窓際検事の推理は、転落事故に隠れた重大事件を暴き出す=直島翔「転がる検事に苔むさず」

検察庁の検事さんというと、ミステリーに世界では、弁護士をしている主人公に憎たらしいほどの好敵手か、警察官の主人公の目の上のたんこぶ、あるいは正義感溢れて巨悪に立ち向かう法の番人というキャラ作りが多くもの。
本巻の主人公は、そうしたイメージとは打って変わって、地検の支部で小さな訴追案件を日々処理している、窓際検事なのですが、その彼がある時、担当したビルの高架からの転落事故が、地検をゆるがす大事件へとつながっていく、検察ミステリーが本書『直島翔「転がる検事に苔むさず」(小学館)』です。

本書の紹介文には

人情をもって真実を照らし出す。
心に沁みる本格検察ミステリー。

とあって「これが検事の世界か!、新人とは思えない安定感」(今野敏氏)、「窓際検事の逆転劇に注目せよ。これがリアルな検事像だ。(相場英雄氏)など、審査員から絶賛された警察小説大賞の第3回受賞作です。

あらすじと注目ポイント

構成は

プロローグ
第一章 川辺の検事
第二章 人事案
第三章 とり急ぎ、雷
第四章 赤提灯
第五章 ボニーのささやき
エピローグ

となっていて、プロローグのところでは、「隅田川分室」とも呼ばれている東京区検察庁浅草分室で、窓際に風鈴をさげる本シリーズの主人公・久我検事と、この分室で研修中の倉沢検事の姿から始まります。倉沢検事は任官してから1年半の新人なのですが、上昇志向の強さと鼻っ柱の強さが伺える女性で、分室という性格上、正式起訴レベルの事件はほとんどなく、軽微な事件ばかり扱う日々に苛立ちを覚えています。

彼女の指導検事である「久我」は司法試験合格が遅かったためと、検察内部の不正事件で摘発側にまわったため、一度は東京地検の特捜部に抜擢されかかったのですが横槍が入り、任官以来ずっと支部務めという経歴で、出来のいい一人娘が司法の道に入ろうとしていることに悩んでいるという設定です。

事件のほうは、倉沢検事がレストランのショーケースを破損した老人の早期釈放の処分が甘すぎると腹をたてて店晒しにした釈放許可書を、所轄の墨田署に久我が届けたところから始まります。墨田署で、検視官と間違われて、「河村友之」という若い男性が電車の高架の上から下を走るスポーツカーの上に落ちてきた事故の現場に連れて行かれるのですが、彼の経験則から、自殺と断定できず、さらに小さな中古車ディーラの営業マンにしては高額な腕時計もしていたことから不審をいだき、事件捜査に関わっていきます。

捜査のほうは所轄の隅田川署の追出刑事課長の頼みで、彼が目をかけている若い巡査・有村をつかって、部下の倉沢とともにすすめていくのですが、河村の勤務先の社長も、トレーニングの通っているボクシングジムの社長も、彼の恋人も彼のことを心配して悲しんでいる人たちばかりで、さらに、親代わりとなって彼を育てた兄も真面目な理髪店の経営者で、周囲に犯人らしき人物は見当たりません。そんな状況の中で、河村が通っていたジムの誰も使っていないロッカーの中から、大量の麻薬が発見され、一挙に彼の死が組織犯がらみの麻薬事件の線がつよくなってきて、という筋立てです。

そして、ジムの関係者の中の「松井」という男性に狙いを定めて、有村が尾行や張り込みを続けるのですが、倉沢検事も単独行動で監視を始めたことから、自分が疑われていると気づいた松井によって、有村が逆襲され、大怪我を負うことととなり、と展開していきます。
有村に大怪我を負わせた後、逃走した松井の行方を警察をおうのですが、意識を取り戻した有村の証言や、本当に麻薬の組織犯罪だったのだろうか、という後輩検事の言葉にヒントを得た久我は、事件の本当の姿に気づいていくのですが、そこには「善意の人」と見えた人々の意外な姿が見えてくることになります。

さらに、本命の事件と並行して、浅草分室の一室を使って秘密裏に行われていた有名芸能プロダクションの社長の脱税の取り調べがマスコミにすっぱ抜かれた情報漏えいの犯人は「久我に違いない」と、彼が検察庁内で認められるのが許せないライバル検事が尋問を次始めたり、久我検事の周辺もきな臭くなりはじめ・・という展開です。

久我検事と倉沢検事は、検察庁内部からの邪魔立てをクリアして、この転落死事件の真相にたどりつくことができるのか、そして、久我にかけられた嫌疑は晴らすことができるのか、とハラハラドキドキの展開が続いていきます。そして、最後半では、現場の乗り込んだ倉沢と容疑者たちとのバトルシーンもあるので、そちらのほうもお楽しみください。もちろん、事件の謎解きには、トドメのドンデン返しも用意されているので、最後まで油断しないでくださいね。

Bitly

レビュアーの一言

この物語の主筋は「高架からの転落死事件」と「麻薬密輸事件」の犯人さがしなのですが、それと並行して、検察庁内の派閥の対立に、久我や倉沢が巻き込まれ、事件捜査のほうもそれに影響をうけていく様子も、もう一つの読みどころです。
特に、久我の出世に執拗に妨害を仕掛けてくる、上司の小橋主任検事のイヤガラセとイヤミには読者も相当腹が立つと思うのですが、少しネタバレしておくと、最後の最後で、水戸黄門的決着がされるので、そこのところはご安心を。

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