センゴク」カテゴリーアーカイブ

小氷河期末の決戦「桶狭間の戦」終結す ー 宮下英樹「桶狭間戦記 5」

「東海一の弓取り」と高く評価されていながら、天下を狙う途上で非業の戦死を遂げたせいか、現代では軽く扱われることの多い今川義元と、彼を討滅した戦国時代を集結させた「魔王」織田信長の若い頃を描く、仙石権兵衛のニェットコースター人生を描いた「センゴク」シリーズのビフォーストーリーである、「桶狭間戦記」シリーズの完結巻。

前巻で、満を持して尾張へ侵攻してくる今川軍に対し、重臣たちの反対を押し切って、今川義元の本陣への奇襲を考案した信長であったのだが、そのための重要な役割を担うはずの「熱海衆」が、今川方の勇将・岡部元信によって壊滅させられてしまい、心折れそうになっていたのを、馬廻組からの「前へ出よう」という無謀な励ましに再び力を取戻した信長が、いよいよ戦国時代の一大転換となった「桶狭間」へ向かうのが本巻。

【構成と注目ポイント】

構成は

第29話 熱田と津島
第30話 今川本陣
第31話 奇跡の雨
第32話 強さと弱さ
第33話 第一陣
第34話 完璧なるもの
第35話 天運の交叉
第36話 自らの力量を以って
最終話 人間の限り

となっていて、まずは今回の今川と織田との戦の行方について津島商人の筆頭・堀田家と熱海商人の筆頭・加藤家が話し合っている場面からスタート。

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尾張へ向け、今川義元進軍。信長どうする? ー 宮下英樹「桶狭間戦記 4」

「東海一の弓取り」と高く評価されていながら、天下を狙う途上で非業の戦死を遂げたせいか、現代では軽く扱われることの多い今川義元と、彼を討滅した戦国時代を集結させた「魔王」織田信長の若い頃を描く、仙石権兵衛のニェットコースター人生を描いた「センゴク」シリーズのビフォーストーリーである、「桶狭間戦記」シリーズの第4巻。

前巻までで父・織田信秀の跡を受け「織田弾正忠」家を継いだ後、尾張下半郡を治める守護代の三奉行のうちの一家という立場から下剋上を繰り返し、尾張全体を手中に収めるまでにのし上がった信長なんおだが、ここで、駿府・三河を支配する今川義元という当時の「大強敵」との戦いが始まるのが今巻。

【構成と注目ポイント】

構成は

第19話 唐鏡の国
第20話 商業都市 津島
第21話 寄親寄子
第22話 今川義元出陣
第23話 大高城兵糧入れ
第24話 熱田神宮
第25話 分岐点
第26話 大高道
第27話 最悪のとき
第28話 運命の地

となっていて、まずは、今川義元の治める「唐鏡の国」駿河の首府・駿府へ周辺の国から難民が流入するとともに、その危機に気づかず国主・義元が蹴鞠やら宴会やらの浮かれた暮らしをしているのを憂えた、譜代の重臣たちが諫言のため駿府の「今川館」へやってくるところからスタート。

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骨肉の争いを乗り越え、信長は尾張を統一する ー 宮下英樹「桶狭間戦記 3」

「センゴク」シリーズのビフォーストーリーである、「桶狭間戦記」シリーズの第3巻。
前巻までで、生涯資した女性「吉乃」と出会ったのだが、今川の攻勢を凌ぐため、美濃の斎藤家の息女・蝶との婚姻を余儀なくされ、また、今川と戦で破れた後の謀反をおさめたとはいっても、勢力が減退しつつある「織田弾正忠家」を継いだ信長が、一転、尾張一統を成し遂げていくところが描かれるのが本巻。

【構成と注目ポイント】

構成は

第13話 下克上
第14話 謀略の才
第15話 大和守討伐
第16話 善徳寺の会盟
第17話 雪斎の紫衣
第18話 悲運なる君

となっていて、まずは織田信長が、主君である尾張の守護・斯波氏、守護代の織田家などが顔を揃えた連歌の会に出席し、そこで、父親の葬儀での乱暴などを非難されたり、名前を間違えられたりと侮られるシーンからスタート。織田信長の物語というと、弟の誅殺というところでは彼の冷酷さが強調されるのですが、彼が家督を継いだ当時、彼の「織田弾正忠」家は、守護代の下の奉行の家の一つという家格で、彼が生き延びていくためには、尾張を支配下にいれ、「下克上」を体現していかなければ敵わなかった、ということは認識しておかないといけないようですね。

そして、彼が守護家たちから侮られていることを見たのと、今川義元の企みに唆され、織田家の家臣で鳴海城の城主である山口親子が謀反を起こします。この反乱を治めるのに活躍したのが、家臣の次男・三男で組織したの信長の「馬廻り隊」で、家を継ぐ見込みが少なく、自暴自棄になりがちな層を上手く取り込んで、自軍の増強を図る戦略なのですが、この部隊の士気を維持し続けようとすれば、軍功を立てる機会である「戦」を常に継続削しないといけなくなる、ということもでもあるように思えます。

さて、今川義元・雪斎の尾張に向けた謀略の矛先は、今度は織田信長の 役・平手政秀へと照準があわされます。ここを崩して、織田弾正忠家をガタガタにしていけば、尾張守護・斯波家や守護代の織田家はなんとでもなる、という思惑でしょうか。
ここで取られた策は、平手政秀が横領していただの、今川と通じているなどのデマを流し、二人の間を離反させようという策で、残念なことに信長はこの噂を信じ、平手は自ら腹を切って、無実を証明するといった事態になります。よく言われるのは信長の行動を、平手政秀が死をもって諫めた、というストーリーなのですが、実は、今川義元・雪斎の謀略の犠牲者だった、と解釈することで、俄かに戦国時代らしい雰囲気が漂ってきますね。

そして、平手政英の死を、守護代・織田信友が利用して信長の暗殺を企みます。これを事前に察した信長は暗殺が企まれている茶席を欠席、反対に、暗殺の企てを、守護の斯波氏がバラしたのでは、と織田信友に疑いを抱かせ、彼に斯波義統を弑逆させます。さらに、この行為を咎めて、守護の仇を討つという名目で、信長の叔父・織田信光を引き込んで、

織田信友を攻め殺し、さらには、尾張の重鎮で家臣からも信頼の厚い叔父・信光を自らの家臣に討たせ、とうとう、尾張の下四郡を手中にすることに成功します。
さらに、美濃の斎藤道三が息子・義龍に討たれ、信長が後ろ盾を失う中、尾張の上四郡を治める守護代・織田信安との対立が表面化します。織田信安は、信長の母親・土田御前、弟の信行を味方に引き入れ、続いて、兄・信広も反旗を翻すなど、「織田弾正忠」家の内部対立に発展していきます。ここで、信長が採った作戦は「銭を中心とした経済」の実現を、土倉たちに約束し、もともと味方であった津島の堀田家に加えて、熱田の加糖家という豪商たちを味方にし、織田信安・織田信行勢を滅ぼすことに成功するのですが、その詳細は原書のほうでお読みください。

【レビュアーから一言】

本巻の真ん中あたりで、今川、北条、武田の三者が手を結ぶ「善徳寺の会盟」の場面がでてきます。
この会盟は、今まで境界争いを続けていた宿敵同志であった三さやが手を結び、今川は尾張へ、武田は越後の上杉へ、北条は北関東へとそれぞれの侵攻作戦に後顧の憂いをなくするというものなのですが、この背後に、雪斎・義元の企みで、当時の室町幕府の権門・名家で有力者である3つの家が、天下を持ち廻りで治めようという「天下輪任」の計略が会ったのでは、と筆者は推理しています。

もし、桶狭間で今川義元がうたれることがなかったら、こうした政治体制が実現していた可能性が高かったように思え、日本の歴史はおおきく違ったものになっていたように思えます。

信長は「吉乃」に出会い、織田家敗戦の中、家督を継ぐ ー 宮下英樹「桶狭間戦記 2」

「センゴク」シリーズのビフォーストーリーである、「桶狭間戦記」シリーズの第2巻。
前巻で、信長を全国級に押し上げる原因となった「桶狭間」で敗れた今川義元が、名軍師・雪斎とともに、今川家の家督を継ぎ、今川仮名目録の改定など富国強兵に強め、今川家を強大な戦国大名としたところが描かれたのだが、今巻では、彼のライバルである、信長の父・織田信秀の戦国大名ぶりと信長が家督を継ぐまでが描かれる。

【構成と注目ポイント】

構成は

第7話 吉法師
第8話 津島の悪郎
第9話 堀田右馬太夫
第10話 生駒のお類
第11話 織田三郎信長
第12話 織田弾正忠信秀

となっていて、まずは織田信長の祖父、織田信貞が津島湊を焼き払死、支配下におくシーンからスタート。

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「センゴク」のビフォー・ストーリーが開幕し、今川義元登場。 ー 宮下英樹「桶狭間戦記 1」

センゴク・シリーズの主人公である仙石権兵衛が仕える豊臣秀吉の主君。織田信長が、桶狭間で討ち果たす、今川義元の幼少期から、桶狭間の合戦までを描く、「センゴク」シリーズのビフォーストーリーが、この「桶狭間戦記」シリーズ。
シリーズの主人公は、今川義元、織田信長の二人で、TVドラマなどでは、出だしとして描かれることの多い「桶狭間」に至るまでの、駿河、三河、尾張の「戦国時代」を描き出しています。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一話 方菊丸
第二話 梅岳承芳
第三話 今川五郎義元
第四話 織田弾正忠信秀
第五話 松平次郎三郎広忠
第六話 太原崇孚雪斎

となっていて、まずは、後に今川義元を支える軍師兼宰相となる雪斎の若いころ、林材種建仁寺での修業時代から、シリーズが開幕。

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「小牧長久手の戦」開戦。天下の帰趨は・・ ー 宮下英樹「センゴク一統記 14」

落ち武者から国持大名へ、その後、戦で大敗北して改易。そこから復活して、徳川将軍家の相談役まで昇進した戦国一のジェットコースター人生をおくった「センゴク」こと「仙石秀久」の半生記が描かれる「センゴク」シリーズのSeason3「センゴク一統記」の第14巻。

前巻で、秀吉に反旗を翻し、天下を狙う意志を固めた徳川家康と、秀吉が織田政権の継承者の地位を固めていることに我慢がならない織田信雄の連合軍と秀吉軍ががっぷり四つで戦う「小牧長久手の戦」が本格的に開始するのが今巻ですね。

【構成と注目ポイント】

構成は

VOL.117 忍耐
VOL.118 鬼武蔵
VOL.119 酔覚め
VOL.120 温情
VOL.121 三方ヶ原
VOL.122 中入り
VOL.123 奇襲
VOL.124 馬標(うまじるし)
VOL.125 つかめり

となっていて、信長亡き後の織田政権の行く末を最終的に決めることとなった「小牧長久手の合戦」が始まるのですが、信雄・家康の反乱の報を聞いて、秀吉は「本能寺の変」で見せた「大返し」を今回も見せて、家康・信雄を大慌てさせます。この「虚」のつき方が、さすが百戦錬磨の武将のなせる技ですね。

そして、こういう時の乱世の習いで、秀吉の実力に恐れをなし最初から味方について、犬山城を落とした池田恒興に続いて、織田信包、森長可といった武将たちが秀吉軍に参陣してきます。この結果、家康・信雄軍3万にたいし、秀吉軍10万とかなりの兵力差がつくことになります。

特に森長可は、歴戦の勇将であるばかりでなく、一族もすべて討死しているので、「死兵」といっていいような捨て身の覚悟です。

しかし、小牧の戦では、これが裏目に出ます。戦場に泥酔状態で出陣し、酒井忠次ら徳川方の武将に攻撃され、敗走させられます。

ここで、森と同行していた尾藤も退却するのですが、これが後々、彼の運命を狂わすことになりますね。
もっとも、小牧の戦のすぐ後は、犬山城で、池田、森、尾藤を赦し、配下に抱え込みます。ここらの差配は、「転んでもタダでは起きない」というところですね。

そして、いよいよ戦は本番の「長久手の合戦」へと移っていくのですが、ここで秀吉は三好長吉(後の「豊臣秀次」ですね)を総大将に据え、池田恒興、森長可、堀久秀で組織する大軍に「三河の中入り」を命じます。小牧野城をスルーして三河に入ることによって、家康の本拠をたたきつぶそうという戦略で、徳川方は「三方ヶ原の再来」とおそれをなします。もっとも、筆者は、三河侵入はフェイクで、実は家康軍の包囲網をつくることが狙いだったと推理しているのですが、真相のところはどうでしょうか。

大慌てとなる徳川勢の中で、家康は自ら行軍してくる秀吉軍を観察し、一番、戦歴が浅い三好勝吉をターゲットに定めます。三好長吉を総大将にしたのはその武勇からではなく、これからの政権構想を考えて手柄をたてさせようというつもりであることと、この4人の武将では、統制のとれた行動ができないことを見抜いてのことですね。

戦のほうは、池田恒興が小牧山城の東にある岩崎城を攻めて足が止まった時を見計らって、三好長吉の軍へ、徳川きっての猛将・榊原康政を筆頭に奇襲をしかけます。長吉隊のほうは何が起きたかわからないうちに総崩れとなり敗走を始めます。ここで長吉が討たれでもしていたら、その後の歴史は徳川方のリードで進んだのでしょうが、中ほどに位置していた「孤高の名将」堀秀政治がこれに気づき、逃げる長吉を救いあげ、三好隊を吸収します。

そして、家康の本陣をみつけ、そこに向け兵を進めるのですが・・・、といったところで、ここから先は原書のほうで。

【レビュアーからひと言】

小牧の戦で、森長可隊が崩されて敗走したとはいえ、兵力的にはまだまだ秀吉勢が格段に優勢である状態の中、秀吉は家康の采配の鋭さに気づくとともに

と彼の将兵の忠誠心の強さに恐れをまし、警戒の念を強めます。現在の兵力差にしか意識のいかない他の武将たちに比べ、その聡さは並大抵のものではありませんね。この聡さと臆病さも、彼を「天下人」へ押し上げた一因のような気がします。

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民衆の力をもとに秀吉、光秀に勝利す ー 宮下英樹「センゴク一統記 5~7」

信長後の体制が固まり、長曾我部との戦開始 ー 宮下英樹「センゴク一統記 8・9」

秀吉と勝家の対立は深まり、「賤ケ岳の戦」開戦 ー 宮下英樹「センゴク一統記 10」

センゴク、長宗我部軍と激突。しかし、そこに「箱網」の仕掛けが ー 宮下英樹「センゴク一統記 11」

センゴクの「四国の戦」と秀吉の勝家との対決、ここに決着 ー 宮下英樹「センゴク一統記 12」

秀吉は政権奪取。しかし戦乱の兆しはすでに ー 宮下英樹「センゴク一統記 13」

秀吉は政権奪取。しかし戦乱の兆しはすでに ー 宮下英樹「センゴク一統記 13」

落ち武者から国持大名へ、その後、戦で大敗北して改易。そこから復活して、徳川将軍家の相談役まで昇進した戦国一のジェットコースター人生をおくった「センゴク」こと「仙石秀久」の半生記が描かれる「センゴク」シリーズのSeason3「センゴク一統記」の第13巻。

前巻では、柴田勝家との「賤ヶ岳の合戦」で秀吉が勝利を収め、織田家の継承者であることを明白にしたのだが、今巻では、その戦後処理と、波が鎮まったかに思えていた政情が、織田信雄、徳川家康の思惑によってふたたび戦乱へ向かっていくところが描かれます。

【構成と注目ポイント】

構成は

VOL.108 天下人の業
VOL.109 栄達と誇りと
VOL.110 知行宛行
VOL.111 現世と幽玄
VOL.112 幽玄の智
VOL.113 織田信雄の決断
VOL.114 雌伏の刻
VOL.115 笠寺談義
VOL.116 調略の要

となっていて、まずは、勝家の北ノ庄城の炎上を前に、織田信長から天下を受け継ぎ「天下人」になったことをかみしめるシーンからスタート。ただ、天下人になった感慨以上に秀吉は

と「決して奢(おご)っちゃあならねえ」と自分を戒めていて、内部の敵や外部の敵がまだまだいることを認識しているようです。織田信長の跡目を引き継ぐことしか考えていなかった柴田勝家や織田信雄、神戸信孝とはちょっと違って政治家の風格が出てきていますね。
もっとも、神戸信孝を攻める陣中での

といったような様子をみると、厳しめに律していないと、自分を見失ってしまって、天下統一の前に自滅してしまうこととなったかもしれません。そのあたり、秀吉は権力の魅力だけでなく、魔力にも気づいていたのでしょう。

この後、神戸信孝は降伏の上切腹、佐久間玄番は捕獲の上斬首、さらに滝川一益も降伏し、秀吉は織田政権を完全に引継ぎます。
センゴクの方は、石田三成も彼のことは気にかけていたようで、正式に淡路を治める大名に昇格することとなります。ただ、様子を見るに政権中枢内での地位は確実に三成のほうが上でになってますね。

岐阜の稲葉山城の落城のころを思うと、センゴクも「大きく」なったものと感慨無量のところがあります。

さて、信長から秀吉へと政権が移り、これで「天下も安泰」とならないのが、世の常で、毛利、北条、長曾我部といった外敵だけでなく、友軍内にも火種が燻っています。織田信雄が自分のこれから生まれる子供が男子であれば「三法師」という、織田政権の名目上の当主である信忠の子供と同じ名前をつけると言い出しますし、家康のほうへは天台宗の僧侶・隋風が訪ねてきて、彼の心中に隠れている

といった野心を表に引っ張り出してきます。この隋風というお坊さんは、明智光秀が本能寺の変後、山崎の合戦で敗れて敗走するところなど、天下の政に変化の兆しがあるときに現れてますね。実は、この「隋風」というお坊さんは、のちの天海僧正。徳川幕府の成立後、家康・秀忠・家光の三代に亘って幕府の政策に大きな影響を及ぼす人物ですね。

ここでは、家康の息子で秀吉の養子に出され名門・結城家を継いだ結城秀康も登場します。彼は、兄・信康が信長の命令で殺された後、跡目を継いでもよかったのですが、能を見ているうちに幽玄界へ彷徨い込み、信康の母親・築山殿の恨みを感じとることとなります。そのせいでしょうか、天下を狙うことを決意した家康に呼び出された時に

といった言葉をもらすのですが、このあたりの「鬱屈」が、家康が彼を嫌った原因でもあるのかもしれません。

そして、秀吉に安土城を明け渡すよう命令された信雄が腹に据えかねて、反逆を決意するところから再び戦乱の気配が濃厚となります。信雄は、徳川家康に手を結ぶことをもちかけ、家康のほうも、和睦していた北条に秀吉を討つことを通知、さらには長曾我部にも援軍を要請し

ということで、小牧長久手の合戦がいよいよ始まります。ここで流石なのは秀吉で、信雄・家康の反逆の報を受けるや、腑抜けている近臣たちをあてにせず、自ら現状と打開策を考え始めます。

このあたりは、裸一貫から、知略で戦国時代をのし上がってきた男の実力を改めて感じますね。

【レビュアーからひと言】

北ノ庄の戦で敗れた佐久間玄番は捕縛されてから、降伏して秀吉政権に仕えるよう勧められるのですが、これを断っての斬首です。彼の姿には、ある種の潔さを感じますね。

彼は、三方ヶ原の合戦以来、センゴクを「センゴク兄」と尊敬していて、北ノ庄の合戦の時も、秀吉につくか勝頼に降伏するか、心中でセンゴクに相談していたようですが、どうやら、「戦国の世」に殉じることを決断したのだと思います。

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民衆の力をもとに秀吉、光秀に勝利す ー 宮下英樹「センゴク一統記 5~7」

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秀吉と勝家の対立は深まり、「賤ケ岳の戦」開戦 ー 宮下英樹「センゴク一統記 10」

センゴク、長宗我部軍と激突。しかし、そこに「箱網」の仕掛けが ー 宮下英樹「センゴク一統記 11」

センゴクの「四国の戦」と秀吉の勝家との対決、ここに決着 ー 宮下英樹「センゴク一統記 12」

落ち武者から国持大名へ、その後、戦で大敗北して改易。そこから復活して、徳川将軍家の相談役まで昇進した戦国一のジェットコースター人生をおくった「センゴク」こと「仙石秀久」の半生記が描かれる「センゴク」シリーズのSeason3「センゴク一統記」の第12巻。

前巻までで、四国へ渡って長宗我部元親の牽制を図っていたセンゴクが、「引田の合戦」で長曾我部軍と激突した結末と、賤ヶ岳で柴田勢と膠着状態にあって秀吉勢がいよいよ柴田勢と決着をつける「賤ヶ岳の合戦」の顛末が描かれるのが本巻。これにより、秀吉は織田家の筆頭家老にのし上がっていくことになりますね。

【構成と注目ポイント】

構成は

VOL.99 命の使い途
VOL.100 夢の行き場
VOL.101 岐路
VOL.102 鬼玄蕃
VOL.103 抜山蓋世
VOL.104 物憂き家路
VOL.105 女の希み
VOL.106 北ノ庄の一夜
VOL.107 餞別

となっていて、前巻に引き続いて、四国の引田で、長宗我部元親の「箱網の計」によって、長宗我部軍に取り囲まれ、壊滅状態になったセンゴクの様子から今巻はスタート。

森三人衆のうち、仙石久村、仙石久春はセンゴクの退却を助け討ち死という事態を迎えます。残った一人・仙石久武らの殿軍でようようのこと窮地を脱することができます。とんでもない敗戦なのですが、せめてもの救いは、この負け戦で脱走を考えた配下が、

と彼を慕って戻ってきたことでしょうか。こうした苦難を重ねてつくったセンゴク隊の強固な結束が、後に改易され復活を果たす時に生きてくるのでしょうね。

舞台はかわって「賤ヶ岳の合戦」の場面に転換。こちらでは、信長に改易された佐久間信盛の甥の佐久間玄蕃が峰々をぐるっと回り込み、羽柴勢の中川清秀の陣に攻め入ります。中川義秀は古田織部の義理のお兄さんに当たる人で、「へうげもの」にも登場していますね。さらに、高山右近も敗走させ、一躍、武名を轟かせます。

この勢いにのって柴田勢は、勝家・前田利家が総攻撃がかけられるのですが、ここで堀久秀の守る砦を攻めあぐねているうちに、滝川一益・神戸信孝の牽制のため岐阜に向かっていた秀吉が、再びの「大返し」を見せます。

この大返しによって、羽柴勢の奥深く攻め込んだ。佐久間玄蕃のもとの柴田勝家から退却命令が下るのですが、佐久間玄番の嘆き姿は、一見、一枚岩のように見える「柴田勢」にも実は戦の帰趨を様子見する亀裂がはいっていたといわざるを得ません。そして、その退却するところを秀吉軍は襲って、玄番隊を敗走させます。せっかく、意気盛んに羽柴軍を攻撃していた味方の兵をこういう形で失うのは、戦略的に大きな痛手としかいえませんね。

羽柴勢の砦を攻めあぐねている勝家は当初、決死隊による攻め口の確保を躊躇っていたのですが、玄蕃隊の崩壊の報に正面から犠牲覚悟の攻撃を命令するのですが、前田利家の離脱を招くなど、すでに勝家は「老いた」といわざるをえない状態.

その後、勝家は。秀吉勢に押しまくられていき、北ノ庄城へ落ちのび・・・ということになるですが、柴田勝家とお市の最期は原書のほうで、お楽しみを。

【レビュアーから一言】

賤ヶ岳の戦で、勝家の退却命令を聞き、それに従うべきかどうか

と佐久間玄蕃が逡巡し、「正直、怖いんじゃわ・・・」ともらします。ここらは、三方ヶ原でセンゴクとともに武田信玄の攻撃から生還した、戦国時代の空気を色濃くまとった「武将」が抱く「予感」だろうと思います。そして、その予感は、これからの「官僚派」の台頭を考えるとあながち間違いないような気がします。

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本能寺の変、勃発。光秀の統治策の真相は・・ ー 宮下英樹「センゴク一統記 3・4」

民衆の力をもとに秀吉、光秀に勝利す ー 宮下英樹「センゴク一統記 5~7」

信長後の体制が固まり、長曾我部との戦開始 ー 宮下英樹「センゴク一統記 8・9」

秀吉と勝家の対立は深まり、「賤ケ岳の戦」開戦 ー 宮下英樹「センゴク一統記 10」

センゴク、長宗我部軍と激突。しかし、そこに「箱網」の仕掛けが ー 宮下英樹「センゴク一統記 11」

センゴク、長宗我部軍と激突。しかし、そこに「箱網」の仕掛けが ー 宮下英樹「センゴク一統記 11」

落ち武者から国持大名へ、その後、戦で大敗北して改易。そこから復活して、徳川将軍家の相談役まで昇進した戦国一のジェットコースター人生をおくった「センゴク」こと「仙石秀久」の半生記が描かれる「センゴク」シリーズのSeason3「センゴク一統記」の第11巻。

長宗我部軍が四国の統一を完成させるため、讃岐・阿波へ向けて動き出したとの報を受け、それを抑えるために四国へ渡ったセンゴクたちが、いよいよ長宗我部本隊と向かい合うことになります。戦国時代一、二を争う乱暴れ者のセンゴクのこと、意気込むは十分で長宗我部軍もそこは圧倒するのですが、深謀遠慮の塊の長曾我部元親に彼の力が通じるかどうかが試されるのが本巻。

【構成と注目ポイント】

構成は

VOL.90 引田着弾
VOL.91 忠義と政略
VOL.92 同日開戦
VOL.93 機先
VOL.94 箱網
VOL.95 二辰刻半
VOL.96 巨京(くじら)狩り
VOL.97 箱網の底で
VOL.98 忠実な奴ら

センゴク、引田城近くへ布陣。味方の兵は二千。対する長曾我部軍は二万以上。およそ十数倍の兵力差です。
その中で

というのは、今まで戦国の世を生き抜いてきたセンゴクならではの言ですね。
一方、長宗我部元親は、羽柴ではなく、柴田に味方することを決意。

秀吉に信長と同じように「戦乱を求める臭い」を感じた、という理由ですが、案外、武功一点張りの勝家のほうが後日、扱いやすいと思ったのかもしれません。そして、秀吉の精神的なダメージを与えるため、センゴクを討つことを決めます。

ここでセンゴクに従う津田妙算が、この段階で、四国を統一する意思はあっても、畿内ヘ向かい、天下を狙うつもりのない長宗我部をあえて刺激するようにセンゴク隊が派遣された理由を

と推理するのですが、もし本当とすれば、センゴクは体の良い捨て石ということになるのですが・・・。

そして戦のほうは、引田城へ向け、長宗我部の別働隊・香川信保らが五千の兵が進みます。ここで香川の兵は、引田城が「空城」と思っているので、完全に油断している状態です。センゴクは彼らの油断につけこんで、山中に潜み、一本道を行軍する彼らの軍に銃撃を浴びせます。印象的には「明智の殺し間」のような戦法ですね。

センゴクの銃撃により、香川信保の軍は乱れ敗走するのですが、長宗我部元親は

と慌てません。彼の前には箱網の模型が置かれていて、どうやらとんでもない企みが隠されているようです。

長宗我部に別働隊を退却させたセンゴクは森村吉から預かった森三人衆の熱心な要請に負け、追撃を決めます。この追撃を意気に感じた十河存保も城を出て出陣するのですが、ここの元親のしかける「箱網の計」が仕掛けられているとは、この二人の武将いずれも思いもよらないことだったと思います。

合戦の行方は、與田へ布陣する長宗我部元親の本隊へ向かって逃げる香川の別働隊を追う、センゴク・十河勢の後ろを元親の弟・香宗我部親泰の軍勢が後ろを塞ぎます。センゴク・十河勢が包囲されたことを見極め、元親の本隊が押しつぶすように攻めかけてきます。

センゴク。十河存保ふたりとも討ち死にか?ということろで、森三人衆がセンゴクの危機を捨て身を救うのですが、ここから先は原書で。

【レビュアーから一言】

秀吉の軍隊と対峙する柴田勝家軍には、三方ヶ原の合戦で、センゴクとともに徳川家康の退却を助け、それ以来、センゴクのことを「ゴン兄」と尊敬する佐久間玄蕃が参陣しています。
彼は対峙したまま、膠着した戦を動かすため、

と柴田勝家に決死覚悟の策を提案します。どうやら、三方ヶ原の時は臆病者の気配のあった、この武将にセンゴクが付けた「炎」はまだ点いたままのようですね。

この三方ヶ原のシーンは「a href = “https://takafam.com/weblog/2019/10/24/sengoku-10/” target = “_blank”>三方ヶ原で織田・徳川軍、あわや全滅。その時信玄の身に・・ ー 宮下英樹「センゴク 10」」でどうぞ。

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秀吉と勝家の対立は深まり、「賤ケ岳の戦」開戦 ー 宮下英樹「センゴク一統記 10」

落ち武者から国持大名へ、その後、戦で大敗北して改易。そこから復活して、徳川将軍家の相談役まで昇進した戦国一のジェットコースター人生をおくった「センゴク」こと「仙石秀久」の半生記が描かれる「センゴク」シリーズのSeason3「センゴク一統記」の第10巻。

前巻までで、本能寺の変で信長が斃死した後、山崎の合戦、清須会議と続き、なんとか織田政権の混乱も収まったかに見えたのですが、やはり両雄並び立たずということで、政権内の主導権を巡って再び「戦乱」へと向かっていくのが本巻。

【構成と注目ポイント】

構成は

VOL.81 合縁奇縁
VOL.82 時化の海路
VOL.83 日輪の下
VOL.84 織田家分断策
VOL.85 ややこい合戦
VOL.86 古豪の真価
VOL.87 築城合戦
VOL.88 膠着
VOL.89 合戦の主役たち

となっていて、秀吉と勝家との間がかなり険悪になっていて、一触即発という状況になっています。

ここで大きな役割を果たすのだが「お市の方」で、彼女が勝家を

と励ました後、「ネズミが憚るならば、殺しておしまい」とそそのかします。ここらは浅井長政が唆されたのと同じノリで、彼女の「天下統治の夢」はまだまだ衰えていなくて、かなり上昇志向の強い女性であるようです。乱世を後ろから煽っていたのは、実はこういった女性たちだったのかもしれませんね。

この後、信長の葬儀を断行した秀吉に対し、神戸信孝が怒りを露わにするのですが、柴田勝家は、信孝を支えるのではなく、自ら織田家を継承することを決意します。どうやら「お市の方」の誘導が見事に成功したようですね。

ただ、ここに至っても、

と羽柴秀吉の専横を諫めるというスタンスで止まっていて、織田家あるいは織田領の統治をどうするか、そして周囲の毛利や北条、上杉、長曾我部といた勢力とどう関係を結ぶか、経済政策はどうするか、といったことは明らかではありません。もっとも「お市の方」自身も「天下をとりなされ」というばかりで、ここらの統治論は全く見えてこないので、なんとなく「マウンティング」には熱心で武将としては有能でも、統治者としては失格なような感じがします。

これに対し、秀吉は丹羽長秀、池田恒興らと示し合わせて織田信雄を擁立して、柴田たちに対抗します。そして堺衆も

と味方に取り込み、神戸信孝の攻撃を始めます。単なる「戦働き」ではなく、商人たちに利を与える経済戦略を考えているあたりが、武将としては柴田に負けていても、政治家としての「格」は秀吉のほうが相当優れていたような感じがします。
そして、秀吉は

と天下取りに名乗りをあげます。どうやら、戦国時代がずっと育んできた「下剋上」の”完全体”が誕生したようです。

秀吉勢の攻撃に神戸信孝は降伏、その勢いをかって、冬季のため柴田勝家が北陸から動けないことをいいことに、滝川一益へと矛先を向けます。北陸に籠っている勝家のほうは、お市の方と夫婦の情愛を固くして「ともに織田家と信長を断とう」と決意するのですが、すでに「信長」の時代を超えて新しい時代を体現し始めた秀吉に対し、「旧勢力」という印象を拭えませんね。

物語のほうは、羽柴と柴田との一大決戦地「賤ケ岳の合戦」へと移ります。経済戦略などでは秀吉に敵わない勝家なのですが「戦」となると、秀吉は残念ながら劣勢です。
この劣勢を挽回するために、秀吉が採ったのが「若手への丸投げ」の戦略です。秀吉と勝家という主将の戦闘能力ではなく、羽柴勢と柴田勢という「チーム戦」で乗り切ろうという作戦ですね。ここらは「人蕩らし」の秀吉の能力全開というところでしょうか。

また、この「賤ケ岳の合戦」は、通常言われる「白兵戦」ではなく、筆者は「城塞群同士の戦」とみているようです。
さて、このがっぷり四つの戦で、堀秀政ほかの秀吉勢いの若手が立てた軍略に対し、秀吉は
と称賛を贈ります。さて、その戦略と結末は、というところは原書のほうでお楽しみを。

【レビュアーからひと言】

天下の帰趨を決める「賤ケ岳の合戦」をよそに、センゴクのほうは、長曾我部に攻められ追い詰められている三好の残党・三好三郎(十河存保)の救援のため、四国へ向かいます。後のことを考えると、センゴクと秀吉の間が薄皮一枚入ったような関係となるのは、ここらあたりからかもしれません。

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