「謎解き」と「落語」の見事なコラボレーション — 大倉崇裕「三人目の幽霊」(創元推理文庫)

落語ミステリーのキャストといえば、愛川晶の「神田紅梅亭」シリーズの、「福の助」「馬春」や、北村薫の「円紫」といった落語家や、同じく愛川晶の「神楽坂倶楽部」シリーズの、出版社からの出向中の新米「席亭」代理のの 希美子であったりとか、落語界の「中の人」であることが多いのだが、今回の大倉崇裕のシリーズは、落語界の「中」ではあるが、ちょっと周辺の「季刊落語」という落語専門誌の編集者が主人公。

収録は

「三人目の幽霊」 「不機嫌なソムリエ」 「三鶯荘奇談」 「崩壊する喫茶店」 「患う時計」

となっていて、キャスト的には、「季刊落語」の新米編集者の「間宮 緑」がワトソン役で、ホームズ役は、編集長の「牧」という仕立てである。

簡単にレビューすると

「三人目の幽霊」は、長年対立してきた、松の家葉光と鈴の家梅治の二門の手打ちを妨害するように、弟子の高座の湯呑の中身が酒にすり替えられたり、手拭いがすり替えられる悪戯が発端。さらには、梅治の「累ケ淵」の上演中に登場する幽霊が二人のはずが三人でたりといった怪事が生じる。さて、一連の事件の犯人は、ということなのだが、元はといえば、両師匠の若い時の意地の張り合いが原因。そして「牧」の推理で、事件は解決、大団円と思いきや、というどんでん返しが用意されているので侮れない。

「不機嫌なソムリエ」は落語界の中の話ではなく「緑」の学生時代の友人で、ソムリエ見習いの「恭子」の勤めるホテルのマスターソムリエの失踪事件。話の中で引用される「厩火事」の奥方よりも「瀬戸物」が大事な「さる旦那」とソムリエを重ね合わせるのが、謎の解決の鍵。

三話目の「三鶯荘奇談」は、妻が怪我した三鶯亭菊太郎の息子を預かって避暑にでかけた「三鶯荘」で遭遇するサスペンス。「三鶯荘」の管理人の女性の失踪に始まって、最後は菊太郎の師匠の師匠の大看板・三鶯亭菊司の早死の原因となった、菊司の妻・治美の失踪の謎を解くことになる。リードする噺は「野ざらし」で、「髑髏」の発見から、幽霊の来訪までが形が違いこそすれ再現されるのが秀逸である。

四話目の「崩壊する喫茶店」は、目の見えない人は感覚が鋭くなるというが、白紙の絵に「何も感じなくなった」という視力を失った「緑」の祖母・良恵の言葉は、感覚の鋭さか認知症のはじまりか、と「緑」が悩むところからスタート。その白紙の絵は、祖母が若い頃に病気療養していて時に淡い恋愛関係にあった画家からのプレゼントらしいのだが、「なぜ白紙?」「すりかえられた?」といった謎を解く筋。四話目はリードする「噺」が見当たらないのがシリーズの中では異色である。

最終話の「患う時計」は、三鶯亭菊朝の実子ながら、一門ではあるが別系の菊丸師匠のもとにいる「華菊」の高座が、濡れ雑巾で転倒するよう仕掛けられたり、メガネを隠されてTVの録画で失態を誘導されたりといった邪魔をしかけられる。華菊は、実父の「菊朝」の名跡を継ぐのでは、と噂されており、それを妬んでのことかという推測がされるのだが、実は華菊の芸が他所へ行くことを惜しんだ・・、といった筋立て。事件解決の鍵は「火炎太鼓」のオチの道具屋の「十万両!」なのだが、詳しくは本書で確認を。

さて、こうした落語ミステリーの楽しさは、単なる謎解きだけでなく、話の中で引用されたり、筋の展開に関係してくる「落語」との「絡まり」具合であり、話を読むながら、隠し味のように、頭の中に浮かんでくる落語の高座である。読むうちに、伝来の話芸を堪能している感じがしてくるのが、なんともよろしいですな。

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