寂れたショッピングモールの改修の陰に何がある? ー 吉永南央「糸切り 紅雲町珈琲屋こよみ」(文春文庫)

こういったシリーズ物によっては、より大きな世界を揺り動かす事件であるとか、今進行している巨悪の陰謀といった、より大きな謎に向かっていくものがあって、それにつれてメインキャストの性向が変わってたり、他のキャストにメインの座を譲ったりということがあって、それはそれとして楽しめても、シリーズ最初の頃からの読者は違和感が膨らんでくることがある。

この「紅雲町シリーズ」は有り難いことにそういうことがなくて、シリーズ最初に比べて、「お草さん」の狷介さや気難しさが薄れるという良い意味での変化だけで、その謎解きも、紅雲町周辺の昔に隠されて「謎」を解き明かしていく、という方向を強めている。

【収録と注目ポイント】

収録は

第一話 牡丹餅
第二話 貫入
第三話 印花
第四話 見込み
第五話 糸切り

の五話となっていて、紅雲町の外れにある「ヤナギ・ショッピング・ストリート(通称「ヤナギ」)という名の長屋形式の、昔流行したショッピングストリートの改装にまつわる出来事が今巻の舞台設定。

まず第一話の「牡丹餅」は、物語の始まりに、お草さんが、その「ヤナギ」に夕刻に買い物にでかけたところ、通りかかったロールスロイスに轢かれそうになって、ころんだ拍子に、店先の家電メーカーのマスコット人形「ドリ坊」を壊してしまうところからスタート。これが縁で、ヤナギ」の中心にある老舗・水上手芸店の千景という女主人、古家具・古雑貨を扱う「クドウ」の主人・工藤、電器店を営む五十川たちが計画する「ヤナギ」ストリートの大改装と、それを請け負う設計士・弓削に関係していくのだが、人形が壊されてことに怒ったnドリ坊」愛好家たちから、嫌がらせの手紙やいたずら電話が続く。
はては、店の戸がテープで頑丈に封じられてしまうといった事態がおきて、そのテープを貼ったのは誰?・・、というのが主な謎解きなのだが、認知症の老人を抱える人々の想いが、水泡のように浮かんでくるところが切ないな。

第二話の「貫入」では、この巻で悪役を務めることとなる、お草さんを轢きそうになったロールスロイスの運転手・佐々木が登場。彼の雇い主が、ドリ坊の修理と費用負担、そして「ヤナギ」の改修に支援したいという申し出をもってきて、ということで、単なる改修話に怪しげな陰がさし始める。
そして、この改修話に、水上手芸店の女主人の姑が大反対を始める。彼女は、地元の旦那衆が訪れたり、古川敦という陶芸家も訪れた、この「ヤナギ」に昔あった高級うどん店の「辰川屋」という店の名残の壁を壊すわけにはいかない、と主張するのだが、と妙な主張を刷る、といった展開。
表題の「貫入」というのは、釉薬と焼き物の素地の膨張率の差によって、陶磁器の釉に細かいひびのはいった状態のことで、小蔵屋にディスプレイされている「片口」にそれがあって評判になっている、ということなのだが、実は、この「ヤナギ」をめぐるあれこれに、「ひび」がはいっていることを象徴していることなのかもしれない。

第三話の「印花」では、前話で、「ヤナギ」の改修に支援をしたいと申し出た、ロールスロイスの運転手・佐々木の雇い主(マイケル・ジェイコブソンというアメリカ人の美術品収集家)の意図がはっきりとし始める。それは、水上手芸店の元女主人・幹子が壊してはいけないといった辰川屋の「壁」に残されているらしく・・といった展開。
この辺から、「古谷敦」という陶芸家がここの訪れていたことが、今巻の事件の謎の重要なキーになることがわかってきますね。

第四話の「見込み」では、最初は「ヤナギ」の改修の中心になっていた、古家具屋の工藤の身辺もざわざわとし始める。それと並行して、運転手・佐々木が執拗に「ヤナギの改修」への資金提供にこだわる真意がわかってくるのだが、最初、「金だけが目当て」という書きっぷりであったのだが、その裏には、どうにかいいところを見せようとする、いつも失敗してばかりの父親の姿が現れてきて、他人事とも思えず、物悲しくなりました。

最終話の「糸切り」では、マイケル・ジェイコブソンが探していた、「ヤナギ」の宝ともいえるものが、意外なところに隠されていたことがわかてくるのだが、それに行き着く、お草さんの推理のもとは「辰川屋」の息子の小学校時代が作文で書いた、夏休みの自由研究でつくった「庭」の話。詳細のところは原書で確認いただきたいのだが、ネタバレを少しすると、いつも目の前にあるものには、かえって気づかない、といったところか。

【レビュアーから一言】

最初は、不注意による交通事故か・・、ぐらいから始まった話が、意外に深い企みが隠されていたり、寂れたショッピングモールの改修話に、母娘の複雑な思いが忍び込んでいたり、とミステリーではありながら、古い町の人情話っぽい味わいもあるものに仕上がっていますね。

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