「大脳辺縁系」は「ウソ」をつかない ー 佐藤青南「行動心理捜査官・楯岡絵麻 サイレント・ヴォイス」(宝島社文庫)

一昔前に、「FBI心理捜査官」あたりがきっかけとなって、「プロファイリング」ブームが巻き起こったことがあった。当時、犯罪を含めた人間の行動を「プロファイル」することによってすべてが分析できる、ってな風潮であったのだが、いつの間にか流行が過ぎ去っていった感がある。
このプロファイリングとはちょっと違って、人間の仕草や行動を観察することによって人間の心理を研究する「行動心理学」を使って、なかなか落ちない被疑者のつく嘘を暴いて事件を解決していく、「エンマ様」こと楯岡絵麻の活躍を描いた「行動心理捜査官・楯岡絵麻」シリーズの第一作が「サイレント・ヴォイス(宝島社文庫)」である。

【収録は】

第一話 YESか脳か
第二話 近くて遠いディスタンス
第三話 私はなんでも知っている
第四話 名優は誰だ
第五話 綺麗な薔薇は棘だらけ

となっていて、「エンマ様」こと楯岡絵麻の、今巻の取り調べの標的となるのは、犯行をのらりくらりと否定するフリーター、成功している歯科医、繁盛している占い師、ベテランの名女優、苦学している音大性といったメンツなのだが、彼らを「行動心理学」的に取り調べをすると、思っても見なかった「暗闇」がぼわっと吹き出してくるのが本書の醍醐味であろう。

さらに、この「エンマ様」は「栗色のパーマヘアの柔らかい印象と猫のような瞳の愛嬌」をもった、モデル顔負けの美人なのだが、そんな彼女が

「人間の脳は大きく三つに分かれるの。大脳辺縁系、大脳新皮質、それに脳幹。これらが三位一体となって、人間の整理や行動を管理しているというわけ」
(略)
「このうち脳幹は人間の基本的な生命維持の機能を果たしている。そして大脳辺縁系は感情を、大脳新皮質は思考をつかさどっているの」
(略)
「人間の脳の大きな特徴は、大脳新皮質が発達していることなの。そのために言葉を介した複雑なコミュニケーションが可能になっている。ところが複雑過ぎて、本心とは逆の意思表示をすることもできる。つまり嘘をつくてってこと。原始的本能的な反射を見せる大脳辺縁系を正直な脳とすれば、大脳新皮質は嘘つきな脳といえるかもしれないわね」

と「行動心理学」の前振りをした上で、

「人は大脳新皮質によって言葉では嘘をつくけれど、完全に嘘をつき通すことはできない。それよりも先に、大脳辺縁系の反射で肉体が反応してしまうから。五分の一秒だけ表れるその微細行動ーマイクロジェスチャーを注意深く観察することによって、私は嘘を見破ることができる。」

と豪語するところに、当方は、なんとも魅了させられてしまうのであるが、詳しくは原書で確認してくださいな。

【あらすじと注目ポイント】

第一作の「YESか脳か」は、このシリーズの第一作。会社経営者の娘の誘拐事件の被疑者の取り調べを通して、楯岡絵麻の行動心理学的取り調べの「すごさ」をフルパワーで感じさせる「エンマ様」の登場話である。嘘と黙秘をつかいわける被疑者の「マイクロジェスチャー」を観察してアジトを突き止めていくシーンは臨場感あふれ、しかも、「おれは何も知らない」と言い張る被疑者に対して、次作以降でも出てくる「エンマ様」の決めセリフの

「だからさっきからいってるじゃない。私は君と話してない。きみの大脳辺縁系と会話しているの。きみは黙ってていいから」

というあたりは、思わず「ほぉーっ」と息を吐いてしまいましたな。
さらに、この誘拐事件だけでなく、他の事件の真相もずるっとでてくるのにはびっくりさせられました。

第二話の「近くて遠いディスタンス」は、ギャンブル狂の男・武井が殺され放火された事件の解決。当初、被害者の男の妻が疑われたのだが、捜査が進むうちに容疑者として浮上した、被害者の高校時代の同級生の歯科医を「エンマ様」が取り調べる話。
もともと、焼け焦げている遺体の身元を判明させたのが、この歯科医の提供する「カルテ」なのだが、ネタバレ的にいうと、このあたりに謎解きの鍵が隠されてますな。この話のポイントは、被害者・武井の殺害を否定する時には「嘘をつくことによる心理的ストレスを解消しようとするなだめ行動」がでないのに、状況証拠をつきつけると「なだめ行動」をする歯科医の行動の矛盾を、「エンマ様」がどう解くか、といったところである。
女性のなにげない行動を自分に対する「好意」と受け取ってしまう「男の哀しさ」が滲み出してくる結末である。

第三話の「私はなんでも知っている」は、売れっ子の女性占い師の熱心な信奉者の夫が殺された事件の解決。
取り調べの標的は、この女性占い師なわけだが、絵麻が彼女に「結婚占い」をしてもらって心理的な隙間に入りこむところと、ふいに「というふうに思い込ませる詐欺師の手口が、わかっちゃった」と豹変するところは、なんか「スカッ」としますな。

話の展開の中で、「相手に安心感を与えた上で、いかにも相手のことをよく知っているように錯覚させる『コールドリーディング』」や「断定的な言葉で二面性を指摘sれた人間は、自分の内面を見透かされたと錯覚してしまう『フォアラー効果』」といった「ウンチク」が披瀝できるTipsもあるので、ちょっと押さえておきたいですね。

第四話の「名優は誰だ」の事件は、浮気者で有名な俳優・内嶋貴弘の撲殺事件。彼は愛人と噂されている若手女優のマンションの近くで、後頭部を何回も殴られて殺されたのだが、その犯人として名乗り出たのが、内嶋の妻で人気女優の「紗江子」という設定。
この「紗江子」を取り調べるのが楯岡絵麻なのだが、「なだめ行動」もなく、犯行をすらすらと供述する彼女に不審を抱く。絵麻は、彼女が誰かを庇っているのではと疑って・・・、と展開。少しネタバレすると、内嶋の浮気相手の若手女優が真犯人のニオイがして、原因は奥さんと別れようとしない「男」への怒りではないかと思わせるのだが、実は・・という筋立て。浮気者の男ってのは罪つくりこの上ないのを感じますな。

最終話の第五話の「綺麗な薔薇は棘だらけ」の被害者の一人が、絵麻の部下にして下僕の「西野」。彼は最近、病気の父親を看病しながら音楽系の大学院に通学している「谷田部香澄」という女の子とつきあっているらしいのだが、絵麻との飲み会の後、姿を消してしまう。
さらに、この「香澄」には結婚詐欺と、複数の結婚詐欺の被害者の男性の連続殺人の疑いがかかる。絵麻は彼女から「西野」が監禁されていそうなマンションの情報を引き出すが、その感ションには、別の男が刺殺されていて・・、といった事件の展開。
絵麻は、殺人行為自体に快楽を見出す「シリアルキラー」らしい彼女の心の隙に忍び込むのに成功するが、香澄が庇っているらしい共犯者が裏切りを告げた途端、彼女は絵麻への信頼を解く。どうして失敗したのか・・、といった筋立て。最近は同性間の恋愛もコモディティ化してきたので、犯人探しの範囲が広がってしまいますな。

【レビュアーから一言】

話の舞台は「取調室」なので、それぞれの話の大方のところはアクション的な動きはあまりない。にもかかわらず、事件の捜査が大きくうねっているような印象を受けるのは、「エンマ様」こと楯岡絵麻の行動心理学的な取り調べがダイナミックに動いているせいかな。

今巻は、絵麻が心理学を学んで警察に入るきっかけとか、彼女が追っている事件とかの片鱗がでてくるのだが、解決は次巻を待て、ということなのでご了解を。

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