東京の地下に「鉄道」を通した男の物語=門井慶喜「地中の星」

明治5年、新橋と横浜の間を日本で始めての鉄道が開通してから40年以上が過ぎ大正年間。現在の23区である東京市内の鉄道は、路面電車をあわせて、一日平均70万人が乗車する「大混雑」する交通手段となっていました、
混雑状況は現在の東京と同じなのですが、その混雑を解消し、新しい「大量輸送交通」である「地下鉄」の導入に尽力した、鉄道にかける人々の物語が本書『門井慶喜「地中の星」(新潮社)』です。

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あらすじと注目ポイント

構成は

第一章 銀座 東京といえば満員電車
第二章 上野 かたむく杭打ち機
第三章 日本橋 百貨店直結
第四章 浅草 開業そして延伸
第五章 神田 川の下のトンネル
第六章 新橋 コンクリートの壁

となっていて、物語は「日本地下鉄の父」といわれた早川徳次が妻と一緒に白豆と黒豆を懐に銀座へ出かけるところから始まります。

ちょっと付け加えておくと、この「早川徳次」という人物は、シャープの創業者とは別の人で、早稲田大学出の学士で、南満州鉄道で修行後、鉄道院に移り、役人を辞めた後は栃木の佐野鉄道、大阪の高野登山鉄道の経営を立て直した上に、イギリスへ留学して帰国したという経歴の持ち主です。

で、早川は「この世で最初の仕事がしたい」という大望を抱いて、東京の鉄道網に大改革をもたらす「地下鉄道」の建設に乗り出そうとするわけで、冒頭に出てきた黒豆と白豆は銀座の道路を行き交う人々の「通行量調査」です。

当時、ここに敷かれていた路面電車の通勤風景は「鮭の干物」と称されるように、新巻鮭が電車内にぎっしりと吊るされたように詰め込まれ、「音を立てて電車が発車した。後部の客がぽろぽろと落ちる」といった具合で、現在の東京の満員電車を遥かに超えた、インドあたりの列車の風景であったようです。

しかし、これを解決するために新線を建設しようとすると莫大な用地費がかかり実現はほぼ不可能です。これを解決するには、早川の提案する「地下鉄」しかないのですが、地盤がゆるい、地震がこわい、電車に乗るのに地下には降りない、と人々の反対は山積みです。
まあ、今までの固定観念を壊すという一番の難題がそびえているのですが、早川はこれを解決し、建設資金を集めるため、あの「渋沢栄一」に出資を求めにいきます。そこで、彼が渋沢から引き出そうと考えている金額はわずか「1円」で・・ということで、世の中の常識を次々と壊していく、「地下鉄建設」が始まっていくわけですね。

物語の中盤辺りまでは、埋立地が多く、地盤のゆるい東京で地下鉄が通る「坑道」を通すため「覆工」という方法を採用したり、大量にでてくる土を関東大震災の液状化によってぐずぐずになった土地の地盤固めに使ったり、電車に乗るために地下に降りるという行為を人々に抵抗なくさせるために、百貨店の地下フロア直通の地下駅をつくったり、と胸のすくようなアイデアを繰り出して工事が進んでいきます。

ただ、中盤から終盤に向かっては、その成功に根差した不具合が噴出してくるというのがこうした「初めて」物語の定番というもので、今まで工事を支えてきた若いリーダーの慢心に起因する事故や、それが引き起こす職人たちとの対立と離反、そして、後には、早川の地下鉄工事の順調さを横取りするかのような五島慶太の新線建設が発表されます。

こうした苦難のなか、早川たちは、神田川の下をくぐり抜ける工事を完成させ、最終目的地である「新橋」を目指して地下鉄延伸を進めていくのですが・・といった展開です。

少しネタバレしておくと、新橋延伸は成功したものの、早川徳次の「実業家」としての道のりはその後も平坦ではなく、むしろ心残りが多かったと思われることが続くのですが、詳細は原書のほうで。

レビュアーの一言

この物語では、かなり紳士的に描かれている「五島」なのですが、「強盗慶太」という別名のある人なので、実際は物語以上の強引さであったろう、と想像されるところです。
この物語でも、この新線建設に続いて、京浜電鉄、現在の京浜急行の実質的な経営権を手に入れ、その次には早川徳次の会社・東京地下鉄道を支配下におくため株を買い集めて言っています。
このへんは、企業活動の一つとはいえ、戦国の国盗り合戦のような様相を呈しているのですが、この買収の目的が、事業規模の拡大といった部分しか見えてこないので、早川徳次の「地下鉄愛」に比べて寒々としたものを感じてしまいます。

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