すべての謎は「スープ」で解きほぐされる ー 友井羊「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」(宝島社文庫)

食屋がある。店の名前は「スープ屋しずく」という・・という雰囲気で始まるのが
優しい外見と人柄の、その店の店主・麻野暁と人見知りながら、鋭い観察眼と勘をもった暁の娘・露による、ほんわりとした謎解き物語が、この「スープ屋しずく」シリーズ。

【収録は】

第一話 嘘つきなボン・ファム
第二話 ヴィーナスは知っている
第三話 ふくちゃんのダイエット奮闘記
第四話 日が暮れるまで待って
第五話 わたしを見過ごさないで

となっていて、本書はシリーズの第一作。レストランを舞台にしたり、料理を展開のサイドディッシュにするミステリーは、ネロ・ウルフシリーズや近藤史恵の「ビストロ・パ・マル」シリーズなど数々あるのだが、「スープ」を使うのは、ちょっと異色。そんなに魅力的なスープってたくさんあるのか、と疑問を抱いたのだが、心配は無用。たくさんのスープが登場するので、謎解きと一緒に楽しめること間違いない。

主な登場人物は、スープ屋の店主・麻野暁とその娘・露、店のウェイターの慎哉、タウン雑誌の編集者の奥谷理恵と長谷部伊予の4人がメインキャストなので、このへんは覚えておいてくださいな。

【あらすじと注目ポイント】

第一話の「嘘つきなボン・ファム」は、このシリーズの代1作。メイン・キャストの一人である「イルミナ」というフリーペーパーの編集者をしている「奥谷理恵」が、オフィスの近くにある「スープ屋しずく」を出勤途中に見つけるところからスタート。初めて入ったときのモーニングメニューが「ジャガ芋とクレソンのポタージュ」で

鮮やかな緑色のポタージュが白磁の深皿に映え、小さく切られたクレソンが表面に散らされている。金属製のスプーンを差し入れると、鮮烈なクレソンの香りが立ち上がった。・・・早速とろみのついたスープを口に含む。下に残るざらつきがなく、すっと舌を滑り、喉を通っていった。
(略)
まずジャガ芋のコクのある甘みを感じ、次にぴりっとした辛さが特徴のは野菜であるクレソンを皿で食べたような新鮮な辛味と苦味を味わえた。ベースはチキンブイヨンだろうか。野菜の味わいをしっかり支えていた。

というもの。シリーズの始まりのスープにふさわしい旨そうなスープである。

第一話は、理恵の化粧ポーチが、職場で紛失するのだが、翌日の朝にはデスクの上に置いてあった、という小さな謎の解決。その頃、彼女の職場の後輩・長谷部伊予が理恵に対して冷たくなったり、上司のイルミナの編集長である今野布美子が突然職場で部下たちに対して刺々しくなる、ということが起きているのだが、この3つが意外な形で結びついてくる。

標題のポン・ファムというのは「舌平目を蒸し煮にして濃厚なクリームソースを合わせたフランス料理」で、「良き女性、良き妻」ということらしいのだが、これが謎解きのキーになる。少しばかりネタバレすると、まあ職場内の秘められた恋、というところ。

第二話の「ヴィーナスは知っている」は第一話ででてきた「長谷部伊予」がメイン・キャスト。彼女の先輩である椎名武広は、恋人である雑貨店の店員の星乃という女性が彼の前から姿を消してしまって意気消沈しているのを、伊予が「しずく」の朝食メニューで慰めているところからスタート。

椎名を元気づけるため、伊予は「しずく」での朝食を重ねるうちに、彼に対する昔の想いが蘇ってくる。そしてひょっとするとこれが進展して、といった頃合いの三ヶ月後に星乃が姿を現す。彼女は、姿を消す直前、交通事故にあい、体に大きな傷跡を残すこととなったため、椎名に嫌わられるのが怖くて、姿を消していた、と言うのだが、本当は・・・、というのが今回の謎。

今回の謎解きのスープは、彼女が椎名とのデート中、躓いて足をネンザした時に、病院にかかるのを頑なにコト断ったエピソードと、星乃がニューヨークへ短期留学したときに覚えたという「クリーム味」のクラムチャウダーである。

好きな人のためには、まっしぐらの女性の一途さに微笑んでしまいますね。

第三話の「ふくちゃんのダイエット奮闘記」は「ふくちゃん」というニックネームの、「生まれつきの丸顔で、幼い頃から饅頭やアンパンマンに囃し立てられてきた」という福田三葉という専門学校に通う女の子が主人公。

彼女には「福田香菜子」という美人のモデルをしてる妹がいるのだが、この妹は今は離婚した両親の父親のほうと同居していて、母親と同居する「三葉」とは別暮らしである。三葉は幼い頃から妹と比較されて劣等感を抱いている。

特に太っていることは、母親からも指摘され続け、最近はダイエットに励んでいるのだが、友達や親戚がお菓子や食べ物を差し入れしてくるため、なかなか痩せられない。ところが、彼女のダイエットを邪魔する「差し入れ」は妹のたくらみであるとわかり、彼女を問い詰めると、意外にも・・・、という展開。

謎解きのスープは、三葉が露と一緒に「しずく」の”モーニングサービス”の「鶏肉のミネストローネ」が「トマトの味や鶏の旨味、塩加減までもが、水で薄めたように物足りなかった」というところ。
食べ物の味が変わったり、風味が感じられないときは、体の調子が悪い時とはいいますが・・・、というのが謎解きのヒントです。

第四話の「日が暮れるまで待って」は、理恵と伊予が「しずく」で遭遇した女性三人のグループに起きた出来事の謎解き。
このグループは、前話の「ふくちゃん」こと三葉に教えてもらってやってきた客で、「ふくちゃん」が通っている専門学校の職員・清香、花柄の派手なワンピースを着た由梨乃、黒のロングヘアで長身で、フレームレスの眼鏡をかけた凛というメンバーで高校の同級生。

事件は、この「凛」という女性の婚約指輪がトイレでなくなり、凛の直後にトイレに入った、「理恵」が犯人と疑われる。凛という女性はトイレで指輪を外したあと、そのまま、忘れてしまう。あとで気がついてトイレに戻るが、指輪は影も形もなく、と
いう設定である。

謎解きのスープとなるのは、「中華風の薬膳スープ中華ハム仕立て」。これに入っている「金針菜」が直接のキー。ちょっとネタバレ的にいうと、この「金針菜」の原料の花である「ユウスゲ」という百合の一種が、トイレに飾ってあったというところですね。

最終話の第五話「わたしを見過ごさないで」は、「しずく」の店主・麻野の娘・露の大活躍の話と、麻野とその妻・静句との出会いの回想譚が、交互に展開する。

まず、「露」の方の話は、露が「お母さん」と呼ぶ女性とともに街をぶらついている姿を理恵がみつけるところからスタート。露の母親はすでに亡くなっているはずなのに・・・ということで、彼女たちの捜索が始まる。露は親友の「蓮花」という女の子と遊ぶといって家を出たのだが、その「蓮花」の行方は?、そして「お母さん」と呼ばれる女の正体は・・・、というのが現在の話の謎。「女」と表現したことでわかるように、当然”悪役”です。

そして、麻野とその妻で警察官をしていた「静句」との出会いである「過去」の話の方は、夕月逢子という女性と

まず胸元まである艷やかな黒髪が印象的だった。小学校低学年くらいの体格で、ほおから首筋にかけて見える肌は陶磁器のように白い。夏の盛りなのに長袖のブラウスで、サスペンダーつきの赤いスカートをはいていた

という姿の彼女の子どもとの出会いから始まる。この子の名前は「日向子」というらしいのだが、静句が抱き上げると、とても体重が軽い。虐待が疑われるので、調査を始めるが、そのうち、「日向子」はすでに川の氾濫で事故死していることがわかる。では、この子の正体は?、そして、夕月逢子の子どもは男女一人ずついたという話なのだが、男の子の方の行方は?というのが過去の話の謎。

現在も、過去も、子どもたちの健気さが光ります。この話のネタバレはなし。原書で読んでくださいな。

【レビュアーから一言】

ミステリーとはいっても、殺人も、大々的な窃盗事件も起きない。しっとりとした人情話のような展開の話ばかりで、「謎解き話」というのが一番ピタッとくる話の数々である。
それぞれの話の途中でてくる「スープ」も旨味たっぷりの出来で、例えば最終話の

コンソメ、フランス語で「完成された」という意味になる。ブイヨンに野菜を加えて煮立たせ、卵白で灰汁を取り除き、脂肪分をお玉で丹念にすくい取ることでようやく完成する手間のかかる料理で、素材の旨味が凝縮された味わいは文字通りフレンチの完成形というべきスープだった。
皿を前にすると、複雑な香気が立ち上がってきた。口に含むと、ふくよかな旨味が贅沢に広がる。メインの素材はおそらくビーフだと思われるが、何か一つが突出することなく全体を引き立てあっている。味の深さが格別で、飲み込んだ後もいつまでも余韻に浸りたい気分にさせてくれた

のようなのが、いたるところにでてくるので、これも愉しみの一つになりますね。

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