仙石秀久、織田信長、豊臣秀吉や徳川家康といった名だたる戦国武将の天下統一を描いた「センゴク」や「大乱 関ケ原」「桶狭間戦記」の著者「宮下英樹」が満を持して、ドイツなどの中央ヨーロッパを舞台にくりひろげられ、中世の封建体制を衰退させた大戦争「三十年戦争」を描いたシリーズの第1巻。
あらすじと注目ポイント
第1巻の構成は
第一話 ファルツの君主
第二話 スペインの商人
第三話 プラハ窓外放出事件
第四話 禁断の果実
第五話 正義の名目
第六話 皇帝軍派兵
<特別講座>神聖ローマ帝国とは何か
<単行本特典>「センゴク」から「三十年戦争」へ(宮下英樹インタビュー)
の6話+特別解説2つ
三十年戦争は
・第1ステージ(1618年〜1623年)ボヘミア・プファルツ戦争
・第2ステージ(1625年〜1629年)デンマーク戦争
・第3ステージ(1630年〜1635年)スウェーデン戦争
・第4ステージ(1635年〜1648年)フランス・スウェーデン戦争
の四期に分かれるとされているのですが、今巻はその第1ステージの発端から描かれます。
まず冒頭では、最初の主人公となるフリードリヒ5世の、ドイツ・ライン地方の真ん中にある「ファルツ選帝候」の宮廷から始まります。このシリーズでは、フリードリヒ5世は多くの学問に通じ、乗馬やフェンシグなど当時の貴族の男性の必須の武術・スポーツに優れ、弁舌さわやかで人柄も申し分ない、という国王です。この優れた才能と容姿で、この頃、ヨーロッパの王室の中で一番の美女といわれたイングランド王ジェームズ1世の王女・エリザベス・スチュアートを射止めたという男性です。
前半部分では、彼は、王妃のエリザベスとの仲睦まじい生活とともに、当時対立の激しかった神聖ローマ帝国内のカトリックとプロテスタントの間をなんとか融和させようと考えている理想家の君主として描かれているのですが、その権力基盤は不安定で、日本の戦国時代でいうと国人侍のような諸侯たちの上に乗っかった国王、という形ですね。
で、彼の属する「神聖ローマ帝国」自体が、三人の大司教、ボヘミア王、ザクセン王、ブランデンブルグ辺境伯、そしてファルツ伯(フリードリヒ5世)たち7人の選挙で皇帝が決まるという体制で、こちらもその時々の趨勢で権力者が入れ替わりうる、という構造です。
ただ実際のところは、オーストリア、ハンガリーを領しているハプスブルグ家がボヘミアも支配していたため、神聖ローマ帝国の皇帝位を世襲していて、東中欧におけるその支配力は揺るがないと思われていたのですが、ボヘミアでボヘミア王の代官がプロテスタントの有力者によって窓から放り投げられて殺され、クーデターがおきたことから、その構造にヒビが入り始めます。
この機会に乗じて、ファルツ候領内のプロテスタント派は、神聖ローマ帝国内のプロテスタント勢力と手を結んで、帝国の支配権をカトリックからプロテスタントへ奪い、ハプスブルグ家の勢力を弱体化しようとします。その企てに、カトリック・プロテスタント融和の理想を封印して、あえて神輿に乗るフリードリヒ5世なのですが・・という展開です。
権力構造が複雑で、さらに宗教的な対立が混じり合っていることから、なかなか日本人にはすんなりと筋道が理解できない「三十年戦争」を、戦国史マンガのオーソリティ・宮下英樹氏がどう料理するか、期待のシリーズの開始です。
レビュアーの一言
時代設定的には、真刈信二・DOUBLE-Sの描く「イサック」の時代設定と被ってくるところが多く、1620年にフリードリヒ5世はスペイン・オーストリアのカトリック連合軍に破れ、その後のプファルツ奪還にも失敗し、オランダへ亡命する際、「ゼッタ」と一緒に逃亡生活を送っています(「イサック」8巻)。
このあたりの描写では、妾腹の弟・ハインリヒに比べて、とても頼りない人物に描かれていたのですが、そこは勝ちに行こうとするときと敗軍の将となった時の人生の勢いの違いが出ているのかもしれません。
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