度重なる不祥事によって民営化された上に、分割された警察で、ブラックなIT企業で精神を病んで、キーボート恐怖症にかかった末に退職し、警察官に転職した女性「薮内唯歩」が、親友の容疑者に操作情報を漏洩した嫌疑で左遷され、地方署に飛ばされた元敏腕刑事・仲城流次とともに、てがかりのない事件の謎を解いていくうちに、警察民営化に関連した大不祥事の謎を解いていく、近未来警察ミステリーが本書『市川憂人「断罪のネバーモア」(角川書店)』です。
あらすじと注目ポイント
構成は
プロローグ
第一話 宴の後
第二話 真夜中の略奪者
第三話 ストーム・クロウ
第四話 断罪
エピローグ
となっていて、本巻の設定は、ストーカー殺人事件や複数の少年によるリンチ殺人事件や、長年にわたる少女監禁事件での度重なる犯人の取りこぼしや情報の隠蔽によって警察の威信が大きくゆらぐ中、池袋でおきた無差別射殺事件で、新興宗教団体「シムルグの会」の信者といわれた容疑者に覚せい剤を使った証拠偽装を行った上に、その団体の解散させたことで世間の大反発を受け、日本の警察組織がデータ管理部門と東西の捜査部門に分割された上、民営化された近未来の「日本」が舞台です。
もともとは、民間の才能の導入と、警察庁による地方警察の行き過ぎた統制の廃止、情報の透明化といったことを狙いとした「民営化」だったようですが、どうやら、この物語の中では、営業成績偏重によって解決の難しい難事件が後回しにされたり、地方政治家の横槍、といった弊害がでているようです。
そして、この物語の主人公・薮内唯歩は、内定していた会社が、大学卒業間近に倒産し、ろくに企業を選択し直す余裕もなく、ブラックなIT企業に就職し、そこで超過酷な勤務のために心と体調を崩し退職し、その後、回復して「警察」の後継組織である、「IISC]、警察庁から警察活動を委託された民間組織へ就職し、IISC東日本つくば支店の刑事課に配属されている女性です。彼女は交通課から刑事課に配属されたため、まだ現場捜査に慣れていないうえに、前職場のトラウマで「キーボードがさわれない」状況のため、内部の事務仕事も時間がかかるため、他の署員たちに迷惑をかけて、彼らから疎まれている、という強い劣等感をいだきながら勤務しています。
さらに、彼女の相棒の仲城流次は、親友に操作情報を漏らして捜査を混乱させた上に、その友人が犯人として逮捕され有罪となる、という不始末から左遷され、その後は全くやる気がない状態です。この二人がコンビを組まされて、検挙率が低いため、優秀な捜査員はまわされない「難事件」の捜査を行っていきます。
まず第一の事件「宴の後」は、筑波大学に通学する女子学生が下宿先の築三十年のボロアパートの自室で刺殺される事件です。彼女はいわゆる「苦学生」で、実家が貧乏なため、アルバイトで学費と生活費を稼ぎながら大学に通い、少ない収入をやりくりして「オタク活動」もやっているという女性で、友人といえるのは高校時代の友人の「林葉ことみ」という女性ぐらい。所属している漫画研究会もコロナ下で活動なし、という状況で、人間関係の希薄な被害者を殺した犯人のた掛かり探しに苦労するのですが、唯歩は、被害者の部屋が、彼女の大事にしていたアニメのポスターが西日がまともに当たる状態になっていたことから、ある手がかりに気づき・・という展開です。
今まで、劣等感に苛まれていた主人公が、突然「推理の才能」を炸裂させはじめる瞬間です。
第二話の「真夜中の略奪者」はIT関連企業が多く入居している雑居ビルの3Fと4Fをつなぐ階段の踊り場で入居しているベンチャー企業の副社長が転落死しているのが発見される、というものです。
当初は、技術担当であった被害者が開発にかかわっていた新しいシステムのソースコードを狙っての犯行かと思われたのですが、被害者が会社の資金を横領していた証拠の裏帳簿ファイルも出現し、内部の犯行の疑いも強まります。
その中で、唯歩は被害者が使用していた、ログインパスワードの一斉更新後の業務用モバイルPCが持ち去られずに残されていることに注目し・・という展開です。
第三話の「ストーム・クロウ」では、唯歩がつくば市内でおきた老女殺害事件の捜査で出張した長野で、IISC西日本の有名捜査官の鳥見と出会い、彼と彼の秘書・千尋とともに、捜査に訪れたホテルの経営者と従業員の女性の殺人事件の謎を解いていく話です。
ホテルの経営状況の情や宿泊客の挙動から、真犯人を推理していくのですが、唯歩の指摘した犯人が地元選出国会議員の縁者であったことから、彼女が思ってみない処分を受けることとなってしまいます。
第三話のトラブルで無期停職処分となった唯歩が、これをきっかけに、相棒の仲城流次の友人が犯人として捕まり、流次が左遷される原因となった七年前の殺人事件の再捜査と再推理を始めます。そして、その推理が、七年前の事件の真相と、ここまでの3つの話の事件の意外な真実を導き出していくのが最終話の「断罪」です。
そして、唯歩の推理は、警察の民営化の原因となった「シムルグの会」事件に隠された事実と、さらには今までの事件を陰で糸を引いていたある大物の犯罪を明るみに出すこととなり・・と展開していきます。
レビュアーの一言
ブラック企業での辛い経験と、再就職後の警察の交通課でやってしまった不正の暴露で、すっかり自信をなくしている若い女性・唯歩が、自分でも気づかなかった推理力に気づいて、「名探偵」として生まれ変わるサクセスストーリーと思いきや、そこにとどまらないどんでん返しが用意されているので、最後まで気が抜けないミステリーです。
さらに、唯歩をイジメていたと思われていた上司や同僚の本当の姿も最後には明らかになって、勧善懲悪的なところに安心もするので、バッド・エンドが苦手な人にもおススメしておきます。
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