「銀河鉄道の夜」は、父親の息子への愛と絶大な応援でできている=門井慶喜「銀河鉄道の父」

近代の東北が産んだ日本を代表する詩人・童話作家といえば、「宮沢賢治」を思い浮かべる人が多いと思います。

岩手県花巻市の富裕な商家に生まれ、仏教信仰と農民生活に根差した創作を行ったのですが、生前はほとんど評価されることなく、また、その狂信的ともいえる宗教姿勢から父親とも激しく対立したことも多く、生きていたころはなんとも扱いにくいひとであったろうな、と推測してしまいます。

純粋すぎる宗教家兼クリエイターであった彼を、幼いころから慈しみ、保護し続けた、芸術家の父の姿を描いたのが本書『門井慶喜「銀河鉄道の父」(角川文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

1 父でありすぎる
2 石っこ賢さん
3 チッケさん
4 店番
5 文章論
6 人造宝石
7 あめゆじゅ
8 春と修羅
9 オキシフル
10 銀河鉄道の父

となっていて、冒頭は、明治29年の夏、京都で古着の仕入れをしている、岩手県花巻で質屋と古着を商っている富裕な商家の主人・宮沢政次郎のもとに男子が生まれたという電報がはいるところから始まります。

この「男の子」が後の宮沢賢治で、父・政次郎がとんでもなく愛しんでいたのは、生まれた時、商売もそこそこに花巻へとんで帰ったことを皮切りに、赤痢で入院治療をしている賢治が治癒するまでの二週間、病院に泊まり込んで付き添い、赤痢がうつるかもという周囲の懸念をよそに下の世話までやるほどの可愛がりようです。

このため、本人も腸カタルに罹り、亡くなるまで胃腸が弱くなり、とりわけ夏は固形物がとれず、粥をすすって凌いだ、というおまけまでついてきます。

こんなふうに可愛がられて育った賢治なのですが、小学校に入ると、最初は村の悪童たちと、河原で花火遊びをして小屋を焼いてしまったりという悪童ぶりを発揮するのですが、中学年になると、成績はいいものの、妹のトシと一緒に、川や山に入って「石」を採集して、集めた石を何時間も眺めているという傾倒ぶりを示します。この趣味は東京から標本箱をとりよせるほどのめりこむのですが、青年期の賢治の「宝石好き」の片鱗がみえるエピソードですね。

そして、小学校を卒業し、成績もよく、家も富裕であったことから、盛岡中学に入学し、親元から離れて学生生活に入るのですが、賢治の人生が私たちが見知っている、純粋な求道者への暮らしへと近づいているのが、中学所業後からです。

卒業して盛岡から花巻に帰り、家業の質屋の見習いを始めるのですが、客にいいように騙される毎日で、全く商売に向かないことが明らかになってきます。

質屋を継がせることを諦めた政次郎は、賢治に盛岡高農に進学することを許し、賢治は生き生きと学生生活をおくるのですが、卒業後、製飴工場をつくる、であるとか、人造宝石を製造販売する、といった夢のような起業話に夢中になったり、東京で宗教系の出版社に勤め始めるなど、政次郎の考えの及ばない方向へと進んでいきます。

その後、妹・トシの結核の発病と、賢治自身の肋膜の発症で、故郷へ帰り、政次郎たち一家と暮らし始めるのですが、トシの病死もあり、賢治は求道生活と童話の捜索活動に入り込んでいくのですが、政次郎は賢治を最期まで看取り・・という展開です。

純粋な芸術家であった息子のことが、理解はできないものの、好きで好きでたまらなかった父親の愛情物語が描かれていきますので、詳しい所は原書のほうで。

ちなみに、賢治の妹「トシ」が亡くなる「あめゆじゆ」と、賢治の最期が描かれる「オキシフル」のところは、我が子に先立たれる父親の心情に、胸がギュっとなること間違いなしです。

レビュアーの一言

本巻は主人公の「政次郎」に「役所広司」さん、「賢治」役に「菅田将暉」さん、妹・トシ役に「森七菜」さん、という豪華キャストで、賢治生誕90年となる2023年5月に映画上映されます。テーマは原作に忠実に「家族愛」だそうですので、一向に芽の出ない息子に無条件に愛情を注いだ父親と家族の物語に涙してみてはどうでしょう。

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