「なつめ」は職人修行開始。一方で商売敵は陰謀の手を密かに伸ばし始めて・・ ー 篠綾子「親子たい焼き 江戸菓子舗照月堂3」(時代小説文庫)

前巻で菓子勝負の手伝いに抜擢され、見事その任を果たした「なつめ」が菓子職人見習いとして、厨房で正式に修行を開始するのが今巻。
修行は、餡づくりの小豆を煮るという初歩の初歩からなのだが、菓子作りの修行が許された、というところで、嬉しくてしょうがない「なつめ」の菓子職人への第一歩が始まる、といったところ。
さらには、「菓子」愛が共通する友人もできて、「リア充」満喫の「なつめ」なんであるが、「照月堂」と弟子の辰次郎の「辰巳屋」のところへは、シェアナンバーワンの維持を量る「氷川屋」の陰謀の手も伸びてきて、といった感じの、波乱含みの展開が本巻である。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一話 おめでたい焼き
第二話 柿しぐれ
第三話 みかん餅
第四話 親子たい焼き

となっていて、なつめが厨房に入ったところで、久兵衛の訓示っぽいところからスタート。

今まで歌詠みになりたいとか、お針子になりたいとかあれこれ天職探しをしていた「なつめ」であるが、ようやく打ち込めるものに出会えたというところなのだが、親方の久兵衛の

「お前は教養があるし、頭も回る。だから、厨房へ入って人取りのことを見てしまったら、そこで己の才覚をはかろうとするんじゃねえかと思ったんだ」

というところは「なつめ」だけでなく、すべての「自分探し」「天職探し」をしている人に言えることではある。もっとも「久兵衛」が「なつめ」に釘を刺す「一年や二年、いいや、五年この道を続けても、才覚をはかるのはまだ早い」という言葉は、「なつめ」には効いても、今の若い人には効かないよな、と独り言を言ってみる。話のほうは、前巻の「菓子勝負」の発端となっった「辰焼き」を照月堂風にアレンジした「たい焼き」をPRする和歌を、歌人・露寒軒が詠んせくれて、それを使ったチラシの効果で、「たい焼き」だけでなく、「望月のうさぎ」の売れ行きも拡大していく話。ただ、この2つの商品のブレイクが次の揉め事の「種」となる伏線がしっかり張られてます。

第二話の「柿しぐれ」は、菓子勝負で「照月堂」の商売に痛手を負わすことに失敗した氷川屋が再び悪巧みを考え始める話。彼は照月堂の主人・久兵衛の菓子づくりの腕を評価してして、彼が今後自分の店の脅威になるのではと恐れてのことなのだが、氷川屋の野望は「主菓子と庶民向けの菓子、どちらもナンバーワンでいたい」というもので、望みそのものは経営者の鑑ではある。よくないのは、その手段が悪辣なところなのだが、こういう「商売もの」の時代小説ではこういうキャラがいないと話が深まらないのでなくてはならないキャラではありますね。今回、その悪巧みの手段は、一人娘の「しのぶ」と照月堂の菓子職人見習い・なつめを仲良くさせて秘密を盗み出すという仕掛けなんだが、「親の心、子知らず」というのは、こういうケースにもあたるものなんですね。
この話で、「柿しぐれ」という新作菓子を「氷川屋」の職人頭が拵えていて、かなりできの良い新作であるようなのだから、裏筋でなく、本道で勝負しても十分闘っていけるとおもうのですが、この氷川屋の主人は「ダーク・サイド」にはまり込んでしまってますね。

第三話の「みかん餅」は、照月堂の子どもたち、郁太郎の秘密が明らかになる。幼いせいもあるが天真爛漫で屈託のない弟の「亀次郎」に対して、心から喜んでいるところはあまりなく、いつも弟のほうを一歩前に出そうとする郁太郎の性格が、彼の複雑な家族関係にあることがわかり、なつめが彼を、なつめが世話になっている「大休庵」に招いて、心を解きほぐしていく話。郁太郎が今後、このシリーズでどういう役回りを果たしていくははっきりしないのだが、意外にキーとなっていくような気がします。

最終話は、照月堂で「辰焼き」を変形させた「おめでたい焼き」に売れ行きが良すぎて、本家の「辰焼き」が偽物扱いされるという窮地を打開する話。もともとは、「辰焼き」の邪魔にならないように、餡を変えたり、皮を上品にしたりと変形させていたのだがかえって仇になってしまったもの。上品なものが先に世に出ると、後から出る庶民的なものはどうしても、「パクリ」「亜流」とみられてしまうという典型的な話ですね。
この窮地を脱するのは、久兵衛の菓子の工夫と「おめでたい焼き」ヒットのきっかけをつくった露寒軒の和歌の合わせ技で、新商品開発の達人とPRの達人が組んでいるようなものなので、その破壊力が違いますね。
ただ、喜んでばかりもいられなくて、窮地に陥ったあたりで、寒川屋の策が、照月堂の久兵衛ではなくて、弟子の辰巳屋の辰五郎のほうへ伸びてくる。本丸の守りが固い場合は、出城のほうから攻めるという攻城戦の常道を踏んでくるあたり、悪辣ながら、氷川屋はなかなかの手練でありますね。

最終話のところで、薬売りの子ども・富吉というのが、照月堂でしばらく面倒をみるところがあるのだが、彼は次巻以降、なつめの「兄探し」の重要な鍵となってくるようであるので、記憶にとどめておいてくださいな。

【レビュアーから一言】

前巻に引き続き、今巻でも「照月堂」が窮地に陥りそうなのを助けたのは、有名な歌人である「露寒軒」で、やはり、この当時の「和菓子」は「お茶」とかハイソなものに密接関連していたせいか、こうした文化人の「おすすめ」というのはかなり効果があるのは、今と変わりはない様子。
このあたり、京都の青侍の娘を偶然、店で雇うことになった「照月堂」は棚ぼたというもので、ここらは「氷川屋」にしてみれば悔しくてならないところだろう。「運も実力のうち」とはいうものの、この違いは、主人の「心映え」の違いでもあるような気もいたしますね。

親子たい焼き 江戸菓子舗照月堂 (時代小説文庫)
親子たい焼き 江戸菓子舗照月堂 (時代小説文庫)

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