「名画」鑑賞は退屈じゃない ー 中野京子「怖い絵」

怖い絵

怖い絵

  • 作者:中野京子(ドイツ文学)
  • 出版社:角川書店
  • 発売日: 2013年07月

「名画」というものは、美術館や画廊で、息を潜めながらありがたく鑑賞するもの、という意識を子どものころから受け付けられているせいか、「〇〇展」などと名前がついている展覧会は、憧れの相手との初デートで行くぐらいで、その相手とも二回目に逢うのはカフェか居酒屋が一番、ってな人は、男女を問わず多いのではなかろうか。

そんな「名画」に対する敷居の高さをぶち壊して、規制概念の薄皮をはがして「名画」を身近なものとする「意識のどんでん返し」をしてくれるのが本書『中野京子「怖い絵」(角川文庫)』である。

【収録と注目ポイント】

収録は

まえがき
作品1 ラ・トゥール「いかさま師」
作品2 ドガ「エトワール または舞台の踊り子」
作品3 ティントレット「受胎告知」
作品4 ダヴィッド「マリー・アントワネット最後の肖像」
作品5 ブロンツィーノ「愛の寓意」
作品6 ブリューゲル「絞首台の上のかささぎ」
作品7 クノップフ「見捨てられた街」
作品8 ボッティチェリ「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」
作品9 ホガース「グラハム家の子どもたち」
作品10 ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」
作品11 ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス十世像>による習作
作品12 アルテミジア・ジェンティレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディット」
作品13 ムンク「思春期」
作品14 ライト・オブ・ダービー「空気ポンプの実験」
作品15 ホルバイン「ヘンリー八世像」
作品16 ジョルジョーネ「老婆の肖像」
作品17 ルドン「キュクロプス」
作品18 コレッジョ「ガニュメデスの誘拐」
作品19 レービン「イワン雷帝とその息子」
作品20 ゴッホ「自画像」
作品21 ジェリコー「メデューズ号の筏」
作品22 グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」

となっているのだが、このリストを見て、「あーあの絵の素晴らしいところはね」なんてことを言う人は。ほとんどいないのではなかろうか。
で、そんな名画に思入れのない当方を含めた多くの「一般人」に対して、筆者は、ありがたい「名画」たちの「怖い部分」や「隠したい真実」をえぐり出してきていて、、例えば、作品2の『ドガ「エトワール または舞台の踊り子」』では当時のバレエ・ダンサーたちの

踊り子がどう思われていたかも自明であろう。もともとバレエはオペラの添え物で一段格下とされていたから、ほんの 一 握りの突出したバレリーナは別として、誰も彼女たちを芸術家と考える者などいなかった。そのうえ彼女たちは脚を見せて踊る。まともな女性なら長いスカートをはき、許されるのは 踝 くらいまで、と考えられていた時代に、それは現代の感覚で言えば胸を出すのに近い。

という実態を露わにして、世の中の女の子たちの夢に瑕をつけた上に

確かなのは、この少女が社会から軽蔑されながらも出世の階段をしゃにむに上って、とにもかくにもここまできたということ。彼女を金で買った男が、背後から当然のように見ているということ。そしてそのような現実に深く関心を持たない画家が、全く批判精神のない、だが 一幅 の美しい絵に仕上げたということ。それがとても怖い

と、画の登場人物たちの他者への無関心さを明らかにしてみたり、作品9の『作品9 ホガース「グラハム家の子どもたち」』では、この絵のもつ妙な「明るさ」との対比させるように

この絵は、たまたま予知夢ならぬ予知絵になってしまった。
少女服を着て乳母車に乗ったトーマス君は、まだ物心もついていないせいか、兄のように皮肉な視線は浴びていない。丸々と太り、好奇心たっぷりに 瞳 を輝かせた彼のそばには、将来の栄華を約束するかのように、たくさんの高価な果物まで置かれている。ところがなぜか、乳母車の柄の飾りが鳥になっていて、その鳥は籠の中の現実の鳥と照応し、羽ばたいている。羽ばたく鳥は、魂が肉体を抜け出す象徴なのだ

と画家ですら意識していなかった、現実の「無常さ」と「怖さ」を教えてくれるようである。

このほか、『ライト・オブ・ダービー「空気ポンプの実験」』での描かれた家族たちのバラバラな思いの怖さであるとか、『レービン「イワン雷帝とその息子」』での、自らの手で息子を殺してしまった年老いた独裁王の脳内に去来しているであろう思いであるとか、最初見た絵が、本文を読むにつれ、違ったもの見えてくる奇妙な感覚に襲われるのは間違いないであろう。

【レビュアーからひと言】

本書を読むと、「絵画」というのは、その絵の解説によって、こんなにも違う形で解釈できるのか、という新鮮な刺激を受けることができるのは間違いない。美術館で退屈な思いばかりをしてきた方は、本書でちょっと違った「視点」を養ってから行くと、新しい美術の面白さに気づくかもしれません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました