無菌病棟内でおきる美少女密室殺人の謎を解き明かせ=市川憂人「揺籠のアディポクル」

2019年に中国武漢市で第1例目が発見された新型コロナウィルスは、全世界の人々を一時期は人と接触しない「閉鎖空間」の中に閉じ込めたわけですが、それとは逆に、感染性の高いウィルスから身を護るため、「無菌病棟」に隔離されている二人の若い男女に降りかかった「密室殺人」の謎を解く、閉鎖された空間内での青春純愛ミステリーが本書『市川憂人「揺籠のアディポクル」(講談社)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

Monologue
Part 1:Cradle
Inyerlude(Ⅰ)
Part 2:Hospital
Inyerlude(Ⅱ)
Part3:Adipocere

となっていて、物語のほうは、都内のどこかにある病院の「無菌病棟」で始まります。この「クレイドル」と呼ばれる無菌病棟には9つの病室があるのですが、現在入院しているのは、学校で意識を失って倒れ、その後の診察で難病であることがわかった「タケル」という少年と、この病院の一人娘で同じく難病にかかっている「コノハ」という義手をつけた少女の二人だけです。

二人は外界と接触しないよう、この病棟に隔離されていて、食事の提供や廃棄物・排泄物の処理もすべて自動化され、診察に訪れる医師(柳という女性医師が専属のようですね)と感情を見せない若林看護師もいつも「防護服」で全身を覆っているという状態の入院生活をおくっています。

「タケル」と「コノハ」の関係性は、タケルはコノハから、ここ一週間に食べた夕食のメニューを質問されて昨夜食べたものしか思い出せなかったため、「鳥頭」と馬鹿にされたり、手が触れたところをこれ見よがしに消毒されたり、と最悪な状態なのですが、柳医師から、「コノハに気を配ってくれ」と言われたこともあり、容姿的にはコノハは美少女の部類に入るため、タケルとしては、嫌いになりきれない、といったのが最初の頃。

しかし、ある時、タケルの部屋のネームプレートが外されていた上に、コノハと会うのを避けていたことから、タケルが病気で死んでしまったのでは、とコノハがひどく心配していたことがわかってから、二人の仲が急速に近くなって、という閉鎖空間における恋愛もの、と典型的な流れとなっていきます。ただ、密室状態の中で、タケルのネームプレートを外して、彼の机の奥深くにいれたのが誰なのか、といったのが今回の事件の予告編となります。

そして、コノハから幼い頃に病気にかかり、このクレイドルの中の閉じ篭って治療をうけていることや、彼女の父がこの病院の経営者なのですが見舞いには全く訪れないこと、母親は早くに病気で亡くなっていることなどを聞き、彼女のことがどんどん好きになっていくのですが、ある時、この病院を台風が直撃し、一般病棟と無菌病棟を繋ぐ渡り廊下に貯水槽が倒れ込み、無菌病棟は物理的にも切断された状態となってしまいます。

担当の柳医師の助言で、この病棟内に貯蔵されている食料を食いつないで救助を待つ二人なのですが、一向に助けの来ない中、二人しかいないはずの無菌病棟内で、コノハが胸を刺されて死亡しているのは発見されます。凶器は落ちていた医療用のメスなのですが、誰が外界から切断状態にある病棟内に入り込み、コノハだけを殺してまたでていったのか・・といった密室殺人の謎解きが始まります。

タケルは、医療用のメスが凶器として使われていたことや、コノハの遺体に性交した跡が残っていたことから、男性看護師の「若林」が犯人ではないか、と考え、感染によって死んでしまう危険を承知の上で、クレイドルから外にでて、彼の捜索を始めます。しかし、彼が外に出て見たのは、すでに廃墟と化している一般病棟の姿であり、ここが絶海の孤島であったという信じがたい事実です。

さらに、集落の跡へ向かったタケルが見つけた柳医師と若林看護師の姿は・・という筋立てです。

少しネタバレしておくと、タケルとコノハが無菌病棟に隔離されていた本当の理由はかなり衝撃です。そして、物語の終盤に向かって、タケルとコノハの純愛ものが展開されていくので、ここらは涙をふくティッシュ片手にお読みくださいね。

レビュアーの一言

表題の「アディポクル」というのはこの物語では「死蝋」のことで、死体が何らかの理由で外界にある腐敗菌と遮断されて腐敗を免れ、内部の脂肪が変質して蝋状ないしはチーズ状になったもので、中国の漢代の長沙王馬王堆墳墓で発見された女性の死蝋化した遺体や、黒魔術で使用されるという絞首刑となった殺人犯の犯行に用いた手を死蝋化させた「ハンド・オブ・グローリー(栄光の手)」などが有名ですね。

「死蝋」とはちょっと違うのですが、訪れた者を、光や電波を結晶内で永遠に内部屈折させる「ダークスターダイヤモンド」に変え、永遠の命を与えるいう星への探検譚を描いた星野之宣さんの「アダマスの宝石」を思い起こしました。(「アダマスの宝石」は「サーベルタイガー」という短編集に収録されています)

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