信長は「吉乃」に出会い、織田家敗戦の中、家督を継ぐ ー 宮下英樹「桶狭間戦記 2」

「センゴク」シリーズのビフォーストーリーである、「桶狭間戦記」シリーズの第2巻。
前巻で、信長を全国級に押し上げる原因となった「桶狭間」で敗れた今川義元が、名軍師・雪斎とともに、今川家の家督を継ぎ、今川仮名目録の改定など富国強兵に強め、今川家を強大な戦国大名としたところが描かれたのだが、今巻では、彼のライバルである、信長の父・織田信秀の戦国大名ぶりと信長が家督を継ぐまでが描かれる。

【構成と注目ポイント】

構成は

第7話 吉法師
第8話 津島の悪郎
第9話 堀田右馬太夫
第10話 生駒のお類
第11話 織田三郎信長
第12話 織田弾正忠信秀

となっていて、まずは織田信長の祖父、織田信貞が津島湊を焼き払死、支配下におくシーンからスタート。

彼が津島を織田の支配下においたことで、地元の民の恨みも買うことになるのですが、一方で交易の「利」も享受することとなり、織田家の繁栄の基礎となります。ただ、一番、益があったのは、織田信長の思考回路の中に「銭」という、当時の武家が持ちえなかった判断基準を持たせることに成功した、というところにあるのでしょう。

この津島の地で、若いころの信長は「悪郎(わろ)」と陰口をたたかれながら成長していきます。この過程で彼が学んだのは、土倉に代表される商人と大名との関係で

と、商人に金策を申し込む父・信秀の姿を見て、信長は武家が最強ではないことを知るのですが、大名が「合戦に勝つ」ことと「借書取引」を関係づけた筆者の解釈は斬新ですね。特に、尾張、伊勢、三河、駿河といった地域ではその度合いが高かったと考えられ、ここの地域から戦国時代を統一に向かう勢力とそれが体現する「銭」の理念が出現したのは無理ないことだと思います。
さらに、武家自体も、その「銭」の経済を知悉していたからこそ、信長が後に「堺」の商人たちを翻弄したような技がつかえたのかもしれません。その萌芽が、本書の中の、父親・信秀の美濃攻めの情報を使って、まんまと、豪商・堀田家から金をまきあげたところに現れているのでしょう。

この巻で、信長は、彼が生涯で最も愛した女性といわれる生駒家の「吉乃」に出会います。もともと彼女は、豪商。生駒家の娘で、宮中に召し出されてもおかしくないほどの美貌の持ち主で、縁談も多数あったのですがえり好みをしているうちに、実家の生駒家が銭商いの失敗で大損して没落を始めて「生駒の悪銭」と呼ばれ始めた境遇にあるのですが、「妾」としての品定めをする「花見の会」に出たところで、信長の目にとまりい、人生が変わることになります。

彼女はもともと「類」という名前だったのですが、彼女を見初めた信長が、「信長(吉法師)の(乃)もの」という意味で「吉乃」という名前を与えた、という設定ですね。織田信長の長男で、本能寺の変がなければ家督を継ぐはずだった織田信忠は吉乃の子どもだったのでは、という話もありますね。

政局のほうは、三河と尾張の国境の「小豆原の合戦」で、織田弾正忠家の嫡男。信広が今川家に敗れて敗走します。信広は兵を畏怖させる猛将でかつ智謀にも優れていて、今回の合戦では今川の本隊を直接叩いて、後顧の憂いをなくするため奇襲をしかけるのですが、それを見抜いていた今川家の名軍師・雪斎によって撃破されています。

この敗戦の影響と、しばらくして当主の織田信秀が血を吐くという事態もおき、借書の暴落と、一族の犬山城主の謀反という危機を迎えることとなります。

まあ、これによって後継ぎの一番手であった信広は失脚し、信長が家督を継承する展開となるのですから、どこで幸運が転がり込んでくるかはわかりませんね。

【レビュアーからひと言】

本巻では、津島という交易港を力で攻めとり支配下において領地以上の収入をあげていても、家格的には尾張の下半分を治める守護代の家臣の三奉行のひとつに過ぎなくて、所領は一万石程度という「弾正忠家」の特殊性が描かれています。

こういう特殊性があるかゆえに、「合戦」では勝ち続けて商人の「支援」を受け続けないと、即座に家が衰退してしまうという状況にあるわけで、ここらに、信長がのちに天下一統を目指した時に、一時も安定というものを求めずに。転戦につぐ転戦を重ねていった理由が隠されているのかもしれません。

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