万人が好む、東京の”旨いもの”がざっくざっく — 平松洋子「焼き餃子と名画座ーわたしの東京 味歩き」(新潮文庫)

食エッセイの舞台は、地方の名勝・観光地あるいは秘境をとりあげるパターンと、東京・京都・大阪といった都会地をとりあげる2つのパターンがあるのだが、平松洋子さんのものは、以前レビューした「ステーキを下町で」や「サンドウィッチは銀座で」のように東京を舞台にするものが多い。

「東京」というところは首都が長いせいもあるが、江戸の歴史を今にひきづるせいか、ざっかけない庶民的な「食」の分野では京都や大阪に抜きん出ている気がしていて、その意味で、平松さんのエッセイは、東京舞台の食エッセイにありがちなスノッブ臭のないところが当方の好みである。

収録は

昼どき

自分の地図を一枚 西荻窪

土曜日、ドーナツを食べにいく 代々木上原

路地裏のチキンライス 六本木

地下鉄でソウルへ 赤坂

三十年めの粥 四ツ谷

津之守坂のかあさんカレー 四ツ谷

インドのおじさんに敗北する 西新宿

きょうは讃岐うどん修行 新宿

とんかつの聖地へ 新橋

「冷し中華はじめました」 神保町

夏には野菜を 青山

こころは神に。手は仕事に 青山

ハーモニカ横丁の音色 吉祥寺

銀座のつばめ 銀座

十月に神保町でカレーを

小昼

町の止まり木 西荻窪

フルーツサンドウィッチのたのしみ 日本橋

角食パンを買いにいく 浅草

昼下がりのみつ豆 阿佐ヶ谷

味の備忘録 新宿

さよなら、ボア 吉祥寺

愛しのいちごショート 淡路町

薄暮

べったら市をひやかす 小伝馬町

銀座で一人 銀座

焼き餃子と名画座 神保町

夕方五時の洋食 銀座

うちわ片手にどぜう鍋 深川

酎ハイ、煮こみ、肉豆腐 北千住

ハイボールの快楽 銀座

うなぎ、その祝祭の輝き 南千住

「シンスケ」歳時記 湯島

春隣の日々

灯ともし頃

荒川線 文士巡礼 早稲田~三ノ輪橋

今夜うさぎ穴で 下北沢

北京再訪 新宿

水餃子はじける 幡ヶ谷

ふぐ狂乱 六本木

おとなのすき焼き 人形町

東京で羊のしゃぶしゃぶを 高輪

六本の串焼き 荻窪

となっていて、銀座、荻窪、新宿、浅草などの下町の店が多く、筆者が卒業した日本女子大をはじめ人生に身近な店が挙げられているのも好印象。

で、筆者の食エッセイの白眉たるところは、贅沢な料理ではなく、身近な大衆料理の名店をとりあげ、その美味しさを高らかに表現するところで、

「とんかつの聖地」の”燕楽”のとんかつ は

堂々の厚さ、美しい短冊に切り揃えられた一片を、箸でつまみ上げる。するとどうだ。きつね色に染まった衣のしたからのぞくピンク色のつや。肉がむちっとふくらんで、あたしだけのもの。がしとつまむと、しっとりつややかな肌からほのかに滲み出る肉汁・はじにはきらきら真珠色に輝くロースの脂。長いひと切れを口の中へ運ぶ。噛む。さくっ。噛む。じゅわぁ。閉じ込められていたうまみが一気に炸裂、舌から順番に溶けてしまいそうだ。

であるし、

「角食パンを買いにいく」の”並木藪”の鴨なんばんは

冬の大ごちそうだ。厚めの抱き身、つくね、ねぎ、たっぷり張った汁に鴨の脂がきらりと光る。箸を割り、どんぶりを掌で包みこみ、熱い汁を吸う。濃い目のだしの香りがふわあと広がり、汁の厚さが喉を通って、熱燗一本ぶんのほろ酔いが熱いだしに座を譲り渡す。

表題作の「焼き餃子と名画座」の”天鴻餃子房”の焼き餃子は

二個めのでかい餃子を箸にむぎゅっとつまみ上げ、酢醤油をつけて頬張る。皮がむちっと歯に食いこみ、なかからびゅうっと熱い肉汁。三日月の半分を口の中に押しこみ、噛みしめるとあふれ出てくるうまみを一滴残さず舌にからみつかせる。皮のこんがり香ばしいところ、蒸されてもちっとやわらかいところ、ああなんて贅沢なんだろう。感に堪えなくなってまた生ビールをぐびり。

といった具合。

どうです、店にいったことのない人に、そこの料理を味わったような気にさせるぐらいなんとも美味そうでありましょう。こういう本を片手に一人晩酌していると、妙に寂しくなってしまうんだよねー。

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