氷の名探偵の高校時代と三十路の様子はどんなもの=石持浅海「わたしたちが少女と呼ばれていた頃」・「賛美せよ、と成功は言った」

まっすぐな黒髪で色白の肌、瓜実顔の少し童顔の整った顔立ちで、スタイル抜群。頭脳明晰で、洞察力もあって、事件の裏の真相をすっぱりと見抜くですが、その後の事件の解決や事態の収拾にはまったく興味がない「氷の名探偵」碓氷優佳の、高校時代のエピソードと、卒業後、数年経ってから、高校時代の予備校仲間の同窓会で起きた事件の顛末を描くのが

『石持浅海「わたしたちが少女と呼ばれていた頃」(祥伝社文庫)』と『石持浅海「賛美せよ、と成功は言った」(祥伝社文庫)』です。

「わたしたちが少女と呼ばれていた頃」のあらすじと注目ポイント

収録は

「赤信号」
「夏休み」
「彼女の朝」
「握られた手」
「夢に向かって」
「災い転じて」
「優佳と、わたしの未来」

となっていて、このシリーズの主人公「碓氷優佳」の高校生活での謎解きの数々が描かれています。

物語は本シリーズの主人公「碓氷優佳」が、医学部志望の女子生徒「上杉小春」と高校1年生のクラスでの初対面するところから始まります。

彼女たちは、碩徳横浜女子高校という、中高一貫で「お嬢様学校」の「特進理系クラス」の生徒です。このクラスはハイレベルの有名大学への進学コースで、本書を読むとわかるのですが小春や優佳に限らずクラスメートのほとんどが、有名大学の理系学部に合格しているようです。

そして、小春は中学校からの持ち上がり、優佳は公立中学からの編入組という設定です。

まず第一話の「赤信号」は高校1年生で二人が知り合って間もない頃、駅から学校への通学路の途中にある交差点で、信号が点滅をはじめ赤信号になりながらも「小春」をはじめ多くの生徒が無理にわたるシーンから。この学校では受験をまじかにした生徒が、学校近くで赤信号にひっかかると不合格になるという「言い伝え」があるそうなのです。で、その言い伝えは、小春の姉が、合格間違いなしと言われていた京都大に落ちてしまったことから、一挙に広まったらしいのですが、優佳はそれが広まったのにはある理由があるらしいことを、小春との会話で見つけ出すのですが・・という展開です。

単なる「学校の伝説」かと思われていたものに、意外に「黒い」ものが隠れています。

第二話は、小春と優佳の友人「ショージ」こと「東海林奈美絵」の謎解きです。彼女は、理数系の科目はめっちゃ成績がいいのですが、国語や暗記系の歴史などの文系科目はからっきしという成績だったのですが、夏休み中に通っていた予備校で「彼氏」ができ、一緒に勉強していたせいか、全科目の成績が急上昇し始めています。この碩徳女子高校は男女交際に厳しくて、男性と交際しているのがバレれば停学になるのですが、「ショージ」はその点は絶対大丈夫な彼氏だと言い切ります。

羨ましがる小春なのですが、優佳は「近いうちに別れることになる」という不吉な予言をし、それが的中すると、打ちひしがれるショージを見て、「よかった」と安心したように呟くのですが、その理由は・・という筋立てです。

もちろん、優佳が「他人の不幸は蜜の味」と思っているわけではないですからね。

第三話は、クラスの学級委員長で。成績連続トップを誇る「大優等生」の「ひなさま」こと「岬ひなの」がメインキャストになります。彼女は、大の「酒好き」で通っていて、夜通し酒を飲みながら本を読むのを習慣にしているらしいのですが、たびたび、つい呑み過ぎて二日酔いになって学校へやってくるということを繰り返しています。彼女の呑みすぎが続いてアル中になるのを心配する小春なのですが、優佳のほうはさほど気にしていません。

ただ、その二日酔いの頻度と度合いがひどくなって、小春の心配がマックスに達した時、優佳は「ひなの」が大丈夫な証拠をみせてあげると、二日酔いらしい「ひなの」に小瓶にはいった、少し黄色がかった液体を嗅がせます。

嗅いで呆然と優佳を見つめる「ひなの」に、優佳は「いいのよ、ひなさまは、ひなさまのままで」と告げると、それから彼女の二日酔いはすっかり影を潜めてしまい・・という展開です。

このほか、いつも一緒に過していて、どこにでも手をつないでいく、「百合」では噂されている二人のクラスメイトの真実(「握られた手」)や、医院をついで欲しがっている親の目をごまかしながら漫画家となるために、自分の実力よりかなり低い偏差値の大学に入ることを企んでいるクラスメートが突然、実力以上の大学を目指し始めた理由(「夢に向かって」)や、受験直前に腕を骨折してギプスを嵌めることになったクラスメートのカンニング疑惑(「災い転じて」)と物語が続いていきます。

そして最終話の「優佳と、わたしの未来」で、優佳が姉と同じ大学サークルの男子学生に憧れていて、結局、フラれた話が紹介され、サークルメンバーのうち、だれがその「憧れの人」だったかを友人たちで当てっこをしているうちに、小春は優佳のある「致命的な」性格破綻に気付くのですが、それは・・という展開です。

「氷の名探偵」の誕生の瞬間です。

「賛美せよ、と成功は言った」のあらすじと注目ポイント

「賛美せよ、と成功は言った」は、碓氷優佳と上杉小春の高校時代の推理譚が描かれた「わたしたちが少女と呼ばれていた頃」から15年後、二人が通っていた予備校の同窓会が舞台となります。予備校の「同窓会」というのは珍しい設定なのですが、二人の通っていた予備校には通産省から転進した「真鍋」という熱血講師がいたのですが、彼を特に慕って、将来に「野心」を抱いているメンバーたちが集まってグループ(「トーエンの会」というらしいです。三国志の「桃園の誓い」が元ネタらしいです)を作り、今でも時折、呑み会が開催されているという設定です。

碓氷優佳は、大学院時代にアメリカ留学をしていたため、その集まりとは疎遠になっていたのですが、高校時代の同級生「ショージ」の結婚式に出席したのが縁で、定期的にその会に出席している上杉小春と再会し、その会合に急遽欠席することになった柿本千早(「夢に向かって」で登場した医学部受験の漫画家の卵ですね。どうやら売れっ子漫画家になっているようです)の代理でその呑み会に小春と一緒に出席することになったという仕立てです。

で、その「トーエンの会」の今回の趣向は、会のメンバーで、研究者の途をあきらめて商社に入社していた「湯村」という男性が、社内ベンチャー事業を活用して、ロボット事業を立ち上げ、このたび経済産業省表彰をうけることになったため、お祝いをかねて開かれることになっています。

もっとも、それだけではなくて、メンバーの中には勤務先の製薬会社のデータ捏造事件にまきこまれて研究に支障が出ている「神山」という男性も出席することになっていて、彼の激励も含まれているようです。

しかし、この会で、湯村のロボット事業の講演が終わり、席を移しての懇親会の席で事件が起きます。皆が談笑している最中に、湯村のロボット事業の成功に陰に、予備校の恩師・真鍋のアドバイスがあったことを聞いた神山が激高し、テーブルの上のワインボトルで真鍋の頭を殴打してしまいます。さらに当たり所が悪く、小脳が損傷して、真鍋が死亡するという殺人事件にまで発展することになり・・という筋立てです。

一見すると、神山による突発的な暴行による殺人、という風なのですが、優佳と小春は、二人と同じテーブルにいたある人物の、神山を巧妙に煽っていく発言と、突発的な殴打につながり仕掛けに気づいてしまい・・という展開です。

物理的な証拠はなにもない犯罪を、優佳と小春はどうやって暴いていくのか、犯人と思しき人物との「会話」による空中戦が動いていくのですが、最後に明らかになる、意外な犯行動機は、という筋立てです。

高校時代、それぞれに野望や夢を抱いていた「若者」たちの15年経過後の人生の「苦さ」が滲み出てくる結末です。

レビュアーの一言

本編となる「扉は閉ざされたまま」「君の望む死に方」「彼女が追ってくる」の「碓氷優佳」シリーズの「叙述ミステリ三部作」の前と後の「碓氷優佳」の推理劇なのですが、この二冊の語り手が、碓氷優佳のたった一人の親友といってであろう「上杉小春」の目線から描かれているのもあってか、三部作では犯行に対して冷たい目線を注いでいた碓氷優佳が、どことなく柔らかい態度と推理をしているような感じをうけます(もっとも、推理だけしか、後は「放置」という態度は基本的には一緒なのですが)。

「冷静で冷たい」推理マシーンのような碓氷優佳の人間らしい側面を確かめたい人は、ぜひおさえておきたい二作品です。

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