「筆の都」のほんわか人情ミステリー ー 桜川ヒロ「四月一日さんは代筆屋」(宝島社文庫)

「代筆屋」というのをネットで検索すると、「手紙代筆専門サービス」とか「手書きの代筆代行サービス」といった仕事がまだ健在のようだ。何かを伝えるときにはSNSやメールがほとんどの時代であるのだが、「手書き」のものを届けるというのは、「言霊の国」らしく、まだまだ呪術的な効果があるのだろう。本書は、広島県熊野町という「筆の都」という別名を持っているが、田園地帯の広がる田舎の町の「代書屋」を舞台にした物語である。

【収録は】

第一通 結婚式の手紙
第二通 ラブレター
第三通 入学祝いの手紙
第四通 履歴書
第五通 タイムカプセル
第六通 遺書

となっていて、いくつかの話が対になっているが、直接の関連は少ない。それそれを単話として楽しめば良いつくりになっている。

登場人物は「四月一日」と書いて「わたぬき」と読む、小太りの男性と、彼の友人の、菓子作りの巧みな「ヤコ」さんという金髪イケメンながら目つきの悪い男性。そして、代筆屋の隣の文具屋「倉八文具店」の店主の女子中学生の「文音」とその弟「信二」という4人(?)である。

 

【あらすじと注目ポイント】

第一話の「結婚式の手紙」は、この物語全体の導入も兼ねての話。主要な登場人物や舞台の紹介などがあるのだが、話の本筋は、若い女性が、結婚式を挙げるにあたって、両親への手紙を依頼してくる話。彼女は、その両親の実子ではなく、それがわかって一時グレていたときもあったという過去の持ち主。
ただ、今は真面目になって、両親とも仲はいいはずなのだが、結婚式には両親が出席を渋っているらしい。さては、結婚の相手はなんかワケありで・・・、といった設定。依頼者の言葉の端々から、隠された事情を察して、依頼者の心の奥底にあるものを手紙の文章に表現する、という主人公の特異な才能のお披露目の話でもある。

第二話の「ラブレター」と第四話の「履歴書」は、ネタバレすると「対」になっている話。
第二話は、卒業間近の高校生が年上の幼馴染の女性に抱く恋愛感情をどうにかして相手についたえたい、という気持ちに「四月一日」さんが応える話であるし、第四話は、就活中で、「私はブスだ」と自嘲しているせいかことごとく企業面接に落ちる大学生の女性と、彼女がそんな劣等感を抱くことになった小学校時代の苦い思い出と、それが解きほぐされる話。なぜ。これが「対」になるのかは、原書で確認してくださいな。

第三話は、この代書屋近くの近くの「やまのべ食堂」という食堂のオヤジと、その孫息子の話。
このオヤジの娘は、親と喧嘩して家を飛び出してしまっているのだが、ひさびさに娘から、息子についての近況を知らせる手紙が届く。どうやら、小学校の入学を控えているらしく、食堂のオヤジは、孫にお祝いをする手紙の代筆を「四月一日」さんに頼むのだが、なんと彼が書いた手紙は「大学進学おめでとう」なんて書いてある手紙であった。その真相は・・・という筋立て。頑固親父と孫息子の優しさにちょっと「うるっ」ときますね。

第五話は二十歳になった男性は、昔、父親と埋めた「タイムカプセル」を掘り出しに来る話。
彼の両親は10歳のときに離婚していて、それ以来、その父親とは一度も会っていない。冷たい父親だと恨む反面、父親が書いた「20歳になった自分」宛の手紙をどうしても読みたくなって、東京からはるばるやってきた、という設定。代書屋との関わりは、そのタイムカプセルを埋めた場所がわからなくて、代書屋の隣の「倉八文具店」の店主の弟の「信二」に道案内してもらう、というもの。
これがきっかけで、父親と再会し、父親が彼に会わなかった真相が明らかになるのだが、このシリーズらしく「ほんわか」とした結末に仕上がってますな。

最後の第六話の「遺書」は「ふーちゃん」と呼ばれている中学生の女の子が、祖母が亡くなった時に残した、彼女あての「遺書」に記された「謎」を解いていくうちに、祖母の残してくれた「大きなプレゼント」にたどり着く話。彼女が、祖母に隠していた「学校での秘密」が明らかになっていくのだが、それを知りつつふわっと包んでくれていた「おばあちゃん」の愛情が涙腺を刺激しますな。
さらに、この話は「倉八文具店」の若き店主の誕生の秘話でもあるので、そこは原書で確認を是非。

【レビュアーから一言】

この話で隠されているのは、「四月一日(わたぬき)」さんと「ヤコ」さんの正体。「四月一日(わたぬき)」さんは見た目は三十代半ばくらいで、「ヤコ」さんのほうも彼とは親友っぽいので同じくらいと思われるのだが、第三話の「入学祝いの手紙」の「やまのべ食堂」の亭主の、今は亡くなっている奥さんがつくっていた「芋ようかん」そっくりの味を再現したり、とか、最終話の「ふーちゃん」の祖母と知り合いっぽかったりと、何やら年齢不詳の気配がある。
さて、その謎解きは・・・、ってなところは本書でもはっきりとは書かれていないので、読者自ら謎解きをしてみてくださいな。あれこれ、思いつく漢字をあてはめると簡単にわかってしまうかもしれんですがね。

まあ、なにはともあれ、筆の都を舞台にした、人情味あふれるライト・ミステリーである。ほんわかとしたい時にオススメですね。

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