日本各地に伝わる「儀式」と「民俗」が謎解きの鍵 ー 北森鴻「凶笑面」

作者が急死したため、完結しなかったシリーズといえば、この北森鴻氏の「蓮丈那智」シリーズがまず第一にあげられるのではなかろうか。主人公は都心にある「東敬大学」の助教授(今は「准教授」っていうんだよね)で、ひと目をひく美貌の持ち主ながら、妥協を許さない言動と厳しい指摘が特徴の「異端」の民俗学者・蓮丈那智、語り部が彼女の研究室の助手(今は「助教」っていうんだっけ)の内藤三國というキャストで描かれる「民俗学」ミステリーである。

この蓮丈研究室に日本各地の旧家や研究者から持ち込まれる民俗学の調査依頼を発端にして、調査地でおきる怪奇色たっぷりの殺人事件を、蓮丈が、怜悧な推理で解き明かしていくというシリーズの第一弾が『北森鴻「凶笑面」(新潮文庫)』。

【収録と注目ポイント】

収録は

「鬼封会」
「凶笑面」
「不帰屋」
「双死神」
「邪宗仏」

となっていて、このシリーズの話ではいずれも怪奇的な習俗がでてくるのだが、第一の「鬼封会」は、岡山県のK市に伝わったとされる、「修二会」という年のはじめにその年の安全と豊作を祝う仏教儀式に似てはいるが、鬼に扮したものを毘沙門天が倒して面を奪う、という他の地のものとは異なる儀式に関して起きる殺人事件の謎解き。事件のほうは、この儀式を録画したビデオを送ってきた「都築」という人物が、その儀式を伝えてきた旧家・青月家の娘・美恵子によって殺害された、というもの。この都築という人物、青月美恵子を長年に渡って付け回してきたストーカーで、彼女のアパートに押し入ったところを逆に殺された、ということのようだが、実は・・・という筋立て。この旧家の儀式にでてくる「鬼が殺される」シーンが昔の何を象徴しているか、那智が解き明かすことによって、現代の事件の真相も明らかになります。

第二話の「凶笑面」は、長野県に北佐久郡H村の庄屋の家に伝わったとされる「禍凶々しい笑みによって破顔した、陰惨極まりない表情の面」を、民俗学の資料、つまり骨董品をあくどく売り買いすることで有名な骨董商が那智の研究室に送ってきたことから開幕。彼は、その旧家の調査を依頼してきており、さらには、その「面」の似似てはいるが、「喜び」を表現した「喜笑面」の写真も、訪問時に見せてくる。しかし、その旧家・谷山家を訪れた那智が調査を開始した三日後、その骨董商が倉の中でビー玉の入ったガラス瓶で撲殺されているのが発見され・・、という筋立て。この「凶笑面」がデスマスクでは、という那智の推理が謎解きに結びついていきますね。

第三話の「不帰屋」は、「かえらずのや」と読むらしい。物語の語られる二年前の事件で、東北の村での「女の家」と呼ばれる離屋の調査の際の事件。この調査は、フェミニズムの活動家で知られる女性の社会学者から持ち込まれたもので、彼女は実家の離屋が女性の不浄の間であることを証明してほしい、と言ってくる。しかし、那智は、その離屋が別の神事に使われていたものであることを見抜き、さらには、数十年前、一人の娘がそこで神隠しにあっていることを知る。そして、その離家でフェミニストの社会学者が一酸化炭素中毒で死亡しているのが発見されるのだが、それが意味する「離屋」の隠された秘密の神事とは・・という展開です。

第四話の「双死神」のメインキャストは、那智の弟子の内藤三國。他の話では、那智の助手として彼女の調査にくっついていることが多いのだが、日本の製鉄史に新しい説が見つかるのでは、とスケベ心を出したことが、殺人事件に巻き込まれるもととなります。製鉄伝説と、明治時代の組織的盗掘で有名な「税所コレクション」が味付けになっているのですが、出雲対大和、物部対蘇我の2つの時期の製鉄技術の争いの話が興味深いです。

最終話の「邪宗仏」は、山口県の波田村の寺で発見された腕のない秘仏に関連して起きる殺人事件。この秘仏の腕を切り取ったのは、フランシスコ・サビエルではないかと、地元研究家が言い出すことが遠因で起きる事件なんおですが、話の下敷きになるのは、この秘仏が中国の景教(ネストリウス派キリスト教)にまつわるものではないか、というものですが果たして真相は・・という展開です。

【レビュアーから一言】

もともと「民俗学」というのは、そのホコリ臭さ以上に「おどろおどろ」さを持っているのですが、このシリーズはその「怪しさ」をこれでもか、というぐらいに盛り込んできています。そのせいか、発表後、十数年mを経過するのですが古びた感じは受けませんね。
景気が上向いている時は、こうした伝説や昔の言い伝えをモチーフにした「伝奇ミステリー」はヒットしない傾向にあるように思うのですが、そろそろ「爛熟期」にさしかかりそうな現在、再び見直してもいいように思います。

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