平安初期の大乱の謎を、空海が解き明かす ー 鯨 統一郎「まんだら探偵空海 いろは歌に暗号」(祥伝社文庫)

歴史上の人物を主人公にしたミステリは数々あるのだが、宗教者を主人公にしたものは余り見かけたことがない。
本作は珍しく「宗教者」、しかも日本の宗教史にその名を残した「空海」を主人公に、平安時代初期を舞台にした歴史ミステリである。

【あらすじと注目ポイント】

物語は、室町時代の足利義尚の時代、陰陽師と白拍子のコンビが、「東寺」に空海の残した「いろは歌」が残っていると聞いて、それを見せろ、とねじ込むところからスタートする。

この「いろは歌」については、1990年代の始め頃、作者は空海ではなく、柿本人麻呂で、

いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らむうゐのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす

のそれぞれの行の最後の文字をつなげると「とかなくてしす(罪なくて死す)」となって、人麻呂が政権争いに敗れ刑死した無念を残したものだ、という説がめきめき有力になってきたのだが、本書では、作者はあくまで、空海で、彼が「恨みの言」のはいった歌をなぜ残したのか、という謎を解いていくのが主な筋となっている。

謎解きの舞台は、空海、藤原薬子、平城上皇、神野帝(嵯峨天皇)、藤原冬嗣、藤原仲成、坂上田村麻呂といったところが登場する、時代的には西暦800年代の始め頃の話になる。

この頃の、大きな政治的事件といえば、「薬子の変」で、教科書的にいうと

藤原種継の娘の「薬子」が、宮中に娘が上がったのをきっかけに、娘を差し置いて、当時、皇太子だった安殿皇子(後の平城上皇)をたぶらかし、平城が即位後、愛人兼女官におさまる。
そして、平城天皇が、神野帝(嵯峨天皇)に位を譲った後、上皇となった平城を唆して、反乱を起こす。

といったようなことだったはずで、まあ、「天下の大悪女」といった扱いがされているのだが、一国の国王をたぶらかすほどの色香をもった女性というのは、残念ながら、当方はお目にかかったことがないのが残念なところである。

ただ、本書的には、平城を愛しながら、神野帝にも言い寄られ、なおかつ、旦那も薬子の未練たらたら、という、自分の美貌に翻弄された女性で、しかも、空海に幻術競べで勝ったり、平城上皇に謀反をおこさせるために、春日山を消し去ったり、といった、まあ、美と智謀とイリュージョンの技を兼ね備えた、プリンセス・テンコーも顔色なしの女性なんである。

で、そんな「薬子」がなぜ、こんな騒乱を起こしたのか、というのを解き明かしていくのが主な展開なのであるが、少々ネタバレ的にいうと、彼女も誰かに操られていたというのが「種明かしの種」なのだが、その操っていた人物も実は・・・といった感じで、本書の表現でいえば、「曼荼羅のようにぐるぐる回っている」というのが、この謎のキモのところでありますが、詳しくは原本で確認してくださいな。

【レビュアーから一言】

最近は歴史ミステリーっていうのが流行らなくなっているようで、こうした類の話をあまり見かけなくなった。
ただ、ひさびさに読んでみると、歴史の真相をこっそり覗いているような感じと、人の知らないことを知っているような妙な優越感が味わえるのは確かである。
真実の歴史かどうかは置いといて、しばし、こういう歴史フィクションの世界に浸ってみるのも、ストレスが貯まらない秘訣であるように思います。

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