月別アーカイブ: 2015年6月

鳥取県湯梨浜町松崎 ふけた食堂で「牛骨ラーメン」を食す

今日は午後から、鳥取県の中部で仕事があり、途中、ふけた食堂というところで昼食を取る。
駅近くの、風情は昔ながらの食堂というところ。開店しているのかどうか店の前まで行かないとわからないし、開店時間は11時から14時までという、かなりワガママな営業時間である。店の中も、昔ながらの食堂といったつくりだ。

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女性の猟師本2冊を読み比べてみる。

最近、狩猟のことを調べている。仕事がらみで有害鳥獣駆除のことを調べる必要があって関係の本を読み進めているのだが、なかば必然的に、「マタギ」という脇道に迷いこんでしまっている。
その迷い込む過程で出会ったのが、この女性猟師のルポあるいは体験記である、田中康弘「女猟師ーわたしが猟師になったわけ」と畠山千春「狩猟女子の暮らしづくりーわたし解体はじめました」である。

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児童書の電子書籍化の可能性を垣間見る、学研まんがの電子化

【『学研まんが 世界の歴史』全巻電子化記念SALE】歴史系学習まんが64タイトル半額&『日本の歴史』1巻無料キャンペーン開始!!

とのことで、具体的には、

『学研まんが 日本の歴史』1巻無料&歴史系学習まんが64タイトル半額を2週間限定で実施します。

対象タイトル:学研まんが『日本の歴史』『NEW日本の歴史』『世界の歴史』『人物日本史』
販売価格(税抜):通常価格各333円~667円→SALE価格各0円~333円
期間:2015年6月26日(金)~2015年7月9日(木)

と、学研の歴史学習マンガがお安く手に入るよう。

配信はBook Walker とかGoogle Play とか、ちょっとマイナーな電子書籍配信サイトだが、紙での提供が大原則のイメージの強い児童書が電子書籍化されていくのは、電子書籍の新しい風を感じる次第。

現時点での児童書の電子書籍化の状況はというと、例えばkindleで児童書の検索をかけてみると角川つばさ文庫とか講談社の「百万回生きた猫」といったところが目について、児童書の大御所であるポプラ社は「江戸川乱歩・少年探偵シリーズ」とか「怪盗ルパン全集」とか、「子どもが読む」、というよりも「ノスタルジーに駆られた大人用」と思えるようなものが多い。
児童書は大型本が多いから、今のタブレットや大型スマホの画面サイズではちょっと辛いのは確かで、12インチのiPadなどの出現がないとなかなかね、ということなのだろう。

ただ、書籍のシェアで、学術書や児童書の占める割合がばかにならない。子どもたちにタブレットを与えるほどの余裕はないよ、という家庭事情もあることはあるのだが、ぜひとも、ゾロリシリーズなどなど、メジャーレーベルの電子書籍化、しかもKindleやKoboといったところでリリースされるのを切に期待する次第である。

夏休みの宿題解決と家族旅行の一挙解決(?)したい人用の豪華めの「東京駅」旅行

東京ステーションホテルの100周年企画として夏休み自由研究向けプラン「東京駅キッズ探検隊」の販売を開始するようだ。
舞台は、1日に80万人を超えるお客様が乗降する東京の玄関口「東京駅」と、ホテルが位置する国指定重要文化財「東京駅丸の内駅舎」。実際に働いているスタッフが案内する東京駅とホテルの探検ツアーをご体験いただきます。参加するお子様は事前にクイズを渡され、質問を投げかけてスタッフと直に触れ合うことも。夏休みの自由研究や想い出づくりにぴったりの企画です。

といったことで、子どもの夏休みの宿題に、「東京駅」を取り上げたら、夏休みの旅行と宿題が一挙に解決!!といったところ。

夏休みの宿題と夏休みの家族旅行っていうのは、好不況によって、使う金額のレベルは違いこそすれ、親の永遠の課題。限られた予算と余裕のない休暇とのにらめっこで、最大効果をあげるに頭を悩ます家庭も多いはず。
特に「東京」っていうのは、ディズニーランドとか、子どもの好きなアイテムは数多くあれど、関東圏以外の地方のフツーの家庭ではちょっと踏ん張らないといけないレベルなのだが、折角だから、ちょっと豪華にいきたい向きは、こうしたプランと組み合わせるとよいのかも。

ここまでの予算はないよなっていうあたりは、東京では「夏休み2015 宿題☆自由研究大作戦」が東京ビックサイトで開催されるので、このあたりと組み合わせて、ホテルはお手軽なものをチョイスするってのもありか。

東京に限らずとも、今年は、各地で「ふるさと旅行券」が発売される。大概、それぞれの地方で夏休みの自由研究・宿題向けのメニューが、公共団体や集客施設のイベントで開催されるので、家族旅行と夏休みの宿題解決の一挙解決を狙って、それとセットで、子供さんと旅行プランをDIYしてみるっていうのもいいかもしれないですね。

焼き肉の魅力は「言葉」化が難しい ー 今 柊二「がんがん焼肉 もりもりホルモン」(ちくま文庫)

最近、狩猟系の調べ物をしていて、そのせいでもないのだが、食べ物系の読み物は「肉」が多くなっていて、今回は、今 柊二「がんがん焼肉 もりもりホルモン」を取り上げる。
構成は
「元気」大爆発だ! まえがき
第一部 関東モツ肉道
第二部 全国モツ肉の旅はるか
第三部 時間はなくてもしっかり食べたい
 お持ち帰り焼き鳥の悦楽
 愛とエネルギーがあふれる肉丼
と、タイトルどおり「焼き肉」中心の構成である。
たしかに「肉」系の料理というとトンカツ、すきやき、しゃぶしゃぶ、シチューと数々あれど、どういうわけか無条件に心を躍らせるのは「焼き肉」に敵うものはなかなかいない。ところが、こうした食べ物の本のレビューをする時には、結構な難物である。肉は海鮮や丼、揚げ物と違って、なんとも抜き書きが難しい。
例えば、本書の、愛知・名古屋伏見「鳥正」の『どてめし』
ごはんの上に刻みネギがのり、その上に牛スジ、こんにゃくなどがのり、中央部分に目玉焼きが鎮座ましましているのだった。このタナゴに箸でふれうと「にょほ〜」と気味がとろけでる。いい具合の半熟。これが汁と混ざり合って具とご飯にからまっていく。
や、神奈川・新杉田「バーグ」の『スタミナカレー』
さて、でてきたカレー。カレーの上に豚のショウガ焼きがどっさりのって真ん中に生卵が鎮座している。まさに「米・肉・油・卵」。
ルーは粘度が高く、わりと辛い。米がちょっと硬い。エネルギッシュな豚肉と辛いカレールーのせいで、確かにこれは相当に激しい味だ。生卵がルーと肉にからんでいるので、ややまいるどな味になっているが、総合的には学情度が揚がって沸騰寸前という感じだ。
といったように、焼き肉の周縁部のものでは、ダイレクトにワクワク感が伝わるのに、焼き肉そのものでは、どうしてもジュワッ、とか、コリコリ、とかなんともありきたりの表現になってしまって、焼き肉の心躍らせる感がでてこないのである。
例えば
東京・亀戸「亀戸ホルモン」
続けて焼きものを。マルチョウ(小腸)、ハチノス(第2胃)、トロミノ(第1胃)をかく1人前ずつ注文。肉を焼きはじめると、ボウボウと炎の勢いが増した。・・
さて食べてみる。トロミノは、これまでに食べたことのない軟らかさ。
東京・新宿「つるかめ食堂」レバから揚げの定食セット
続けてお、おかずが登場。キャベツを敷いた上に揚げたてのレバがのっている。わりと多い。皿の隅には黄色いカラシが、おもしろいほどたっぷりと添えられている。・・・
まずはソースとカラシを溶かして、レバから揚げをつけて食べる。レバはサクサクと揚がっている。カラシソースでジャンキーな感じがまして元気がでそうだな。
東京・町田「いくどん」ホルモンの焼き肉
ホルモンは薄いタイプと厚いタイプと2つ入っているようで、まずは薄いタイプが焼けてくる。
最初は味噌ダレをつけて、ご飯にのっける。
それでは1口。・・・こ、これは!
炭火のせいか火がよく通っていて、カリカリと香ばしい味わいだよ。
(中略)
続けて厚いほうの肉が焼けてくる。こういう厚いホルモンって、内側に脂がのっていて、それが炭火で溶け出して、ご飯とよく合う。トリガラスープもシンプルでしみじみおいしい。これもすいすい飲み干してしまった。
といった感じで抜き書きはしてみるのだが、なんとも隔靴掻痒の感が強い。おそらくは、「焼き肉」「ホルモン」というものが、そのものの味だけではなく、脂や煙でけぶった店の壁とか、ジュージューと肉の焼ける匂いと火に脂がおちてボッと上がる炎とか、全体の雰囲気をを味わうものであるからであろう。
つまりは「焼き肉本」の良さを伝えるには、店の佇まいから客のザワザワ感、皿に載った肉の具合などなど、どうかすると本の隅々まで紹介しないと良さが伝わわらないかも、ということで、これはレビュアーなかせというもの。
ということで、今回は、あっさりと筆者の「まえがき」から
そうだ。焼肉屋は「元気の源」だったのだ。
酒を飲みつつ食べている大人たちも、私達のように家族連れできているひとたちも、この店で肉やホルモンを食べて「元気」をつけていたのだ。
という焼き肉への愛を伝えて、この稿は了とさせていただこう。百聞は一見に如かず。肉は実際に焼いてみるのが一番なのである。

「狩る」という根源的なこと  その3ー岡本健太郎「山賊ダイアリー 3」

ここのところ、仕事の関係で鳥獣駆除のことを調べていて、その絡みもあって読み進めている山賊ダイアリーなのだが、今回はその3巻。時系列的には2009年12月9日はから始まっていて、その意味では、第2巻からそう時間は経過していない。
収録は
第二十九矢目 探索
第三十矢目  シカ
第三十一矢目 シカの解体と調理
第三十二矢目 外来種を食べよう
第三十三矢目 狩猟免許
第三十四矢目 銃猟所持者の心得
第三十五矢目 踏み出し
第三十六矢目 燻製を食べよう
第三十七矢目 新年
第三十八矢目 ヌートリア
第三十九矢目 午後の出猟
第四十矢目  ハト南蛮
第四十一矢目 カラス討伐Ⅱー1
第四十二矢目 カラス討伐Ⅱー2
第四十三矢目 カラス討伐Ⅱー3
禁漁期 栄養補給編Ⅱ
となっていて、この巻の最後のほうでやっとのこと年を越す。
猟の腕前は、さすがに出猟日数が多いので着実に上達しているようである。この巻の最後のほうではカラスの駆除を頼まれたりしているし、獲物は罠によるシカ、キジなどな、肉をどう食すかというあたりも増えてきているのが、その証拠であろう。
途中、ブルーギル、ヌートリアという「猟」の範疇とはちょっと外れるような外道っぽいのが混じるのも、「猟」ということに「慣れて」きたせいであろうか。
午後の出猟のところでは、トラブルにあって夜の冬山に取り残されることにも遭遇。他の本を読むと夜の山中は不思議な出来事が起こるようなのだが、そんなこともなく帰還できたのは僥倖というべきかもしれない。
ほとんどが「猟」「猟」「猟」たまに「獲物の料理」といった内容なので、薬味を続けて食しているような気がしてくるのが辛いが、最近の「狩猟」や「鳥獣被害」といったものを抵抗なく読まさせてくれるのは絶好のコミックではあるかな。

「狩る」という根源的なこと  その2ー岡本健太郎「山賊ダイアリー 2」

猟師コミック「山賊ダイアリー」の2巻目である。
時系列的には、1巻目で狩猟免許を習得し、初めての狩猟シーズンの続き。その年の5月頃に狩猟免許を取得して、空気銃を買って、といったシチュエーションであったのだが、数をこなすというのは大事なことで、ほぼ毎日にように罠の見回りと猟に出ているように見受ける著者は、いっぱしの猟師ぽさが漂い始めている
収録は
第十四矢目 ジョンとキジ猟
第十五矢目 イノシシ解体
第十六矢目 ヒヨドリ猟
第十七矢目 罠 Ⅰ
第十八矢目 罠 Ⅱ
第十九矢目 罠 Ⅲ
第二十矢目 スズメバチ駆除 Ⅰ
第二十一矢目 スズメバチ駆除 Ⅱ
第二十二矢目 深緑の霊鳥
第二十三矢目 銃砲店にて
第二十四矢目 実猟の射撃
第二十五矢目 三ツ足
第二十六矢目 鳥獣判別
第二十七矢目 ギン、逃げる
第二十八矢目 師匠
で、第十四矢目が2009年11月で第二十八矢目が2009年12月となっていて、ほぼ一ヶ月の話。猟師仲間も増え、始めはキジバトぐらいだった猟果もイノシシ、キジ、ヒヨドリ、カモ、カラス(?)と種類も増え、空気銃に加え、罠猟も始めるという初年度から飛ばし気味の猟師生活である。猟ばかりでなく、駆除を頼まれたスズメバチ(もっともハチノコを食しているから、これも猟といえば猟か・・・)のおまけつきでもある。
こうした狩猟にせよ釣りせよ、「収穫」話が楽しいものなのだが、収穫成功譚を詰め込んだこうしたコミックを読んでいると、自分も、不思議と簡単にできそうな気がしてきて、おもわず心が揺れ動くのだが、いやいや、待て待てとあわててブレーキをかける。
「旅行にしろアウトドアにしろ、計画を立てているときが一番楽しいものなのだ・・」と自分を言い聞かせているところである。
まあ、こうした「狩猟生活」というのは、なにやらワクワクさせるもので、狩猟、釣りといった趣味が、綿々と続いているのは、人間の根源的な「原始本能」に根ざしているところがあって、同じ自然生活といっても、菜園とか農業とかの「育てる」ものとはまた違うものであるような気がする。
うーむ、免許がないゆえ「猟」は無理ではあるが、ひさびさに釣りにでも行ってみますかな。

「狩る」という根源的なこと ー岡本健太郎「山賊ダイアリー 1」

岡本健太郎「山賊ダイアリー」(イブニングKC)は「猟師」ブーム(といっても限定的なブームかもしれないが)を元となったコミック。
「山賊」のいわれは主人公(筆者)が東京在住時、都会の彼女とデート中に、「いつか地元で猟をやりたい」と都会のフツーの女の子には禁句に近い言葉を発し、喧嘩の末、はかれた「さようなら、山賊さん」という捨て台詞が謂われのよう。


第1巻の収録は

 第一矢目 初猟Ⅰ・空気銃
 第二矢目 初猟Ⅱ・ハト
 第三矢目 猟友会

第四矢目 猟友会Ⅱ

第五矢目 カラス討伐

第六矢目 スネークイーター

第七矢目 カラスを食べよう

第八矢目 共猟Ⅰ

第九矢目 共猟Ⅱ
第十一矢目 プチ遭難

第十二矢目 ヌートリア

第十三矢目 Sniping

禁猟期 栄養補給編

の14話。


東京から岡山にUターンし、狩猟免許をとって、猟デビューをして、という猟師生活の始まりの部分。

創業物語の一番面白いところは、「事業を立ち上げて軌道にのっかるまで」というのが私の持論で、こうした始まりの物語はどういう展開にせよ新鮮である。


おまけに「猟」をとりあげた本で、解体の時の動物の姿なども描かれているのだ

が、どことなくクールなタッチで、血生臭さや肉肉したところを感じさせないのが

良いところ。


で、その生活は、というと毎日の罠の設置や空気銃での猟など、なにやらのびのび

としていて、「猟」というイメージがもつおどろどろしさは感じられない。しか

も、獲った鳥などを美味しく食しているあたりは羨ましくはある。


ただ、苦労は近所や家族の理解がないところ(当たり前か)で、解体もこそこそや

らないといけないし、奥さんを始めとした家族の獲物を見たときの拒絶反応と

か、まあ一般人なら普通そうだよな、という反応と戦わなければならないの

は、「猟師」をやる以上当然の責務と謂うべきか


「猟」の本というと鳥や動物の解体写真やイラストなどちょっとどうかなー、と敬

遠する向きもあるかもしれないが、ある意味、ゆるーい「猟師日記」なので、動物

や鳥の苦手な人でも抵抗は少ないと思う猟師本であります。

ナンバー2という「魅力あるも、面倒くさい」生き方 ー 松平定知「歴史を「本当に」動かした戦国武将」

時代が不安定になると「戦国時代」とか「幕末」が流行るという話を聞いたことがあって、時代のわさわさとした落ち着かなさと先行きの見通せなさが、転変の激しかった二つの時代に生きた人に範を求めさせるのだろう。私の場合もそんな風なところはあって、人事や処遇などで、不遇感があったり、閉塞感があったりするときには、「戦国」「幕末」の人たちについて書いたものを読みたがる傾向がある。
ということで、今回は、松平定知「歴史を「本当に」動かした戦国武将」。
「本当に」というのはこの手の本のよくある売り文句で、歴史上の様々な出来事を動かしたのは、表で活躍した英雄、豪傑ではなくて実は・・・という秘話めいたものが通例なのだが、本書の場合は、ナンバー2が大事なんですよ、といったところで、このあたりは穏当な歴史読み物なので安心してほしい。
構成は
序章 歴史の陰には必ず「ナンバー2」がいた
第1章 黒田官兵衛に学ぶ「読心術」ーM&A時代を生き抜く知恵
第2章 直江兼続に学ぶ「直言力」ーオーナー企業を支える
第3章 石田三成に学ぶ「構想実行力」ー社業拡大を推進する
第4章 本多忠勝に学ぶ「市場開拓力」ー攻めと撤退の時期を見極める
第5章 片倉小十郎に学ぶ「プレゼンテーション力」ー綿密な計算とアイデア
第6章 藤堂高虎に学ぶ「転職力」ー技術で昇給を勝ち取る
第7章 細川幽斎に学ぶ「一芸力」ー文武両道こそ光る
となっていて、7人の戦国時代のナンバー2が取り上げられているのだが、それぞれが仕えた主君は、豊臣秀吉、上杉景勝、徳川家康、伊達政宗と当代を代表する人物ばかり。こうした人物に仕え、誅殺されなかったのはスゴイよね、と上司とブツカリがちな当方としては感心をする次第。
そのあたりは、
カリスマであるトップの心中はめまぐるしく変化します。寄ってくるものはかわいいのですが、寄り過ぎると疎ましい。力があるのは頼りになりますが、ありすぎるとのちのち厄介になる。
とか
仕事には優秀な部下が居ると助かるが、あまりに突出すると自分のポジションを狙っているのではないかと不安になる。特に自信喪失気味や、逆に自信満々で己が一番と思っているトップにとって、あまるに優秀な部下は怖い存在です。
といったところに微妙に現れていると思う次第。
ただ、そうした「歴史の巨人たち」を裏から支えたり、実権を握ってはいても。
企業も拡大戦略をとっているときは、アイデアと行動力がある参謀軍師型タイプがナンバー2にいるとトップは仕事がやりやすいのですが、ある程度の規模になり社員が増えると管理と効率のよい運営が求められ、官僚タイプが右腕にいれば効率よく運営できます。そういう意味では、秀吉には絶妙なタイミングに最適な人物がいたのです。
とか
家康は、時代の変化を読む能力に長けているトップです。
領土を拡大する時代には戦闘能力に長けた人こそ重要で、だから忠勝は重用される必要な人材でした。しかし天下統一がなされた今、政策実行能力のある官吏こそ必要な人材です。それを読んだ配置だったのです。そして、それを忠勝も見抜いたのに違いありません。黙って桑名に行くことを了承しました。
などなど、ナンバー2でいるのも大変なのである。
さてさて、組織人でいれば、いつも陽の当たるところばかりではなくて、むしろ自分の力が過小評価されていると思えることが多々あろうが、最後に
「数年昼夜奉公しても、気付かない主人であれば、代々仕えた主君であっても暇を取るべし。うつらうつらと暮らすのは意味が無い」高虎遺訓二〇〇か条の一つ
を引用して、この稿は了としよう。「士は、己を評価する人に対して忠誠を尽くす」のであるな、と夜郎自大の風もあるが、野放図に思ってしまうのである。

園芸家という不思議な生態のいきもの ー カレル・チャペック「園芸家12ヶ月」

最近、家庭菜園のエントリーをしているので、ブックレビューもその系のものをエントリーしようかと思ったのだが、とりあえずカレル・チャペックの「園芸家 十二ヶ月」をとりあげよう。もっとも、私の所蔵品は中公文庫のかなり古いバージョンなので、今売っているものとは若干の違いがあるかもしれないことはご容赦。
構成は、といっても
庭をつくるには、園芸家になるには、1月の園芸家、2月の園芸家と続き、中に掌編っぽいのがまじっているものなので、まあ、園芸家の1年をつらつらと書いてあると思っていい。
しかも、「家庭菜園を・・」といったのだが、菜園についてはチャペックは批判的で
野菜栽培をやる人たちに興をそぐつもりは、けっしてない。しかし彼らの播いた種は、彼らがからねがならぬ。わたしが丹精したバラを、わたしがムシャムシャ食べ、スズランの花をかじられねばならぬことになったら、わたしは、それらの花に対するわたしの尊敬をかならず失うに違いないと思う。
といった風である。
ただ、園芸家に好意的かというと、まあ好意的には違いないのだが、例えば
園芸家というものが、天地創造の始めから、もしも自然淘汰によって発達したとしたら、おそらく無脊椎動物に進化していたにちがいない。いったい、何のために園芸家は背中をもっているのか?ときどきからだを起こして「背中が痛い!」とためいきをつくためとしか思われない。
とか
人間が真理のためにたたかうことは事実だ。しかし、自分の庭のためだったら、もっといそいそしてとして、夢中になってたたかう。
とか
ロック・ガーデンの持ち主は、たんに園芸家だというだけではない。同時に彼は蒐集家だからだ。したがって彼はやまい膏肓にいった偏執狂患者の一人だ。たとえば諸君の庭にカンパニュラ・モレッティアーナがみごとに育っているところを、こういう男にチラッとでも見せたらさいご、夜になると盗みにくる。ピストル片手に、殺す覚悟で。
などなど、「愛すべき」かなりの変人扱いである。
ただ、なんにせよ人に迷惑をさほどかけることなく、不思議な生態がみられるというのは、園芸家を置いては他にない、といってもいい。なにせ、頭の中は、花であり、野草であり、とにく植物が、他の園芸家の庭より素晴らしく育つか、咲くかなのだから、害がないといえば害がない。
まあ、最後の件
われわれ園芸家は未来に生きているのだ。バラが咲くと、来年はもっときれいに咲くだろうと考える。一〇年たったら、この小さな唐檜が一本の木になるだろう。・・いちばん肝心のものは、わたしたちの未来にある、新しい年エオ迎えるごとに高さとうつくしさがましていく。ありがたいことに、わたしたちはまた一年齢(とし)をとる。
といった園芸家へのエールを引用して、この稿は了としたい。あまり難しいことを考えず、園芸家の奇妙な生態を、わはわは、と楽しんだほうがよさそうな一冊である。