の、荒れ果てた国土に国民の不満は鬱積し、さらにメフメド2世によって送ろ込まれたヴラド三世の実弟・ラドゥ3世による国民懐柔策によって、国が二分される状態になっています。

そうした中、戦闘とその後の激務で倒れてしまったヴラド三世に従っていくことに不安を抱く貴族たちがでてき、国民だけでなく、ワラキアの首脳陣も二分されてきている情勢となっています。

この絶好の機会を見逃すラドゥ1世ではなく、配下の軍勢1万を率いて、ワラキアの首都トゥルゴヴィシテの君公の居城を包囲します。

城門を閉め、守りを固めるヴラド三世側なのですが、あいにく本人は倒れたままで、守勢側の指揮は軍監察長官を務めるストイカが代行することになります。彼はラドゥ3世の軍から抜け出してきた友軍を迎え入れるために門を開けるのですが、それはラドゥ3世の罠で・・という展開です、

ヴラド三世はなんとかラドゥ軍の急襲から脱することができたのですが、居城がそのまま陥落。そして一か月後、ラドゥ3世は、ヴラド三世が行った政策のほとんどをひっくりかえし、貴族優遇施策を復活させて、貴族層の支持をとりつけてワラキア公の座に就きます。

そして、ヴラド三世はワラキア北部の城塞に入り、妻イロナや側近たちとともに、ハンガリー王マーチャーシュへ協力を仰ぎ、再起を図るのですが、トランシルヴァニアへの国境越えを図ろうとしたとき、案内人たちの裏切りにあい、イロナが城塞の塔から落下して命を落とすというアクシデントにみまわれます。「ドラキュラ」の物語では、ヴラド三世が人間を憎み、反キリストとなる原因となった出来事ですね。

イロナの死を乗り越えて、ハンガリー入りしたヴラド三世はハンガリー王マーチャーシュに面会し、彼の協力をとりつけるのですが、ここで再びラドゥ3世の奸計が発動します。

ラドゥ3世はワラキアへの商圏拡大を狙うトランシルヴァニア商人を抱き込み、トランシルヴァニアと不和となることを望まないマーチャーシュ王にヴラド三世を裏切らせます。マーチャーシュ王はヴラド三世をオスマン・トルコと内通容疑で投獄し・・という展開です。

第7巻 ヴラド三世は獄中から復権の作戦を練る

第7巻の構成は

♯34 紐帯
♯35 秘事
♯36 窮鼠
♯37 王手
♯38 踏襲
♯39 残響
番外編 師弟

となっていて、ラドゥ3世と手を結んだマーチューシャ王によって投獄されたヴラド三世は、獄中から側近ストイカを使ってモルダヴィア公・シュテファンとつなぎをとり、復権に向けた作戦を練り始めます。

まず第一の手は、ドラクラ家とワリキア公の座を争っていたドネスティ家の生き残りライオタを新ワラキア公に推戴しようとするのですが、今までの経緯とオスマン帝国が後ろ盾となっているラドゥ3世から公座を奪い取るのは無理だとライオタがのってきません。

謀略は頓挫したかに見えたのですが、これに対してのヴラド三世のアドバイスは「約束を破れ。一つの首に二つの頭は戴けない」というなぞなぞのようなものだったのですが、これを見たシュテファン三世がとった行動は、ワラキア・モルダヴィア間の不可侵条約を破棄し、ワラキアの重要軍港「キリア港」に侵攻するという手段で・・という筋立てです。

少しネタバレしておくと、モルダヴィアの侵攻に対し、ラドゥ1世は後ろ盾のオスマン帝国に援軍を要請し、モルダヴィアを叩き伏せるというのが予測される手なのですが、ヴラド三世の拘禁という借りをハンガリーにつくっているため、対オスマン防衛の拠点となるキリア港の防衛のためにはワラキア単独でモルダヴィアと戦うしかなくなる、という仕掛けですね。

まんまとシュテファンにしてやられたラドゥ1世なのですが、ここでまた新たな奸計をめぐらします。マーチャーシュ王が構想する税制改革に不満をもつトランシルヴァニア商人たちを煽動し、その黒幕となっているのがシュテファン公だという偽情報を流し、ハンガリーとモルダヴィアの対立を招こうというもので、ラドゥ3世は自らは表にでず、裏で陰謀を巡らすのが大好きな人のようですね。

そして、ラドゥ3世からの情報に踊らされたふりをして、モルダヴィアの実行支配を狙うマーチャーシュ王はモルダヴィアの侵攻を始めます。4万の精兵で攻め込んだハンガリー軍はまたたく間にモルダヴィアの西南部を制圧するのですが、首都に近い最深部まで入り込んだハンガリー軍の王の陣幕目掛けて奇襲をかけます。

しかし、奇襲の情報を掴んでいたマーチャーシュ王はあえて騙されたふりをしてモルダヴィア軍をおびきよせ、自分は陣営を抜け出して少数の兵を率いて、モルダヴィアの首都スチャパから20キロほどの小都市バイアに入ります。シュテファン三世の虚をついて首都を攻め落とす作戦なのですが、ここにマーチャーシュ王を来させたのは、川と山に囲まれ包囲しやすいこの都市で包囲してハンガリー王軍の殲滅をはかるというシュテファン三世の作戦で・・という展開です。

このモルダヴィアによるハンガリー軍の大敗がヴラド三世復権の足掛かりとなっていくのですが詳細は原書のほうで。

レビュアーの一言

このシリーズでどちらかというとヴラド三世の敵役となるハンガリーのマーチャーシュ王なのですが、彼はもともと父王の第二子で、本来なら王位を継ぐ予定ではなかったのですが、長子がハンガリー貴族間の内紛に巻き込まれて死亡したため、急遽、王位についたという経緯のようです。

ハンガリーは本来、対オスマンの主柱となるべき国なのですが、彼はオスマン強硬策をとることなく、ヴラド三世の投獄も、オスマン派兵を避けるためだったともいわれていて、ヴラド三世の残虐な話もわざと誇張して広めていたという疑惑がありますね。

オスマン・トルコとの戦には消極的だったのですが、西方への侵出には積極的で、ボヘミア、オーストリアへの侵攻を進め、ウィーンを陥落させ、シレジア、モラヴィアの領有も成功させ、ハンガリー帝国最大の版図を築いています。

神聖ローマ帝国の皇帝位も狙っていたという話もありますので、東ヨーロッパでイスラム勢力と戦って名を上げるより、ヨーロッパで成り上がるってのが本音だったと思われます。ちなみに、オーストリア・ボヘミア侵攻の参謀役をヴラド三世が務めていたという確証はつかめませんでした。

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