中国の春秋戦国時代の末期、戦国七雄と呼ばれる七カ国同士の攻防が続く中、中華統一を目指す秦王「嬴政」と、戦争孤児の下僕から、天下一の大将軍を目指す「信」が、ともにその夢の実現を目指していく歴史大スペクタクル「キングダム」シリーズ第64弾を総解説します。
前巻で平陽攻めを行う桓騎軍の中でも「死地」と言われ、王賁隊が壊滅した「影丘」を、鍛え上げられた農民あがりの歩兵の脚力による登攀力によって攻め落とした「飛信隊」によって趙の扈輒軍の一角を崩したのですが、全体の戦局では、24万の大軍に押され、あちこちで壊滅状態となっている桓騎軍だったのですが、今巻では趙・扈輒軍を逆に窮地に陥れいれる桓騎の秘策が炸裂します。
あらすじと注目ポイント
構成は
第691話 竈の数
第692話 第三の兵
第693話 浅い話
第694話 情報戦
第695話 箱
第696話 解放の噂
第697話 将軍の役目
第698話 虐殺の理由
第699話 首級の数
第700話 戦後の軋み
第701話 大将軍の帰還
となっていて、冒頭では、飛信隊の「影丘」占拠によって趙軍の一角を崩したものの、龍白公と息子の還を惨殺された報復のため、激しい攻撃を続ける虎白公や新・龍白公によって、桓騎軍の本隊では逃亡兵も相次ぎ、壊滅状態に近くなっています。
実は、この圧倒的に不利な戦局にあって、かつて斉が当時の強国・魏に攻め込まれたときに「馬陵の戦い」で、斉の軍師・孫臏がとった「竈の計」を応用した一発逆転の桓騎の秘策がすでに仕込まれています。
それは、退却や逃亡を続ける桓騎軍の中に、逃亡するとみせかけて現地に埋伏する兵を仕込み、前進を続ける趙軍をやり過ごすという作戦で、この時、桓騎と彼の率いる親衛隊は既に扈輒軍の本営近くにいて、手薄になった本営への攻撃を開始します。
自軍の兵士を犠牲にして、敵将一人に的を絞って射止める作戦で、首都防衛の守護神ともいわれた扈輒はこの奇策によって斃れ、圧倒的に優勢だった趙軍はここで思いも寄らない敗北を喫してしまいます。
そしてここから先は、策士の桓騎軍の参謀・摩論の独壇場で、主将・扈輒の死亡を公表するとともに、桓騎軍の支援に秦の王翦軍と楊端和軍も加わったというデマを撒き、趙兵の士気を削いで、投降の機運を醸成します。また、一旦は逃亡していた桓騎軍の兵士たちも、勝ち戦と知って、分け前を狙って相次いで復帰し始め、桓騎軍の兵力も元に戻ってきます。結果、趙軍の投降兵はどんどん増え、最後には数万人の規模となってしまいます。
ただ、今回の武遂戦での勝利は、桓騎という内心に大きな虚無を抱えている将軍が指揮しているためか、単なる趙軍の大敗北では終わりません。
自分の授けた作戦を実行し、最後まで逃げなかったために、扈輒軍に拷問され、四肢をババラバラにされて殺された「雷土」の仇を討つためなのか、桓騎は捕虜にした趙軍の10万人の捕虜を斬首するという暴挙にでます。
これが、趙と秦にどんな激震をもたらしたかは、原書のほうで読んでいただきたいのですが、結果として、趙の宰相・郭開によって失脚させられていた趙の大軍師・李牧の復活を招くこととなります。
もっとも、今回の捕虜虐殺の理由として、桓騎の参謀・摩論は予想以上に捕虜の数が増え、桓騎軍の兵力を上回ってしまい、彼らが反乱を起こした場合、一挙に形勢が逆転したから、という理由を述べています。捕虜の一斉反抗というのは信じがたいとしても、捕虜の数が過大になりすぎたため、食糧確保に支障が出てきた、というあたりが真の理由かもしれません。
レビュアーの一言
桓騎の趙兵10万人の捕虜虐殺は、秦王・政の祖父・昭王時代の武将であった、白起の「長平の戦い」における趙兵の坑殺に次ぐ暴挙といってよく、秦国が趙の民衆からの恨みを受けることとなり、中華統一後の統治の大きな障害になることは間違いありません。このため、本シリーズでは、秦の宮廷では李斯が憤慨し、秦王・政自らが桓騎の詰問に乗り出すという事態にまで発展することとなります。後に、桓騎が趙の李牧に敗れた後、敗戦の責任を取らされ処刑されるのを怖れて逃亡した、というのもこのあたりの「政」との対立が頭の中にあったのかもしれません。
さらに付言すると、それからほぼ三十年後、秦を滅ぼした項羽によって、投降した秦の章邯将軍配下の20万人の秦兵が新安で坑殺されているのは、「因果は巡る」と言わざるをえないかもしれないです。
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