「夢」の中での殺人は、現実世界の「死」につながる=結城真一郎「プロジェクト・インソムニア」

新潮ミステリー大賞を受賞した、人の記憶を取引する「店」でアルバイトをしている二人の青年が、ストリートミュージシャンとして人気がでている美人シンガーソングライターが全国を巡って誰かを探しているという謎を追っているうちに、自らの記憶に隠された秘密に気づいていくミステリー「名もなき星の哀歌」に続く、筆者が夢の中でおきる連続殺人をテーマに描いたミステリーが本書『結城真一郎「プロジェクト・インソムニア」(新潮社)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

 よく見る夢1
プロローグ
第一章 プロジェクト・インソムニア
 よく見る夢2
第二章 落日の夢想郷
 よく見る夢3
第三章 生存者と首謀者
第四章 悪夢の終点
エピローグ

となっていて、「インソムニア」というのは本来の意味は不眠症なのですが、今巻ででてくる「プロジェクト・インソムニア」というのは脳内にICチップを埋めこんで、年齢・性別・職業などの異なる七人が、夢の世界を共有して、共同生活をおくる、という実験です。

この実験の被験体の一人として選ばれたのが、ナルコレプシーという、日中に突然強い眠気に襲われて眠り込んでしまう睡眠障害のために職を失ってしまった「蝶野恭平」という20代の青年です。この実験を行う、快眠サプリを販売するベンチャー企業「ソムニウム社」に勤務する幼馴染の「蜂谷」に誘われて参加するのですが、同社の社長からの強い推薦もあったという設定です(社長がなぜそんな推薦をしたか、については物語の最後のところで明らかになります)。

で、この実験の場所「ユメトピア」で夢内で共同生活をおくるのが、チャラい大学生・ショータ、穏やかな老婦人キョーコさん、金髪ギャルのカノン、妖艶なバーのママさん風の女性モミジさん、無口で神経質そうな紳士アプさん、セーラー服の女子高生のミナエ、浅草で不動産会社の社長をやっているというナメリカワテツロウというメンバーです。

このメンバーで、90日韓、AIがアトランダムに設定してくる様々な世界を体験し、ソムニウム社がそのデータを吸い上げるというものなのですが、海浜でのリゾート体験から、バス旅行の転落事故、異星人の地球侵略の撃退など刺激的なイベントが続いていき、それに慣れてくるにつれて、「エキストラ」と呼ばれる、システムがつくる背景となる人物たちを、夢で生成したマシンガンで撃ち倒していく「ナメリカワ」のような不快な人物もでてきます。

ただ、こういう人物とは没交渉でいることも可能なシステム設計なので、大規模な対立の発展することなくプロジェクトは進行していくのですが、ある時、チャラ男のショータが包丁で刺殺されているのが見つかります。さらに「1人目」と書かれた紙切れがショータの死体の近くに落ちているのが発見されて・・という筋立てです。

夢の中の出来事なので、実際に死ぬことはない、と思われるのですが、夢という自覚をしないまま、誰かに殺されてしまうと、現実の世界でも死んでしまう、という都市伝説なのか真実の話だかわからない言説が流布していて、ナメリカワ、モミジさん、と夢の世界で順番に死亡した被験者たちが、現実の世界でも、睡眠中の心筋梗塞や運転中の衝突事故によって命を落としていきます。

彼らの死は現実世界でおきた突然死が、夢の世界に影響したものなのか、あるいは夢の中で殺されたのが現実世界に現れたのか、どちらが真実なのかはっきししないまま、実験に参加しているメンバーの間では、誰かが殺人者なのでは、という疑惑が広がっていき・・という展開ですね。

さらに、主人公の恭平の恋人「彩花」も、この夢の世界とかかわるのあるような不可解な行動を見せ、と現実世界と夢の世界が交錯しながら、夢=現実の連続殺人事件の謎解きミステリーが展開されていきます。

少しネタバレしておくと、真犯人と恭平の恋人「彩花」との意外な関係性に驚くとともに、真犯人の犯行をとめた、あるピアニストの再生が泣かせる話となっています。

レビュアーの一言

日本人の睡眠時間は平均7.3時間と、OECD諸国の中でも短く、さらに女性の睡眠時間がさらに短いことは、よく知られています。

その睡眠の中で見る「夢」は、古代では「神のお告げ」と解釈されていましたし、現代では、無意識に抑圧された幼児期由来の願望と潜在思考が歪曲・変形された現れたものとする「フロイト」や、人類に共通する集合的無意識が現れた者とする「ユング」など、「夢」に関する研究や考察は、人類の重要な関心事といっていいですね。

今巻は、そんな「夢」の科学実験を底ネタにしたものなのですが、当方的には「夢の中」というより、VR世界における殺人といった印象を持ちました。SF的な設定を上手く使ったミステリーの一つですね。

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