こうした「歴史放談」は家呑みの肴にもってこいなのである。 — 竹村公太郎『日本史の謎は「地形」で解ける 環境・民族編』(PHP文庫)

「日本史の謎は「地形」で解ける」「日本氏の謎は「地形」で解けるー文明・文化編」の第三弾。一頃の「地形で解ける」ブームも一段落しているのと、三冊目ともなると当初の「地形という視点からみると、この風景や事象はこう見えるのか」といった驚きも一段落してはいるのだが、「歴史」の通常の目線とは違った地平線を見せてくれるのは間違いない。

収録は

第1章 なぜ信長は「安土の小島」に壮大な城を築いたか

ー水面と湿地に囲まれた「原風景」

第2章 なぜ「日本の稲作文明」は湿地帯を克服できたか

ー田植えは「胸まで浸かる」もの

第3章 なぜ家康は「街道筋の駿府」を終の棲家に選んだか

ー最後まで頼朝に学んだ「鎌倉の相似形」

第4章 なぜ世界一の「リサイクル都市」江戸は崩壊したか

ー近代下水道と「におい」の追求

第5章 なぜ日本列島は「生きたリン鉱床」の宝庫なのか

ー受け継がれる「天然の肥料工場」

第6章 なぜ江戸城の「天守閣」は再建されなかったか

ー「過去の幻」と「未来への洞察」

第7章 なぜ勝海舟は「治水と砂防」で明治新政府に怒ったか

ー沖積平野に潜む「八岐の大蛇」

第8章 なぜ正倉院の「神秘の宝物」は盗掘されなかったか

ー「肩を寄せ合う」濃密な奈良の迷路

第9章 なぜ江戸時代には、車の動力が「人間」に退化したか

ー「道路後進国」1000年の空白

第10章 なぜ9歳の本因坊秀策は「東海道を一人旅」できたか

ー江戸の「追いはぎ」「雲助」の謎

第11章 なぜ京都が日本の「線路誕生の地」となったか

ー「車石」がもたらした交通革命

第12章 なぜ大阪の街は「五・十日」渋滞が名物なのか

ー「不合理」に基づく商売の原点

第13章 なぜ大阪は日本の「都市の原点」であり続けるか

ー「空間・歴史・人情」の密度の濃さ

第14章 なぜ「間引きされた地図」は伝える力を高めるか

ー情報を「削り取る」高度な知的作業

第15章 なぜ「世界屈指の雪国」で高度文明が創られたか

ー「島」と「雪」が日本人を閉じこめた

第16章 なぜ日本文明は「海面上昇」でも存続できるか

ー温暖化で30m上昇した「if」

第17章 なぜ日本は分裂せず、現代まで生き残ったか

ー参勤交代が生んだ「束ねる力」

第18章 なぜ日本は「100年後の未来」にも希望があるか

ー「縮小」に打ち克つ日本史の知恵

となっていて、今回の主流は、戦国時代末期から江戸時代が中心。

前作、前々作同様にたくさん収録されているので、とても全部ネタバレレビューすることもできないのだが、「ほう」と思ったのいくつか紹介すると、一つは、前作でも辛辣な扱いだった織田信長で、「第1章 なぜ信長は「安土の小島」に壮大な城を築いたか」では

信長はこの氾濫原の中の「洲」を本拠地とした。

(中略)

雨がやんでも、何日もジメジメとぬかるみが続く。洲から外へ出るには舟の乗るか、陸路はせいぜいあっても盛り上がった洲上の道だけ。このような湿地帯の中の洲「清洲」を信長は本拠地とした(P39)

信長は戦国の世に飛び出す以前、幼少時代を水面と湿地に囲まれたこの港町の津島で過ごしたのだ。(P46)

激しい気性で戦闘と殺戮を繰り返した信長、日本中の人々から恐れられた信長、その信長も幼年時代は無邪気に健やかに津島で過ごしていた。

その津島が、信長の原風景となっていた。(P48)

と、魔王「信長」を身近に引き寄せるし、

「第3章 なぜ家康は「街道筋の駿府」を終の棲家に選んだか」では慎重派の家康がなぜ、「開放的」と思える静岡を最後の本拠としたかについて

駿府は鎌倉と同様に、地形に防御されていた。

前面の遠浅の海岸と、背後の険しい山々で防御されていた。さらに、東と西は、海まで張り出した尾根で厳重に防御されていた。(P91)

この大幹線が何本も通っている静岡を見て、江戸時代の駿府も街道筋で、人通りが多く、無防備な土地だった、と思い込んでしまったのだ。

私は、近代化した静岡にだまされていた。

江戸時代、駿府は四方八方の地形に守られた土地であり、厳重に監視された土地であった。

と、明治以後の風景に慣れてしまった我々の「思い込み」を打ち砕いてくれる。

さらには、「第10章 なぜ9歳の本因坊秀策は「東海道を一人旅」できたか」では

東海道に追いはぎなどいなかった。

しかし、追いはぎの出没話は、あふれるほどあった。

なぜなら、その追いはぎ話は、自分の宿場町へ客を引き止めるための最高のキャッチフレーズだったからだ。

と時代小説が失業しそうな話も飛び出してくる。

かなり、ツッコミの厳しい話やエピソードが満載なので、どこまで本当なのかはいろいろ考えたり、あちこち立証をしてまわらないといけないとは思うのだが、こうしたキワモノ系の話は、そんな立証やら調査なんて無粋なことは置いといて、ほうほうと愉しむに限る。酒の肴は「放談」にまさるものはない。こうした話を肴に今宵もまた呑みますかな。

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