歌姫の全国行脚は、幼馴染の「記憶」が支えている=結城真一郎「名もなき星の哀歌」

彩藤アザミの「サナキの森」や荻堂顕の「擬傷の鳥は傷つかない」、京橋史織の「午前0時の身代金」など数々の名作を世に送り出している「新潮ミステリー大賞」の第5回の大賞作が本書『結城真一郎「名もなき星の哀歌」(新潮文庫)』です。

本の紹介文によると

あの一曲が僕たちの未来を変えた
痛快にして予測不能、新時代の青春ミステリー

となっていて、副業で記憶の売買をやっている銀行員や漫画家志望のフリーターが、誰かを探して全国を行脚しているシンガーソングライターの女性と出会った始まる、リリカルなミステリーです。

あらすじと注目ポイント

構成は

 記憶其の一 ある虫捕り少年
 記憶其の二 ある浴衣姿の少女
第一章 裏裏稼業
 記憶其の三 ある引きこもりの青年
 記憶其の四 あるカフェ店員の娘
第二章 記憶の欠片を集めて
 記憶其の五 ある不良少年
第三章 スターダスト・ナイト
 記憶其の六 ある漫画家志望の男
第四章 反撃の一手
第五章 ナイトの誤算
 記憶其の七 ある忘れられた少年
エピローグ
 記憶其の八 ある夢見る少女

となっていて、最初のプロローグ的なところでは、夏祭りの時に、ガキ大将から虫をぶるけられて泣いていた少女が、その少年が川に落とされる所を目撃するエピソードからスタートします。この光景は、物語の謎をとく重要なエピソードになるので覚えておきましょう。

で、物語の本筋は、銀行員をしている「良平」と漫画家志望のフリーター「健太」が副業として営んでいる、「記憶」の売買のシーンから始まります。二人は大学時代のクサレ縁に同級生なのですが、人々から「記憶」を買って、その人の脳から抽出し、その「記憶」を希望する人に売る「店」に副業で勤めています。

商売のやり方はかなり違法すれすれで、銀行員の良平が、銀行の顧客データや窓口にで仕入れた情報をもとに、記憶を売ったり書いたがっている人をみつけ、健太がアプローチして商売に結びつけるというやり方で、店のシステムでは、抽出した記憶はその人の脳からきえてしまい、小瓶に詰めた記憶は、ミスト状にして吸うことで買った人が記憶として認識することができる、というものですね。

世界一周していたため父親の死に目にまにあわず感動された良平と、漫画家志望ながらも全く売れず、留年続きで親からの仕送りも途絶えた健太は、「一千万売り上げれば、次の段階に進めてやる」という店の先輩「ジュン」の誘いにのって、「記憶」を売る商売にのめり込んでいきます。

金目当てで始めたこの商売なのですが、駅前で路上ライブをやっていた、一人の美少女シンガーソングライターの歌をきいたところから物語が別の方向へと動き始めます。
彼女(「星名ひとみ」)は、かつて歌コンで優勝間違いなしと言われていたのですが、大手企業グループの経営者の三女がその歌コンに参加していたことから、裏技をつかわれて優勝を逃した過去をもっています。その後、しばらく下積み生活だったのですが、ある人物を探して、全国をまたにかけて路上ライブを開始すると、ネット民を中心に人気がでて、現在ではかなりのブームになっているシンガーソングライターです。
彼女が誰を探しているのか、そして全国を移動してまわる経費の資金源は何なのか、興味を覚えた二人は「星名ひとみ」の調査を始めるのですが・・という展開です。

「星名ひとみ」とコンタクトをとることに成功し、彼女が探しているのが幼馴染の「ナイト」という人物で、彼の書いたマンガの結末を知りたがっていたのですが、どういうわけか健太が賞をとったというマンガとタイトルやストーリーがそっくりで、と謎が深まります。
さらには、彼女の幼馴染の実家が、放火によって幼馴染を除く家族全員が焼死していることもわかり、二人はこの事故に彼女が関わっているのでは、という疑いを強めていき・・という筋立てです。

星名ひとみの捜す「ナイト」とは誰なのか、そして彼女の資金源は放火事故がらみなのか、そして「星名」にどんどん惹かれてのめり込んでいく「健太」に、良平は危ういものを感じるのですが、実は「ナイト」の正体は意外にも・・、さらに「ナイト」に「店」が絡んでいることも明らかになり・・という展開です。

Bitly

レビュアーの一言

「記憶」を売買する副業をしている若い男性と美人のシンガーソングライター、そして、彼女の故郷では、幼馴染の医師一家の放火死亡事故が発生していて・・という設定からは、どろどろした猟奇犯罪事件の謎解きを想像してしまうのですが、実は、夢を共有していた幼馴染と様々な障害によって疎遠になっていた男女二人の、少し変わった、叙情的な「恋物語」ですので、恋愛ミステリー・ファンも楽しめるのではないでしょうか。

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