独裁官ファビウスの「不戦の計」をハンニバルは跳ね返す=「アド・アストラ」3・4

紀元前3世紀、地中海をその支配下に収めつつあった強国「共和政ローマ」に反旗を翻し、ローマ史上最大最悪の苦難をもたらした、アフリカ大陸北岸にあったフェニキア国家「カルタゴ」の将軍・ハンニバルと、彼を斃し、ローマを滅亡の危機から救った救国の武将「スキピオ」の戦いを描いたローマ戦国史『カガノミハチ「アド・アストラ」(ヤングジャンプコミックスDIGITAL)』シリーズの第3弾から第4弾。

前のタームでは、ローマ側が想定していなかったアルプス越えによりローマ領内に侵攻したハンニバルに対し、トレビアの戦いで大軍を擁するローマ軍が大敗を喫したのですが、今回もその雪辱を果たすはずの戦いで、再びハンニバルの策に嘲弄されることとなります。

あらすじと注目ポイント

第3巻 「ローマの楯」ファビウスはカンパニアにハンニバルを包囲するが「火牛の計」が

第3巻の構成は

第13話 凶兆のイボ
第14話 老将の経験と怪物の智略
第15話 戦士たち
第16話 カンパニアにて
第17話 怪物を操る怪物

となっていて、冒頭では前巻の最後でトレビアの戦いとトラシメネス湖畔の戦いで勝利した後、ハンニバルは湿原地帯を抜ける途中で疫病にかかり、左目の視力を失っています。戦争の指揮をとるのは大丈夫なのですが、個々の戦闘行為での戦闘力は落ちざるを得ませんね。

さらに、行軍の途中で加えたエトルリアの腸卜師が、後にハンニバルの大きな障害となるファビウスの登場を予言しています。

ファビウスは、トレビアの戦いでスキピオの父とセンプロニウスが、さらに庶民の絶大な応援を得て参陣したファビウスがトラシメネス湖畔の戦いで惨敗した後、独裁官としてローマ軍の指揮をとることになったのですが、彼が示した作戦は徹底した作戦は、徹底した「不戦作戦」です。これはカルタゴの国内政治対立を利用してハンニバルを孤立させ、立ち枯れを狙う、第1次ポエニ戦争でハンニバルの父「ハミルカル・バルか」に使った作戦なのですが、ローマ貴族や庶民には不評極まりない作戦ですね。

これは同盟国の村や貴族の領地の村がハンニバル軍によって焼打ちされても黙ってもテイルという屈辱に耐える忍耐の必要な作戦で、ファビウスは国内の不満が寄せられても、これ鋼の精神で跳ね返し続けます。

このため、さすがのハンニバル軍も苦戦の兆しがでてくるのですが、この事態を逆手にとって、国内不和のタネを撒いていくのが、ハンニバルが並の武将でないところですね。

これに対し、ファビウスのほうもハンニバル軍内に工作員を潜入させ、ハンニバルたちが地理に不案内なのを利用して、目的地の北方の町・カシヌムではなく、南のカプア近くのカンパニア平原へと誘導していきます。ここへハンニバル軍を誘い込み、周囲に潜ませた伏兵とカプアの兵でハンニバル軍を挟み撃ちにして殲滅しようという作戦のようです。後に「ローマの楯」といわれたファビウスのほうも名将といわざるをえませんね。

この包囲網に対して、ハンニバルがとった脱出作戦が、「牛」をつかったある戦法なのですが、これは東洋の「火牛の計」と似通ってるな、という印象を持ちましたね。この戦いの詳細は原書のほうで読んでいただきたいのですが、ハンニバルを誘い込みながら取り逃がすという失態がファビウス独裁官の失脚へとつながっていきます。

第4巻 新独裁官・ミヌキウスはハンニバルの罠にまんまとはまる

第4巻の構成は

第20話 独裁官ミヌキウス
第21話 ミヌキウスの誤算
第22話 ミヌキウスとアエミリウス
第23話 ローマの知恵

となっていて、前巻でカンパネラ平原へハンニバルを誘い込みながらも、取り逃がした責任をとらされて、一人制だったはずの独裁官にファビウスと並んで、ハンニバル軍の副将・ギスコを後退させたミヌキウスが選出されます。

二人制の独裁官というものはないので、実質的にはファビウスの更迭ですね。しかも。ミヌキウスはファビウス陣営内にいたときから、ファビウスを弱腰だと非難していた人物なので、「主戦派」への作戦変更でもあります。

実は、ギスコの後退は、ファビウスを失脚させ、ミヌキウスに指揮権を譲らせるためのハンニバルの悪計で、ローマ元老院はまんまとひっかかったことになりますね。

そして、戦意に逸り、自らの判断で突出したミヌキウスはローマの北方、カレネとゲルニウムの間に位置する丘陵地帯に誘い出され、そこでハンニバル軍と対峙します。丘陵の上に位置どるハンニバル軍のギスコ隊に対し、ローマ歩兵得意の戦法である「亀甲陣形」で迫るミヌキウス軍だったのですが、斜面を登るのに苦労しているところへ、周囲に窪地に潜んでいたハンニバル軍の軽装歩兵が襲い掛かり・・という展開です。

ハンニバル軍の攻撃で敗戦死を覚悟したミヌキウスの救援にかけつけえたのは彼の旧友のアエミリウスで・・という筋立てです。平民階級出身で貴族階級をよく思っていないミヌキウスになぜ、というところなのですが、どうやら二人の間には若い頃の因縁がありそうな感じです。

そしてスキピオとアエミリウスの熱意は、暴走したミヌキウスの救援に頑として賛成しなかったファビウスの心を動かす事となり、ファビウスの慎重さからローマ軍本軍の進軍はない、とふんでいたハンニバルの目算を狂わし、ハンニバル軍の撤退を呼ぶこととなります。

しかし、智将ハンニバルの撤退に裏がないわけがなく、ファビウス軍本体の出陣であっさりと兵を退いたのには、独裁官の任期満了後、ファビウスを失脚させる奸計をローマ政界に仕込んであったからで・・、という展開です。

レビュアーの一言

任期が限られていて、選挙という人気の行方次第という側面があるせいか、ローマ側の登場人物は玉石混交の上に、目まぐるしく主導権がかわるという不安定さを見せているのですが、これが悪い方向にでたのがハンニバルがアルプス越えをしてからの度重なる敗戦だと思われます。

対するカルタゴ側は、ハンニバルによる統一的な指揮のもと、この時点ではローマ側を圧倒していて、一人の天才に率いられた軍隊の強さを発揮しています。

ただ、これを裏面から見ると、次々とニューヒーローが登場しやすいローマ側に対し、カルタゴ側はハンニバル一人におんぶにだっこという構図で、一種の「脆さ」があるのは間違いありません。「ハンニバル戦争」とも呼ばれる第二次ポエニ戦争は18年余続いているわけで、ローマ軍のしぶとさと強さが発揮されるのは、次巻以降の長期戦に突入してからのような気がしています。

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