第二次世界大戦下ヨーロッパの戦場の「日常の謎」はいかが=深緑野分「戦場のコックたち」

第二次世界大戦下の1944年のヨーロッパ戦線。アメリカのアイゼンハワー将軍の指揮下で行われた北フランス・ノルマンディーへの上陸から、ナチス・ドイツ崩壊まで従軍したアメリカ軍の若きコック兵「ティム・コール」が戦場でおきる「日常の謎」の数々を同僚のエド・グリーンバーグとともに解き明かしていく「戦場ミステリ」が本書『深緑野分「戦場のコックたち」(創元推理文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

プロローグ
第一章 ノルマンディー降下作戦
第二章 軍隊は胃袋で行進する
第三章 ミソサザイと鷲
第四章 幽霊たち
第五章 戦いの終わり
エピローグ

となっていて、まず冒頭のところでは、アメリカのルイジアナ州の田舎町で生まれた青年「ティム」が、当時ヨーロッパや日本でおこっていた第二次世界大戦に従軍するアメリカ陸軍の兵隊募集に、周囲の雰囲気に釣られて応募するところから始まります。

入隊後、ジョージア州のトコア基地で初任兵の訓練を受けていた彼は、自分が射撃も上手くないし、足も遅くて軍人には向いていないのでは、と悩んでいたところ、軍隊内の「コック兵」の募集記事をみて、自らの食いしん坊ぶりと祖母ゆずりの料理の腕、そして特別報酬とボーナスの上乗せにつられて応募し、五等特務兵として「合衆国陸軍、第一〇一空挺師団第五〇六パラシュート歩兵連隊、第三大隊G中隊」の管理部付きコック兵として、ヨーロッパ戦線へと派遣されることとなります。

第一章は、初陣となるヨーロッパ戦線のフランス北西部へパラシュート降下する場面からスタートです。今まで劣勢だった連合軍がナチス・ドイツに反転攻勢をかけた史上名高い「ノルマンディー上陸作戦」ですね。

この物語の主人公「ティム」はドイツ軍の高射砲や機銃弾が飛び交う中、なんとか着地し、集合場所となっているサント・マリー・デュ・モンの村へと辿り着きます。そこで命じられたのは、先発のアメリカ陸軍第五〇一連隊によってドイツ軍が一掃されたイーズヴィルの村内に設営中の野戦病院の設営場所である「館(シャトー)」の中庭に野戦調理場を作れ、という命令です。コック兵仲間のエド・グリーンバーグやディエゴ、オハラたちと現場にいくと、そこでは、同じG中隊の機関銃兵・ライナス・ヴァレンタインが、シードル(リンゴ酒)と交換で、予備のパラシュートや降下に使ったパラシュート布を集めています。

ライナスは目端のきくビジネスマンで、シードルのほかにも、人参やインゲンなど地元民と交換したらしいものを持っていたのですが、それらと交換するパラシュートの使い途がわかりません。もし軍用品の横流しをするつもりなら、軍の憲兵によって捕まりそうなのですが、そんな気配もなく・・というところが第一話の「謎」となります。

この村が最近までドイツ軍に占拠されていて、若い男性は全員徴用されていて、村には老人と女性ばかり、というのがヒントになりそうです。

第二章の「軍隊は胃袋で行進する」では、軍隊の野戦調理場でつくる食事の中で一番不人気といってもいい卵料理の材料となる「乾燥卵」が行方不明になります。それも、ティムたちの属する第506連隊に属する三個大隊と司令部の分、約2トン、箱数にして600箱です。この頃すでにアメリカのヨーロッパ戦線に配置された部隊の配給品の盗難事件はあちこちで起きていたのですが、これほど大量の物資の行方不明事件はおきたことがありません。

事件を調べ始めたティムは、軍隊の広報塔となっている工兵隊の指揮官のロス大尉と、彼とよくつるんでいるホワイト中尉がやったのではないか、と疑うのですが、その夜、ロス大尉は物資倉庫の見張りの当番であったにもかかわらず、部下の黒人兵に見張りを押し付け、遊びにでかけていたことがわかり、容疑者から外れます。

しかし、この物語の名探偵「エド・グリーンバーグ」は、ロス大尉が工兵隊の指揮官ではあるものの部下たちから総スカンをくっていることから、この行方不明事件についてある推理をするのですが・・という筋立てです。

結局のところ、乾燥玉子の盗難は、物資目当てではなかったことが明らかになりますね。

第三話の「ミソサザイと鷲」では、ノルマンディー降下から三ヶ月経過し、前線を離れ休養を楽しんだ後、ティムたちは今度はオランダへ降下し、フェーヘルという町へ駐留しています。

この町では、駐屯場を建設するのではなく、ここのヤンセン夫妻という初老の住民の住居を借りて駐屯することになります。この夫婦は、階上をアメリカ軍に提供し、自分たちはロッテとテオという二人の幼い子供と地下で生活しています。

そして駐留して数日後、まだ町の中に潜入してくるドイツ軍狙撃兵との戦闘が続く中、地下室の中で、ヤンセン夫妻がどちらも右のこめかみを撃ち抜いて自殺しているのが見つかります。しかし、二人の両手はどちらも祈るように握られていて拳銃は握っていませんでした。

彼らは自殺なのか他殺なのか、そして原因は、といった謎解きです。

エドは、ヤンセン夫妻が亡くなった頃、家近くの路地から無防備に飛び出し、ドイツ兵に撃たれて死んだ人物が、実は丸坊主にされた女性であったことからある推理にたどりつきます。それは、最近までドイツの占領下にあった他の町でもおきていた、住民同士の密告制度に起因するあることで・・という展開です。

このあと、ナチス・ドイツの敗戦とベルリンへの連合軍侵攻へと物語は進んでいくのですが、ヨーロッパ戦線参陣以来の戦友の戦死や、頼りにしていた戦友の意外な正体が明らかになったりと、戦地特有の事件がこのあとも続くのですが、詳細は原書でどうぞ。

レビュアーの一言

連合軍によるノルマンディー降下からベルリン陥落までの、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線の最終あ局面を舞台にしたミステリなのですが、その謎はいってみれば、戦場の「日常の謎」といった類のもので、謎解きに血生臭さは少ないですね。

ただ、戦地ということで、探偵役が途中で戦死したり、トリックが軍隊っぽかったりという特徴はあります。一風変わった「日常の謎」ミステリが楽しめる名品でありますね。

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