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情報活用のオール・イン・ワン的な手引本 — 池上彰「情報を活かす力」(PHPビジネス新書)

おなじみの池上彰さんの今回の本のテーマは、「情報を活かす」。

構成をみると

序章 情報活用力をいかに高めるか

第1章 私の情報収集術

第2章 私の取材・インタビュー術

第3章 私の情報整理術

第4章 私の読書術

第5章 私のニュースの読み解き方

第6章 私の情報発信術

1 情報発信のためだけでなく、自分の考えを整理するために文章を書く

2 書いたものを発表してみよう

3 相手への想像力を働かせ、わかりやすい説明の工夫をしよう

となっていて、書籍・新聞・人といったリソースからの情報の集め方、そして情報の発信の方法といったことが内容で。情報の整理活用といった狭い範囲でないのが、本書のおトクなところであろう。

で、その一端は

メディアの人間や専門家という人種は「視聴者や聞き手は何がわからないか」がわからなくなっている(P24)

といった反省を踏まえながら

民放の夜のニュースは、大都市部のサラリーマンの視点で番組がつくられる(P42)

東京で読んでいる全国紙は東日本のブロック紙、九州で読んでいる全国紙は九州のブロク紙なのだと心得ておくべき(P47)

といったメディアの世界で長く活躍してきたらしい辛口コメントがでてくるのが興味深い。

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ガンガン前へ進んでいける劇薬的特効薬ですな — 堀江貴文「本音で生きるー一秒も後悔しない強い生き方」(SB新書)

堀江貴文さんという存在は、当方的には、アドバイスを生かす所、人生のどう行く局面で、「堀江氏」という薬を使うかということで、好き嫌いと効用の具合がはっきりしているように思う。

当方は、不遇感に苛まれている時とか、世間の低評価にしょげそうになっているときに、結構効き目がある「劇薬」で、場合によっては、生き方の体質改善効果をもたらすことすらある。

構成は

序章 なぜ、本音で生きられないのか

1章 言い訳をやめる

2章 バランスをとるな

3章 本音で生きられない理由は「自意識」と「プラウド」である

4章 すべてを最適化せよ

5章 本音で生きるために必要なこと

となっていて、表題をみるだけで、結構乱暴な処方箋であることが理解できるだろう。

その幾つかをレビューすると

誰かがあなたについてどう思おうが、それは自分の問題ではなく、相手の問題だ。  他人が誰を嫌おうと、何を考えようと、それはあなたの人生にはかかわりのないことだ。  一刻も早くそれに気づいて「放っておく」

とか

実現可能性をまず考えて尻込みするような人間は、リスクをとらないこと自体が最大のリスクだということに気づいていない。  こうして結局、小利口な人ほど、成功から遠ざかる。

といったあたりは、世間的な常識をゴンと壊すような音が聞こえて小気味いい。

かといって乱暴な言説ばかりかというと、そうではなくて

僕が見るところ、たいていの人は得意でないことまで無理に自分でやろうとして、パンクしてしまっている。あるいは、自分の持っているスキルや資格にこだわりすぎて、それに関係した仕事は全部自分でやらなければいけないと思い込んでいる。  自分がすべき本当の仕事、自分の持つ「コアバリュー」が見えなくなっている

自分のコアバリューが何かなど、頭で考えていてもわかりはしない。スキルや資格があるからといって、それがコアバリューとは限らないのである。

まずは、やりたいと思うことはすべてやろうとすること。そして、自分一人ではどうしようもなくなった時に、人に仕事を任せていき、そぎ落としたあとに残ったものがあなたのコアバリューだ。

とか

自分の意見をうまくアウトプットできないと悩む人もいるが、それはたんにインプットしている情報量が足りていないだけだ。インプットの量とスピードを増やせば、自然とアウトプットの量やスピードも増え、自分なりの考察が自然と湧き出てくるようになる。頭を使うべきは、自分の考察をどうひねり出すかではなく、インプットの量とスピードをいかにして向上させるかなのだ。

といったあたりは、ネットビジネスの世界に大旋風を巻き起こした、異能の経営者の姿が垣間見える。

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タニタの社員食堂の存続は経営者のやせ我慢にあったのかも

先だって、とある会合で、タニタの系列の「ヘルスケアオンライン」のタニタ代表取締役の講演を聞いた。氏は、体脂肪計や社員食堂で云有名な、タニタの創業ファミリーの人であるだが、その講演の中のタニタ食堂についての話が印象に残ったので、感想も込めて記録しておこう。

タニタの社員食堂は、もともと体重のアドバイスを行う「ベストウェイト・センター」を会社全体の経営状況の悪化で閉鎖せざるをえなくなったのが発端。だが、当時の二代目社長の「(社員の)リストラはしたくない」という過去のトラウマにも根ざす強い意思で、社員食堂へと変化させたものらしい。

センターの職員のうち、転職とかが困難であったのが、管理栄養士で、その職場としての「社員食堂」であったらしい。ところが最近のタニタ食堂の高評価とは違って

・味が薄い(塩分が少ない)

・量が少ない

といったことで、社員の評判は芳しくなく、10年間、赤字であったとのこと。

それでも、アウトソーシングすることなく、内製化したままで存続させ、今の地位・評判に至っているわけなのだが、氏によると、存続させてきた理由の第一は「(社長が)とにかくリストラしたくなかった」とのこと。

まあ、真偽の程はよくわからないのだが、こうした経営者の一本気的な運営は、いろいろ評価はあろうが、大成功の一つの必須条件であるような気がする。

もちろん、一つの成功の影には死屍累々であって、タニタの場合も時流に一歩乗るのを間違えると経営圧迫の典型例として語られたのかもしれない。

しかし、こうした頑固さがないとうまくいかないことがあるのは、経営だけでなく、ビジネスをはじめとした人生のあちこちでよく聞かれることで、当方もこうした頑固さ、一途さは大事にすべきだな、と改めて感じ入る次第である。

さて、みなさんは、タニタ食堂の例にどんな啓示をうけますか?

こういう類の忍者の話は今までなかった — 和田 竜「忍びの国」(新潮社文庫)

しばらくは歴史・時代小説から離れていたのだが、映画化がされるということで久々に読んでみたのが、この「忍びの国」

時代背景は、織田信長が天下統一に乗り出している時で、場所は「伊賀」。

伊賀は、当方のような年代にとっては、横山光輝氏の「伊賀の影丸」であったり、白戸三平の「サスケ」の故郷、甲賀の敵方であったりとか、忍者者の舞台として、史実は別として馴染みの深い国名ではある。

筋立ては、伊賀の国の隣国「伊勢」の名門、北畠家の当主で、織田信長の息子、信雄を養子にさせられている北畠具教が、譜代の部下たち、長野左京亮、日置大膳らによって誅殺されるところから始まる。

この長野、日置は物語の重要な相手方の役割を果たしていて、いわば、伊賀の国に代表される「忍び」の対極にある存在といっていい。

で、話を大筋は、これをきっかけにして、織田信雄が伊賀の国に攻め込まざるをえないように仕向けられるのだが、伊賀の忍者たちが、どうやって伊勢の大軍を退けたかというもので、「のぼうの国」と同じような感じではあるのだが、主人公が手練の忍者「無門」であるせいか、伸びやかな感じは薄い。その一方で、忍びの技を伴う戦闘の迫力や、権謀術数の数々は、本書の方が上手で、このへんは好みがわかれるところであろうか。

もう一つ言うと、「銭」しか信用しないはずの下忍が一人の女性の歓心をかうために、我が身を賭け、戦争をリードするようになるあたりは、フィクションとはいえ、「男」の哀しさが滲み出ている感がある。

史書も物語の随所に引用されていて、どこまでがフィクションなのか定かではなくする工夫も十分生きてはいるのだが、まあ、難しく詮索せず、筆者の掌で、お話を楽しんだほうがよいですな。

さらには、「天正伊賀の乱」という、通常の国盗り物語の中では、殆ど語られることのない、忍者宇野国の戦争譚は、ウンチクの種としても使えそうな気がいたします。

 

斎藤メソッド満載の「ノート」の真髄本 — 斎藤 孝「頭の良さはノートで決まる 超脳内整理術」(ビジネス社)

表題の「頭の良さは・・・」という表現にはぎょっとするが、内容的には、ごく真面目で、ノートを使っていかに仕事の質をあげるか、たくさんの仕事をするか、といった「ノート」についての啓発本。ただ、

第1章 頭の良さはノートで決まる

第2章 ノートはビジネスパーソンの必須スキル

第3章 頭と心がスッキリする斎藤式ノート術全公開

第4章 仕事のスキルを上げるノートのとり方

第5章 セミナー・勉強に役立つノートのとり方

第6章 心が軽くなるノートのとり方

といった構成で推察されるように、ノート術の「技術論」が展開したあるわけではなく、「ノートを使った仕事術」の風合いなので、ノートのテクニックやノウハウを求めている人にはちょっとピントが違うかもしれない。

ただ方法論のヒントがないわけではなく

東大合格生は、板書を写すだけでなく、授業の中で話された先生の言葉も自分のスタイルできれいに整理している。私はこれが基本だと思う。「板書+先生の言葉」というかたちだ。(P26)

とか、「頭をよくするノートの取り方」は

「攻撃的な意識」でノートをとること

話をきいている時点で「次に自分が話すのだ」と思ってノートにしないと、再生することはできない。これが受動的jにノートをとるのか、攻撃的にノートをとるのか、という意識の差だ。意識のあり方によって、話の吸収率が全然違う

もうひとつは、話されていることとリンクする自分の経験をメモすることだ。(P33)

といったあたりは、ノートの現物が掲載されていなくても、自分なりに工夫できる範囲であろう。

さらに「斎藤式ノート術」(P74)として  続きを読む

オーソドックスな「手帳・ノート術」 — 鈴木真理子「仕事のミスが激減する「手帳」「メモ」「ノート」術」(明日香出版)

仕事をしていく上で、欠かせないのがスケジュール管理と仕事の記録というもので、これをうまく管理する方法論の百花繚乱が、「ビジネス本」といっても過言ではないだろう。

で、そのツールも、最近ではパソコン、スマホ、タブレットとデジタル・ガジェットの勢力が強くなってきていたのだが、最近になって、手帳、ノートを推奨する傾向がまた出てきていて、その理由は「手書きの効用」ということであろう。

本書も、そういったアナログ・ツールの再評価という路線にのったものといってよく、

構成も

第1章 手帳の基本

第2章 手帳の実践的な使い方

第3章 メモの基本

第4章 メモの実践的な使い方

第5章 ノートの基本

第6章 ノートの実践的な使い方

第7章 夢や目標を叶えるための記録術

といった形で、デジタル・ツールに関する記述はほとんどない。そのあたりは、

スマホの最大の難点は電話をしながら見られないこと(P29)

画面を出すまでにパスワードを入力するなどの操作が必要(P30)

仕事中にスマホをいじっていると、私用との区別がつきにくく・・・(P30)

といったところに顕著で、”そこまでデジタルを貶めなくてもいいのでは”とデジタル派の当方としては少し不満に感じるところもないではない。

ただまあ、デジタル・アナログ共通の仕事のノウハウ、スケジュール管理や記録のノウハウというものはあって、

ミスをなくすには、予定をできるだけひとつのツールで管理してください(P24)

とか

取引先やお客様を訪問する日付のところに、持っていくものを書き添えておくと忘れものがなくせます(P46)

仕事とプライベートは区別せず、むしろ両方書く(P62)

手帳は段取りを整える最善のツールですが、仕事のことばかり書くと、やる気が下がり品質低下やミスにつながります(P62)

注意したいのは、いつでも、なんでもかんでも、付箋をメモがわりに使うこと。付箋に書ききれなかったり、貼ったり剥がしたりするうちになくす心配もあるため、メモ帳を用意してください。(P74)

といったところは、デジ・アナ共通で使える部類であろう。 続きを読む

時事解説ではなく、「歴史書」として読むべきか — 池上彰「池上彰のこれが「世界のルール」だ!」(文藝春秋)

国際問題や時事問題の解説本というのは、少し古くなった旅行記と共通のものがあって、時間の経過とともに事態が動いてしまっていたり、本が書かれた時点では、さてどうなりますかとなっていたことが、あっと驚く結末になっていたりする。

なので、あまり未来予測的であったり、志向性の強いものは、後になると、読むに絶えないものになることが多いのだが、池上彰氏の時事解説は、その時点の、その事態に至った歴史的な経緯もしっかり書き込んであることが多いので、原稿時点からの推移をこちらで補足していけば、おおむね冷静な時事評論として読むことができるのがよいところであろう。

本書は2015年時点で再整理されたもので、構成は

RULE1 組織拡大術ー「イスラム国」が急成長したわけ

RULE2 トラブル解決法ー間違いの誤り方が勝負だ

RULE3 ホンネを見抜くー公開情報から推理する

RULE4 歴史の勉強法ー社会人は教科書「世界史A」を読もう

RULE5 究極のリーダー術!?ー独裁・中国はどこに行く

RULE6 お金、マネー、資本を知ろう

RULE7 交渉術、プレゼンテーションを磨け

RULE8 ビジネスのカギは科学にあり

RULE9 インタビュー術!ー「いい質問」をする秘訣

となっていて、イスラム国(現時点では”IS”か)、STAPLES細胞、TPP、スコットランドの独立といった、執筆時点からかなり事態の変化したものも多いのだが、

フランスの風刺画はキリスト教も対象に取り上げます。しかし、イスラム教の預言者ムハンマドを風刺すると、イスラム教徒の心を傷つけてしまう事態になるのです。

イスラム教徒にとって、ムハンマドとは、どんな存在なのか。彼は預言者です。予言者ではありませんよ。「神の言葉を預かった」人です。神は、ムハンマドを選び、人々に神の言葉を伝えるように命じられた、ということになっています。ということは、ムハンマドへの風刺は神の宣託を風刺すること。神への冒瀆と感じてしまうのです。

といったイスラム国での記述は、テロが個別のテロとなり、それがアメリカやヨーロッパの移民論争、ひいてはトランプ政権の誕生に至る発端を示すものであるし、

仮にスコットランドで独立賛成派が過半数を獲得していたら、ヨーロッパ全体が混乱に陥ったでしょう。  しかし一方で、長期的に見れば、地域への帰属意識を基盤とした、実にエネルギッシュで多様性のある世界に転換する、重大な分岐点になっていた可能性もあります。

というスコットランド独立の騒動に関する記述は、イギリスのEU離脱という当時は思ってもいない事態への”予兆”を敏感に感じたものといえなくもない。

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ビジネスの人間分析の手法として押さえておくべき — 松波晴人「ビジネスマンのための「行動観察」入門」(講談社現代新書)

本書によれば「行動観察」とは、「観察者が様々なフィールドに入って対象となる人間の行動をつぶさに観察した上で分析し、問題解決法を提案する手法」ということらしい。

構成は

第1章 行動観察とは何か?

第2章 これが行動観察だ

1,ワーキングマザーの隠れた欲望

2,人手にぎわう場のつくり方

3,先頭をもっと気持ちのいい空間に

4,優秀な営業マンはここが違う

5,オフィスの残業を減らせ

6,飲食業を観察する

7,達人の驚異の記憶術に学ぶ

8,工場における生産性向上と品質向上という古くて新しいアプローチ

9,元気の出る書店をつくろう

第3章 行動観察とは科学である

ということで、本書の多くの部分は、依頼をうけた具体的な案件での「行動観察」の実例が示されていて、たとえば「人でにぎわう場のつくり方」の

販売説明員がディスプレイから離れて、通路をはさんで逆側に立つと、お客さんが自由に展示機器にアプローチでき、機器を見ているお客さんは時間当たり5倍に増え、機器の売り上げは3倍になった(P74)

とか「優秀な営業マンはここが違う」の

「声を出しているスタッフのほうが、お客さんとの話に入りやすい」ということである。「いらっさうませ」と声を出し続けていると、お客さんはその声に親しみを持つ。そのため、いざ直接お客さんに話しかけたときも、快く受け入れてもらえる可能性が高い(P137)

といったような気になるエピソードが掲載されているのだが、それとあわせて本書ですくいとっておかなければならないのは、

①必ず現場に行って、人間の行動を観察すること

②根拠のあるソリューションを提案すること

「自分の価値観で観察対象者を批判的な目で見てはいけない」

といった「行動観察」の基本原則であり、

結果について先入観を与えるので「結果がまとまるため、クライアントに安易に途中経過を話さないほうがいい」

普通の人間は他者評価よりも自己評価が高い

といった多くの人間の行動の背後にある共通点であろう。

「人間観察」「行動観察」のデータとして読み込むもよし、それによって導かれる「基本原則」を探すも良しなのであるが、人間のなせる技の分析手法として押さえておいたほうがよいのでしょうね。

ウォズアニック氏の「次の技術革新はアップルではなくテスラ」からに思う”「権威」になるとそこで止まり”ということ

C-netで、スティーブ・ジョブズとともにアップルを世界的企業にしたウォズアニック氏が「次の技術革新はアップルではなくテスラから」という記事を読む。

記事の本体はこちらを読んでいただきたいのだが、最初、技術革新がテスラからのなのは、そのCEOの尖り方の違い、つまり、ジョブズのいたころのアップルは技術革新力があったが、クックにはねー。イーロン・マスクぐらい尖ってみなよ、ということかと思っていたら

「Google、Facebook、Apple、Microsoftのように世界を変えてきた企業を見てみるといい。そしてTeslaもだ。こうした企業はたいてい若い人たちが始めている。大企業から生まれたところはない」(Wozniak氏)

ということが本筋らしい。一読すると「若いものの単純礼賛かよ」とおっさん世代は思いがちなのであるが、ここは、技術革新という海のものとも山のものともわからないものの実現に賭けられるのは、失うものの少ない「若い世代」が圧倒的有利である、ということであると当方は解釈している。つまり技術革新をするには、いろんなリスクと今までの価値観を壊さないといけないが、いっぱしの権威になって失って惜しいものがふえてくると、そんな乱暴なことは無意識にセーブしてしまいがち。なので、技術革新とか新しいものを創造するのは、精神的にも物理的にも、できるだけ身軽にするっていうのが秘訣、ということであろうか。

 

そうであるなら、年齢的に年をくっていて、新規事業に取り組む時間が少ないというハンデはあるにせよ、いかに自分を徒手空拳的なところにおけるか、というのが大事になるんではないでしょうかね。

鳥取県倉吉市「想」で「鶏白湯そば」を食す

食べ物ネタは、しばらっくご無沙汰していたのだが、先日、気に入りそうなラーメンを食したのでエントリーしておこう。

場所は鳥取県倉吉市の駅前、セントパレスホテル裏のビルの1Fにある「想」という店

表にでている看板と店名との関連性は「?」。店内のメニューには「想」とあるのだが・・・。夜は居酒屋にもなるらしく、カウンターに焼酎各種並べてあるので、それとの関連もあるのかもしれない。

 

注文したのは「鶏白湯そば しょうゆ」。現物はこんな感じ。

スープは泡立ててあって、非常にクリーミー。麺は太めで、こってり感の強いスープによく絡む。最近流行の脂たっぷりのラーメンとは一線を隠すのだが、けしてあっさりとした味わいではないので、コッテリ系が好みの人も大丈夫と思う。

訪れた日は、マスターが一人でやっていたので、お客さんが多い時は、ちょっと立て込むのだが、待ってみる甲斐はあると思いますな。