写楽の正体の陰に「光の画家」フェルメールがいるー北森鴻「写楽・考」

北森鴻

美貌で明晰な頭脳をもちながら、民俗学会の異端児として扱われている蓮杖那智と、実直な研究者ではあるのだが、そのお人好し的な性格から、那智に振り回されてばかりいる連杖研究室の万年助手・内藤が、日本の歴史や習俗の中に隠された秘密を暴き出していく「蓮杖那智」シリーズの第3弾が『北森鴻「写楽・考 蓮丈那智フィールドファイルⅢ」(新潮社)』。
今巻から前巻の「御?講」で、連丈研究室の新たな助手として加わった、佐江由美子が、内藤を上回る頭の回転の良さで、事件解決の手助けをしていくこととなります。

【収録と注目ポイント】

収録は

「憑代記」
「湖底祀」
「棄神祭」
「写楽・考」

の四話。

まず第一話の「憑代記」は、南アルプスの近くの山村の、以前はこの地域の名主か地侍出会ったような旧家に秘蔵されている、この火村一族の守りの童女人形の調査。調査の以来は一族の当主の火村恒実からのものなのですが、発端は県の教育委員会から資料館で預からせてくれ、という依頼からのようで、一族の間にはこれに反対する者もいるような流れです。

そのため、那智の代理で赴いた内藤と由美子が、一族のうちでこの調査に反対する水島薫子という女性に反対され、調査が暗礁に乗り上げているうちに、人形が盗まれた後、顔の部分が破壊された状態で発見されます。

この人形は一族に降りかかる災厄を代わって受け止める「形代」「憑代」として位置づけられていることから不気味な思いを皆が抱えているうちに、当主の火村恒実が顔面を潰されて殺されるという事件がおきます。この人形が殺人を予言したのか?そして犯人の狙いは、という展開です。

少しネタバレすると、怪奇仕立てではあるのですが、旧家にありがちの財産目当ての事件ですね。

続く第二話は北陸の盆地の今から400年前に自身によって誕生した湖の湖底で発見された鳥居に関する話。その鳥居を発見した郷土史家の説では、この湖の名前「円湖」は、地震による地殻変動で、もともとあった水脈から水が噴出して湖をつくり、そこに半分沈んだ鳥居の姿が「円」という字に似ていたことから名付けられたものとおう説を唱えています。おそらく近くからもっと遺物がでるはず、ということで、観光資源としても地元から期待され、学術調査も計画されている、という筋立てです。

しかし、この説に対し、鳥居の近くからはもう何も出ない、と那智は断言し、地元の関係者や、鳥居を発見した郷土史家から恨みをかい始めます。那智がそう断言するのは、鳥居が神社の付属物ではなく、神社本体が鳥居の付属物ではないか、という仮設によるのですが、この郷土史家が那智の説に怒る理由は別にあって・・・、という展開です。

謎解きの鍵は、なぜこの郷土史家があるかないかわからない湖底に潜ろうと思ったのか、というところで、ネタバレは、湖底は何かを隠すにもってこいのところでもあったからですね。

第三話の「棄神祭」は、福岡の「御厨家」という旧家に伝わる、三年ごとに広大な庭園に築かれた塚の上で家を護る「神像」を燃やすという奇妙な祭礼が伝わっていたのですが、十数年前にその祭礼」が行われた時に起きた殺人事件を、時を経て、那智が推理し直す物語です。

この奇妙な祭の由縁を説明するのに、保食神(うけもちのかみ)、殺されることで豊穣をもたらす神のことが語られるのですが、ネタバレしておくと、ここの部分は事件の真相とはちょっと別の次元のものですね。事件のほうは、殺された執事の滝川老人の「ごじんか」という言葉の真意と、神像が燃やされた塚の意味がキーになります。

第四話の「写楽・考」は、蓮丈那智の推薦で、有名学会誌に、「仮想民俗学」の論文を掲載した「式直男」という資産家の老人の失踪事件に、那智が犯人として嫌疑をかけられ、さらには、この家に出入りしていた古物商が殺害され、というものです。
この論文によると、式家には江戸時代から伝わる四角形の「絡繰箱」といわれるものと、これとセットで「べるみー」という署名のある絵画も伝わっているとあるのですが、これらが今回の事件の謎をとく鍵となるんでしょうか・・・という展開です。

「べるみー」というのは当時の阿蘭陀語で「Vermee」とでもかくのでしょうが、これで連想される当時の画家といえば、というのが謎解きのヒントになりますね。

そして、事件の真相とは別に、式家に伝わった「絡繰箱」がフェルメールが使っていたといわれる「カメラ・オブスキュラ」であれば、ガラス板が湾曲していてひどく歪んだ像になります。この「カメラ・オブスキュラ」を使って歪んだ画像を、当時の浮世絵師が見て真似をしたら・・というのが表題につながっていきます。

【レビュアーから一言】

この「蓮丈那智」シリーズは、現在に起きる事件の謎を、習俗や伝統行事の中に隠れている過去の出来事や事件との類似性を見出して解いていくというパターンなのですが、謎を解くキーとなる習俗や伝統行事が現在の事件と遠くかけ離れているものが、那智の推理で、ピタッと重なり合っていくあたりが読みどころ。

それ以上に興味深いのは、謎解きのネタとなる民俗学の仮設がどれもこれも「異端」っぽいところで。このあたりは歴史好きには堪らないところでしょうね。歴史小説や時代小説ファンにはミステリーはちょっと・・という人も多いのですが、そんな人にもオススメのシリーズです。

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