VRを使った自殺サイトから、女子浪人生たちを救い出せ=逸木裕「銀色の国」

Facebookの「メタ」社への社名変更に始まって、私たちの生活のなかにもじわじわと入り込んできている感じのする「メタバース」。その仮想現実の世界にどっぷりと浸かっているうちに、管理者によって、意識しないうちに「自殺」へと誘導されていたら・・、という仮想現実社会の闇を描いたSFサスペンスミステリ―が本書『逸木裕「銀色の国」(東京創元社)』です。

あらすじと注目ポイント

物語は、いつも辛いことや面倒なことがおきると、そこから「逃げて」しまうと自他ともに認める地方都市在住の少女「小林詩織」の独白から始まります。その彼女が岐阜の親元から家出同様に東京へ出て居酒屋で働き、その後事務系の仕事の就職面接を受けた夜、拉致されるとこりが出だしになっています。ここで、すわ猟奇系犯罪か、と思うのはミステリファンの悪弊で、彼女は違う役柄であとから登場するので、彼女の緊張したら歯を噛み鳴らす癖とか、細かな仕草に注目しておいてくださいね。

本筋の物語のほうは、東新宿に事務所を構える、自殺防止対策を活動内容としているNPO法人「レーテ」に所属して活動している田宮晃佑という青年へと遷移します。

彼はもともと大手の銀行員をしていたのですが、リーマンショックによる貸しはがしに悩んでいたころ、ネット麻雀でしりあった就活中の大学生・市川博之の自殺を思い留めたことから、転職し、自殺志願者の悩みを聞き、カウンセリングする今の仕事についているという設定ですね。

仕事自体はやりがいのあるものなのですが、「心療内科にかかるべきか否か」を延々質問してくる「角中」という中年男の相談とか、心をすり減らし消耗する仕事であることには間違いなく、さらに、以前関わった市川博之がゲーム・フリークになり、ホテルにVRゴーグルを残して飛び降り自殺したという悲報が飛び込んできます。一度助けた青年が自殺したことで大ショックをうける田宮だったのですが、市川の姉が「弟は自殺ゲームによって自殺した」と訴えてきたところから、一気にミステリ+サスペンス風になってくるわけですね。

たしかに市川はVRのゲームにのめり込み出してから、おかしな行動をとるようになってきたらしく、さらに、そのゴーグルは市川が自殺した後、遠隔操作によって一部のファイルが消されていることもわかってきます。田宮は、同級生の元ゲーム・クリエイター・城間宙と彼の元同僚・西野十夢の協力を得て、そのゴーグルに入っていたゲームの正体を調べ始めるのですが、城間には、大手ゲーム会社在職中に幼女ポルノのDVD所持の疑いで馘首となっている(宙は会社内のある人物に嵌められたと主張しているのですが)前科があるため、NPO法人「レーテ」の同僚・美祢子は彼をあまり快く思っていません。

調査を進めるうちに、このレーテの仲にも対立の風が吹き出してきて・・という筋立てです。

この「西野」という男性は、「虹を待つ彼女」に出てきた天才プログラマかと思えます。さらに、自分を快く思っていない美祢子の意見に、城間が賛同する場面があって、それが後半部の仕掛けの一つとなっているので見逃さないようにしましょうね。

そして、物語はもう一つの伏線が動き始めます。それは「外丸くるみ」という浪人生の女の子なのですが、彼女は受験の直前に交際していた同級生に別れを告げられ、ショックで受験を失敗し、さらに彼氏が仲の良かった友人と二股をかけていたトラウマからレッグカットを繰り返すようになり、それを妻が病死してから酒浸りとなり自宅へ引き籠るようになった父親に目撃され、それ以来、父親の監視の目が厳しい、という境遇にあります。

そして、自らの自殺願望をTwitterで呟いているうちに、あるフォロアーからネット上でやっているという「自助グループ」に誘われます。その自助グループに参加するため、贈られてきたVRゴーグルをつけてログインすると、そこには「アルテミス」と呼ばれている管理者が管理し、「アンナ」と名乗る案内人がガイドをしてくれる、「銀色の国」と呼ばれる仮想現実の世界が広がっています。「くるみ」は、その「銀色の国」で一軒家を借り、バーチャルの猫とともに、あたかもそこが現実の世界であるかのようにどっぷりと浸かって生活を始めます。その世界で暮らすための通貨を稼ぐため、現実世界の高層ビルの屋上から見下ろして写真をとってアプロードしたり、仮想世界の高いところから海でダイブしたり、といった「イベント」を「くるみ」はこなしていくのですが・・といった展開です。

さらに二つ目の伏線として、プロローグのところで、就職面接を餌に、何者かに拉致された「小林詩織」が東京都内の一室に閉じ込められ、Vtuberのような仕事に従事させられるエピソードが挿入され、「田宮」と「くるみ」そして「詩織」の三つの伏線がほぼ独立的に展開していくのですが、最後半にむけて、互いに交わりはじめ・・という筋立てで、自殺を誘導するVRサイトを中心に、サスペンスな物語が動いていきます。

銀色の国
銀色の国

レビュアーの一言

「自殺誘導サイト」をテーマにした、サスペンス・ミステリーなのですが、そのサイトである「銀色の国」が、新型コロナ・ウィルス感染拡大中の自粛生活中に爆発的なヒットとなった有名ゲームを思わせる描写になっているのと、基本的にダークな結末ではないので、読後のあと口はそう悪くはないですね。

ただ、このVR技術がどんどん生活の中で日常化していくと、VRを使った殺人の謎解きなんてのもミステリーの重要ネタになっていきそうですね。

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