二人の女性クリエイターの時代を超えた「特撮」への思いが溢れ出す=深緑野分「スタッフロール」

特殊造形とCG。映画の世界で、現実とは全く違うファンタジーやホラー、SFの世界を実現するうえで、欠くことのできない技術なのですが、双方が互いに相容れる存在であるとは限りません。

特撮映画全盛時代に自分の爪痕を残そうと奮戦したマチルダと、アカデミー賞候補になりながら落選し、自らの技術に自信がなくなったヴィヴィアンという、二人の女性クリエイターの映画の特殊撮影に関わる姿を描いた物語が本書『深緑野分「スタッフロール」(文芸春秋)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

Part of Matilda
 第1章 映画に夢を見るな
 第2章 ヴェンゴスとリーヴ
 第3章 CG
 第4章 あの死の真相は
 第5章 怪物”X”
Part of Vivienne
 第1章 名もなき創作者たち
 第2章 『レジェンド・オブ・ストレンジャー』
 第3章 屋根裏にて
 第4章 伝説の造形師
 第5章 マッド・サイエンティスト
 第6章 モーリーンという人
 第7章 スタッフロール

の二部構成となっていて、Part of Matildaは特撮の勃興期から全盛期までとCGの勃興期である1950年代から1970年代、Part of VivienneはCG全盛期の現在が時代設定です。

まず最初の「Part of Matilda」は、ニュージャージーに住む「マチルダ・セジウィック」という女の子が、隣家の男の子が見せた影絵の「犬」から、「モンスター」を連想し、怯えるところから始まります。

この「モンスター(X)」のイメージが、この物語全般をリードしていくこととなりますので、覚えておきましょうね。

で、物語のほうは、その後、父親の友人である「ロニー」という映画関係者から、映画の撮影の世界に触発されたマチルダが、折角入った有名大学(マチルダの専攻はわからないのですが、フィラデルフィアにある名門大学とあるので「ペンシルバニア大学」と思われます)を中退して、ニューヨークへ出、そこで有名なのですが偏屈な特殊造形師・ヴェンゴスに弟子入りして、技術を磨いていくことになります。

ヴェンゴス老人はマチルダが弟子入りしてしばらくして体を壊して半ば引退状態になり、彼の仕事をマチルダが引き継ぐことになるのですが、当時の映画業界では女性が活躍する分野も限られ、人数も少ない、典型的な「男社会」であったため、彼女が良い仕事をしても脚光を浴びることは少なく、ましてやスタッフロールに名前が載るというのは夢のまた夢という状況です。

さらに彼女の心をかき乱すのは、かつて恋人っぽい間柄だった映画の背景画家・リーヴを奪い、さらにはマチルダが全身全霊を捧げているといってもいい「特殊造形」の技術を脅かす「CG」技術を推し進めているモーリーンという女性の存在で・・という筋立てです。

この後、マチルダは自らの特殊造形の技術と、幼いころから頭にこびりついている「モンスター(X)」を具現化したモデルを使った映画の造形師に抜擢されるのですが・・という展開です。

ここの部分までは、新技術に打ち負かされて、映画界から消えていった一人の技術者の姿が描かれています。

第二部となる「Part of Vivienne」は時代がずっと遡り、現代のロンドンが舞台となります。主人公は、第一部で登場したマチルダの元恋人・リーヴが経営している映画の画像製作会社に勤務しているヴィブという女性プリエイターです。

彼女は、以前に担当した映画のCGはアカデミー候補になったこともあるのですが、その自信作で落選したため、自らの技術に自信喪失状態になっている状態です。

そんな折、テレビのドキュメンタリーで、マチルダの存在が取り上げられ、それがきっかけなのか、彼女が特殊造形を担当し、モンスター(X)を仕上げた「レジェンド・オブ・ストレンジャー」という映画のリメイク話が持ち上がります。

そのリメイク版のCGを担当するクリエイターとして白羽の矢がたったのが「ヴィブ」なのですが、原作を凌ぐCGでなければ、映画のコアなファンから手ひどいブーイングがくることを怖れるヴィブの前に、マチルダが忌み嫌っていたモーリーンが現れ、マチルダに会うよう勧めてきて、という展開です。

周囲に黙ってニューヨークに渡り、マチルダに会ったヴィブの行動がどんな波紋を巻き起こしていくか、は原書のほうで。

レビュアーの一言

この物語では、特撮技術やCGのテクニカルな話が満載となっているので、その方面に興味がある人にとっては、ワクワクが止まらない状態になるのではないでしょうか、さらに特撮技術とCGの微妙な関係など、興味深いエピソードもたっぷりでてきますので、特撮の世界に興味のない方も、「あなたの知らないプロの世界」を覗くことができますよ。

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