連合軍占領下のドイツ人音楽家毒殺の意外な真相=深緑野分「ベルリンは晴れているか」

同じ筆者による第二次大戦の末期、ナチス・ドイツの迫害から逃れようとした障害をもつ少女たちを描いた「オーブランの少女」、ノルマンディー上陸後、ベルリン陥落まで従軍したアメリカ軍のコック兵の謎解きを描いた「戦場のコックたち」の物語の後、陥落し、連合軍に占領されたベルリンに住む、ドイツ人少女が、連合軍のソビエト軍シンパの音楽家の不審死の謎をおいかける戦場ミステリが本書『深緑野分「ベルリンは晴れているか」(ちくま文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

物語の主人公となるドイツ人少女「アウグステ・ニッケル」は、アメリカの兵員食堂で働く17歳の女性。彼女の両親は、大戦末期に共産主義シンパとして父親が連行されて獄死、母親は連行されそうになり、仲間の情報を守るため、青酸カリで自殺しています。そして、彼女も、進駐してきたソビエト赤軍の兵士にレイプされた時に、兵士のもっていたライフル銃で兵士を射殺した、というトラウマを背負っている、という設定です。

実は、アウグステの両親が連行されたのは、アウグステが街で保護した盲目のポーランド人少女・イーダを家に匿っているのを、隣家に住んでいる、息子と娘をユダヤ人変質者に誘拐され殺されたと思い込み、ユダヤ人やユダヤ人を支援するドイツ人を怨んでいる女性による密告が原因なのですが、この女性の息子と娘の誘拐事件が、アウグステが調べるローレンツ殺しの真犯人とも関係してくるのでここは覚えておきましょう。

アウグステは英語ができることから、アメリカ軍の兵員食堂の従業員の職を得て、ひっそりと働き、生計をたてているのですが、彼女が両親の死後、潜伏生活をおくっていた時に世話になったり、ポーランド人少女・イーダを匿ってくれていた(イーダは結局、潜伏先で衰弱死するのですが)ローレンツ夫妻の夫・クリストフが、アメリカ製の歯磨き粉に仕込まれた青酸カリによって不審死をとげたことから、犯人として疑われることとなり、自らの潔白を証明するため、ソビエト赤軍の秘密警察NKVDの手先として働くこととなり・・という展開です。

このあたりが描かれる前半部分では、占領軍としてドイツ人たちに傍若無人にふるまう、アメリカ軍やソビエト赤軍と両者の間の対立、そして同じソビエト赤軍でも、スターリン派である秘密警察の兵士と、その他の兵士の隙間のある関係性など、その後東西冷戦へと向かう連合国同士の政治情勢や、スターリン治下のソ連を映し出すようなシーンがあって、当時の情勢が伝わってくるようです。

さらに、ドイツ人のほうも、ナチス・ドイツ政権下でブイブイ言わせていたナチスの親衛隊出身者やシンパが、連合国に反逆するテロリスト「人狼」として連合軍兵士に追われているなど、今までの秩序が破壊された大混乱の時期が描かれています。

そんな状況下で、アウグステはアメリカ軍に勤めていることから「アメリカ製歯磨き」の入手も簡単だったろうと音楽家クリストフ・ローレンツ毒殺の疑いをかけられます(この物語下では、青酸カリの入手はアメリカ製歯磨きの入手よりずっと簡単であったらしいです)。

というのも、クリストフ・ローレンツはソビエト軍のシンパとして協力関係にあったらしく、ソビエトの進駐を邪魔しようと命を狙われ、その実行犯がアウグステでは、と疑惑をもたれた、というところですね。

アウグステは自らの潔白を証明するため、ソビエト赤軍のNKVDのドブリギン大尉に命じられて、事件の真犯人の手がかりをつかむため、ローレンツ夫妻の知り合いや、彼らを怨んでいそうな人物、そして、ローレンツ夫妻のもとから戦時中に家出した息子の居場所を捜索することになるのですが・・という展開です。

この捜索の過程で、戦時下の戦意高揚映画で、ユダヤ人の役を演じていたドイツ人俳優や、ユダヤ人とドイツ人の混血で、去勢されてジェノサイドから逃れていた戦災孤児、LGBTがばれて追放された元ヒトラーユーゲントの青年といった、ナチスドイツ政権下ではじき出されていた人々と知り合い、彼らと行動を伴にしていきます。

そして、ついに、ローレンツ夫妻の息子が、映画の撮影所に潜んでいることをつきとめるのですが、そこで、アクグステたちに事件の調査を命じたNKVDのドブリギン大尉の企みも明らかになり・・という筋立てなのですが、これと同時にローレンツ殺しの意外な犯人と犯行動機も明らかになっていきます。ついでにローレンツの驚くべき正体もわかってくるのですが詳細は原書のほうで。

レビュアーの一言

第二次大戦の末期から戦後すぐのドイツ・フランスを描いた作者の作品は「オーブランの少女」「戦場のコックたち」に続いて、この「ベルリンは晴れているか」で三部作の完結といったところでしょうか。

それぞれに話の連続性はないのですが、戦中戦後のヨーロッパの混乱とその中に紛れ込んでいた事件の謎解きが描かれて、独特の魅力に溢れたシリーズものになっていると思います。

ちなみにアウグステが疑いをかけられた「人狼」(ヴェアヴォルフ)は、もともと連合軍の兵站列車を略奪するゲリラ軍として組織されてものなのですが、戦争末期に組織が解体されつつも、爆破や狙撃、要人暗殺を行い、占領下のアーヘン市長や、ソ連軍の初代ベルリン司令官の暗殺に関与したといわれています。そして、この活動が後の「ネオナチズム」の動きにも影響を及ぼしたといわれています。

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