江戸っ子の暮らしの隅々を知りたい人への歴史入門 ー 磯田道史「江戸の家計簿」

時代小説や捕り物帖、歴史小説というジャンルは、一頃の大ブームはすぎた感はあるのだが、毎月、新刊本の出るジャンルで、まだまだ根強い人気を誇っているのはまちがない。ただ、その時代小説・歴史小説ファンも、当方は見立てるに、戦国もの、江戸時代もの、幕末ものという3つのグループに分かれるようで、そのうち、「江戸もの」のファンの人は、ほかの「戦国もの」「幕末もの」のファンの人に比べて、江戸のゆったりとあいた風情を愛する「平和主義者」の人が多いような気がしている。

で、そんな平和主義的な「江戸もの」ファンがこだわることが多いのが、江戸庶民やお侍たちの「日常の生活」というやつで、このへんの細かな知識があるかないかで、捕り物帖の「機微」のところを楽しめたり、居酒屋でドヤ顔ができたり(?)、といった違いが出てくるのだが、そうした江戸時代の「豆知識」を仕入れるのにうってつけなのが、加賀藩の算盤侍の暮らしを古文書をもとに描き、堺雅人さん・仲間由紀恵さんの主演で映画化もされた「武士の家計簿」の著者・磯田道史さんが著した「江戸の家計簿(宝島社新書)」である。

【構成と注目ポイント】

構成は

まえがきー江戸時代の貨幣制度とは
第1章 江戸時代の収入① 武士篇
 将軍と岡っ引きの年収差は約1852万倍
 大岡越前と遠山の金さん 江戸2大奉行の懐具合
 「武士は食わねど高楊枝」は本当? 武士の暮らしと収入
第2章 江戸時代の収入② 農民・町人篇
 江戸時代の知られざる陰の主役「農民」
 ”奉公人=会社員”より職人のほうが高給とりだった!!
 江戸時代の大工は高給取りだった!?
 江戸っ子の収支~商品を売り歩く棒手振りの日当~
 江戸遊び~歌舞伎役者から花魁まで~
 高利貸と宿場ー相場は現代と同程度?
 特集ー江戸の成り上がり者たち ~大江戸豪商列伝~
第3章 江戸時代の物価① 食品篇
 江戸庶民の台所事情~物価から見る江戸の暮らし~
第4章 江戸時代の物価② 料理・嗜好品・雑貨篇
 江戸時代の庶民たちがこよなく愛した味の値段
 現在の和菓子は江戸時代に原型がつくられた
 江戸の日常を彩る雑貨たち
第5章 江戸の文化と経済
 人口100万人超の大都市「江戸」の生活
 湯屋~江戸庶民の裸の付き合い~
 リサイクル業の」波立~大都市江戸の循環型経済~
 江戸の祭り~江戸情緒を彩る風物詩~
 江戸時代のマスメディア~江戸の出版事情~
あとがきにかえてー江戸時代のお金と現代日本

となっていて、江戸時代のお侍から庶民の暮らしや生活費、さらには物価の相場など、通常の時代小説などではでてこないような、生活のTipsをあれこれ紹介してくれる構成となっている。

それは例えば、

同心の家禄は30俵程度の小禄であったが、諸大名からの付け届けもあったという。付け届けとは一種の賄賂のようなもの。参勤交代のため、大名は江戸屋敷に多くの家臣を置いた。彼らが江戸市中で騒ぎを起こした際、穏便に済ませるために特定の与力や同心に付け届けをしたのである。

といった、時代劇の華である「八丁堀同心」の旦那方の裏事情であったり、

なかでも出職の大工、左官、鳶は「江戸の三職」と呼ばれる花形職業だった。火事が多かった江戸では、引っ張りだこだったのである。賃金は現代感覚で換算すると、日給にして2万7000円、年収にして800万円近くにもなった。職人中、大工は最も高収入で生活レベルも高い。女子には習い事をさせ、歌舞伎見物もしたようだが、家を持つ者は稀で、借家住まいが多かった。

といった江戸庶民の代表格である「大工」などの職人の生活実態を教えてくれているので、ここらを覚えていくと、TVの時代劇を見る楽しみも深まるかもしれないですね。特に

といった「大工の収支」なんてのをみると、ちょんまげを結っている姿が、近くにいる通勤中のサラリーマンの姿にかぶってくるような気がしてきますね。

さらには

当初、江戸の麺類といえば、うどんを意味していたという。蕎麦はうどんのかたわらで一緒に売りに出されていた。しだいに、江戸っ子の口にあったのか、蕎麦が主流になっていったとされる。うどんのなかには例えば、時代小説のなかでも登場sるごくぶとの「一本うどん」という変わり種もあった。江戸では深川浄心寺近くのうどんやで売り出されたが、製法が難しく、一般には普及しなかったとされる。

隅田川河口で育つ鰻は大変美味で知られ、江戸前料理とはそもそも鰻料理のことを指したという。当初、蒲焼きのスタイルで食されたが、文化文政期になると、熱々の丼飯の上に載せたかたちが考案された。丼と言えば、鰻丼のことを指すほどに人気の一品となった。
(略)
鰻丼を考案したのは、文化年間(180411818年)頃に日本橋境町で芝居小屋を営んでいた大久保今助という人物。無類の鰻好きで、ご飯とは別に蒲焼きを取り寄せて食べていたが、焼き冷ましとなつて途中からまずくなるので、ある日、熱々の飯のなかに入れて届けさせたという。あるいは多忙のため、蒲焼きと飯を一緒にした、など諸説ある

なんていうところでは、物語の周辺を彩る「食べ物」匂いがしてくるようであるし、

といった価格表で「初物」の高価さに驚かされたり、と江戸の暮らしがぐっと身近になるのは間違いなしである。

時代小説ファンでなくても、江戸の昔の風情をちょっと味わってみようかな、と思われたら、お好きなところをめくって楽しめる、そんなお手軽な歴史本である。随所に描かれる

といったイラストも楽しいですね。

【レビュアーからひと言】

この本の特徴の一つは、ほかの本ではあまり紹介されることのない、江戸の農民の姿が描かれているところで、

江戸の農民は年貢の徴収により、米すら食べられない貧しいイメージで語られることがしばしばだが、大きな飢饉がない限り・・・、ある程度の生活を送っていたとされる

として、

といった農民の収支も出されているので、本書のほかの職業と比べてみるのもいいかもしれません。。

コメント

タイトルとURLをコピーしました