古い城下町の「怪異」の一番の解決手段は「なだめる」こと?=小野不由美「営繕かるかや怪異譚」

家につく「怪異」というのは、そこから転居できる場合ばかりではない上に、そこに怪異が潜んでいたことが住み始めるまでわからない、という他の怪異とは違う「逃げ場のない」怖さが特徴なのですが、そんな建物に付随する「怪異」を、建物の修繕や補修をする「営繕屋」さんが、怪異を祓うことなく解決していく物語が本書『小野不由美「営繕かるかや怪異譚」(角川文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

収録は

「奥庭より」
「屋根裏に」
「雨の鈴」
「異形のひと」
「潮満ちの井戸」
「檻の外」

の六篇。物語は、それぞれの住居に「怪異」を抱えてしまった住人に頼まれた大工さんや工務店さんが、伝手をたどって、怪異をなんとかすることができるという「尾原」をいう名の営繕屋に来てもらって・・という筋立てです。

第一話の「奥庭より」は本シリーズの第一作。主人公は、叔母から一家屋を遺産相続した女性・祥子です。叔母の遺産はその家のほかに貸家とアパートもあったため、彼女は勤めていた職場を辞職し、この家に引っ越してきて暮らし始めたのですが、悩みのタネは袖廊下の先の箪笥で出入り口を塞がれた小部屋です。その部屋は何度襖を閉めても、いつの間にかあ少し開いてしまう部屋で、はじめは家が古くて建て付けが悪いのかと思っていたのですが、中から何かがでてこようとする物音に気づいてから、怪異譚へと発展していきます。

もともとこの部屋には、何代か前の家の主人のお妾さんが死んだ部屋だ、という言い伝えが残っていて、死んだ叔母は、奥庭からとうとうそれが入り込んできた、と怯えていたようなのですが・・という筋立てです。

怯えた祥子はその部屋を封鎖してしまおうと考えるのですが、昔からこの家の世話をしている工務店に紹介された尾端という営繕屋は「閉めてはいけない」と忠告し・・という展開です。

第二話の「屋根裏に」は、年老いて少しボケ始めた母親が、屋根裏に誰かがいると言い出したことから始まります。息子の晃司は、母親がこれ以上精神的に参ってしまわないように天井裏を取っ払うリフォームをするのですが、それでも母親は今度は屋根に何かがいると言い始め、それは子どもたちにも伝染し、一番幼い子には「黒い子」が天井にいるのが見えるようです。

実はリフォームをした時に、屋根裏から「水」と書かれた瓦がでてきて、それは近くにある「河童寺」とよばれている河童伝承のある寺の屋根瓦であることがわかり、さらには以前に屋根換えをした時に、天井裏から腐臭のする黒い塊の入った桐の箱が出てきていたことがわかります。

障りがあるのを怖がった若夫婦は、その瓦を寺に返却しようと考えるのですが、営繕屋の尾端は「もとに戻したほうがいい」と助言するのですが・・という流れです。

第三話の「「雨の鈴」では土塀の囲まれた袋小路のつきあたりの旧家に住む女性・有扶子に起きた出来事です。彼女は七宝焼の作家なのですが、ある雨の日、家の前の小道から大通りにでようとしたところで、黒い和服の女が袋小路の入り口に佇んでいるのを見つけます。最初はなんとも思わなかったのですが、雨の日になるたびに、その女がずんずん袋小路の中に入ってきます。

実はこの袋小路の中にある家にはある忌まわしい話が残っていて、誰も死んでいないのに、見ず知らずの黒い和服の女が弔問に訪れ、その度に家人が急死するというのです。
そして、その女はだんだんと有扶子の住む家に近づいてくるのですが、営繕屋の尾端の出した解決法は意外にも、という展開です。

このほか、祖父の家に引っ越してきた女子高生が、家の中にいつの間にか入り込んでいる作業ズボンにランニング姿の老人の怪異(「異形のひと」)とか、井戸のある裏庭をフォームして意図せずに、海の怪異を引き寄せてしまった話(「潮満ちの井戸」)や、エンジンのかかりの悪い車を旧友から掴まされたと思ったシングルマザーが、実は自宅の車庫で過去におきた事件に起因する怪異に巻き込まれていた話(「檻の外」)など、「家」にまつわりソフト怪談が語られていきます。

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レビュアーの一言

この巻の怪異はいずれも城下町にある古い家で起きるものばかりなのですが、実は人口10万人以上の都市の半数はたいてい城下町を起源としているという話もあるので、江戸時代から続いている町ならばどこでもおきそうなものといっていいでしょう。

ただ、この怪異譚の特徴が、起きる怪異を「祓う」とか「消滅させる」といった解決方法ではなくて、他所へ誘導したり、怪異の思いを違う形で満足させたり、といった「なだめる」方向での解決を目指すところですね。

怪異の存在を消してしまうより、この方法のほうが、人々の思いや記憶、念が残っている新開地でない、歴史ある「城下町」つまりは「日本」の多くの場所には、意外にふさわしいやり方なのかもしれません。

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