肉の次は何、となるとそこはやはり「酒」となるのが世の習いで、先の「世界ぐるっと肉食紀行」の続きとして、西川 治「世界ぐるっとほろ酔い紀行」(新潮文庫)をとりあげよう。
「酒」をとりあげる場合、どうかすると「酒」単体をとりあげるものが多くて、やれ豊潤さがどうの、コクが、キレがとかの話に終始するものが多くて、どうかすると「酒」のスノッブ的な知識の中に埋もれ混んでしまう場合が多いのだが、本書はそうした愚行からは離れていて、「坂」と「肴」の関係をきちんととらえているところが好ましいところ。
構成は
アジア編
ラープの輝き(タイ*メコンウィスキー)/バナナ林のセンミン屋(タイ*ラオ・カーオ)/暑い部屋(フィリピン*サンミゲール)/チャガチ市場の老婆(韓国*眞露)/誕生日はポキャンマチャで(韓国*眞露)/目の前に、さっと真鍮の細い箸が(韓国*マッコリ)/一日十数杯もの馬乳酒を(モンゴル*馬乳酒)/椰子酒を飲みながら(インドネシア・トゥアック)/ビットロンを食う(ベトナム*ビアホイ)酔っ払い(ベトナム*ルーカン)
アジア編
ラープの輝き(タイ*メコンウィスキー)/バナナ林のセンミン屋(タイ*ラオ・カーオ)/暑い部屋(フィリピン*サンミゲール)/チャガチ市場の老婆(韓国*眞露)/誕生日はポキャンマチャで(韓国*眞露)/目の前に、さっと真鍮の細い箸が(韓国*マッコリ)/一日十数杯もの馬乳酒を(モンゴル*馬乳酒)/椰子酒を飲みながら(インドネシア・トゥアック)/ビットロンを食う(ベトナム*ビアホイ)酔っ払い(ベトナム*ルーカン)
ヨーロッパ編
リカールに水を注ぐと(フランス*リカール)/スコッチの酔い(スコットランド*スコッチ)/今夜はキッスはお断り(スウェーデン*アクアビット)/ローマでは酔いつぶれて(イタリア*グラッパ)/サルディニアへ行こうよ(イタリア*ワイン)/ベニスは雨だった(イタリア*ドライ・マティーニ)/タンポポのお酒(イタリア*タンポポ酒)/ワイン通になるには(イタリア*ワイン)/パブに入り浸り(イギリス*ビール)ギリシャの紺碧の海よ(ギリシャ・ウゾー)/タパスはシェリーを飲みながら(スペイン*シェリー)鰯の一ダースは十三尾(ポルトガル*ワイン)/ファドを聞きながら(ポルトガル*ポルト)
アメリカ・オセアニア編
ぼくらのパーティーにおいでよ(オーストラリア*ビール)/ぼくとそっくりなマオリの青年(ニュージーランド*ワイン)/間髪を入れず呑む(アメリカ*バーボン)/大きなグラスに三本のストローが(アメリカ*マルガリータ)/ビールにはポテトフライが一番(アメリカ*ビール)/コロナ・ビールの奇妙な飲み方(アメリカ*コロナ・ビール)/発光体のような白い裸体(カナダ*ワイン)/カナダの鱒釣り(カナダ*ウィスキー)/カバを飲むと眠くなる(フィジー*カバ)
日本編
泡盛の豊潤(泡盛)/ヒージャー汁は沖縄に行く前に食べていた(泡盛)/ウルカで一升(日本酒)/肴ありて酒
特別編 紹興ほろ酔い紀行
となっていて、まあ、世界のほとんどのところ(アフリカ、南米がないけどね)の「酒」とそれに欠かせない「肴」の話が収録されている。
酒と肴が切り離せないのは、最初のタイのラープのところでも明らかで「目の前の赤黒いラープを一すくい、口にいれた途端、ぼくの耳の後ろに炎が上がった。」というぐらい辛い牛肉のタルタルを食べるのだが、
そのあまりいただけない甘ったるいメコンをコップにたっぷり注いで呷り、またラープを口に入れる。たまらなく辛い。そしてメコンに自然と手がのびる。これはなかなかのコンビだ。
と単体では持ち味がきつすぎるラープとメコンウィスキーの親和な関係が描かれるし、ラオ・カーオという米の焼酎の密造酒の場面では
おやじがつくるセンミンもきた。それを啜りながらコップを傾けた。揚げたニンニクを箸で摘まんで囓り、グビリ。パクチーを噛んではグビリ。ビーフンのような麺を数本つまんでグビリ。なかなか合う
といった具合である。
なかには椰子酒(トゥアック)のように酒の中に「なにやら白いものが瓶の中で、泡とととに体をくねらせ上下している」と虫が入っていることが必須のような酒や「カバは、鎮静作用があるらしい。薬として輸出されている。醸造文化をもたないポリネシアンが考え出した飲み物だ。アルコールを飲むと、高揚感が募り騒ぎたくなるものだが、このカバは飲めば飲むほど静かな気持ちになっていく」といった酒なのかなんのかわからないものが混じっては来るのだが、その場合でもやはり焼き肉串の「「サテ」などは「肴として欠かせないものであるらしい。
そして、最後の特別編では、うまい店の見分け方として
大きなテーブルが一つあり、一人の男が腰を掛けている。その男は注文を受けた紙片に書かれた料理名を見ながら、いろいろと材料を選び、そばの男に刻ませ、 アルミの皿にのせて、それをそれぞれの厨師のところへ持って行くように従業員に指図していた。厨師はそれを中華鍋・クォーと鉄の杓子・シャレンで勢いよく 炒める。ときおりクォーに日が入りバーッと炎が上がる。あっという間に一品が出来上がって行く。すぐに三人ぐらいの男服務員(ウェイター)、女服務員 (ウェイトレス)ができあがったばかりの料理をさっさと運んでい行く。その様子を見ているだけで、ここの料理がうまいに違いないということが分かる。料理人は一刻も早くうまいものを客に」食べてもらいたい、早く持って行け、と怒鳴っており、」食卓に突進させる。反対に、食べるに値しないようなまずい店では、ウェイターはダラダラしている。
とあるのは万国共通であるらしい。
最後に、酒と肴の
ご飯のおかずは体を養うためのものだ。酒の肴は心を養う。酒の肴は、ご飯のおかずとは違う。肴は酒を助ける。肴ありて酒だ。(P255)酒を口に含んだ
とき、アルコールの働きは口だけに集中してはいない。全身に散らばっている感覚が動く。全身でかすかな酔いを感じているときは、生きているのは辛くはない。いや、けっこう辛いものだ。いや、生きているのはたのしい。さて。さて。昼間のいやなこともゆるゆると。溶解していく。アルコールは、人間を作ってくれる。酒とうまい肴が、人間を育ててくれる。(P258)
というあたりを腹の底に納めながら、今日も呑むこととしましょうかね。
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