おばあさん探偵、郷土史に残る捏造事件の謎を解き明かす ー 吉永奈央「名もなき花の 紅雲町珈琲屋こよみ」(文春文庫)

紅雲町の和食器+珈琲小売の店「小蔵屋」の女主人・杉本草をメインキャスト、店の従業員・久美ちゃんをアシスタントに展開されるミステリー、「紅雲町珈琲屋こよみ」の第三弾。

このシリーズは、血なまぐさい殺人であるとか、日本中を巻き込む「巨悪」とかは登場しないのだが、近くにありそうな「地方都市」を舞台に、隣でおきていそうな事件の謎解きと、その陰にある「哀しみ」みたいなものを描いているのだが、今巻も、小倉屋におきる商売の危機とか、地方の歴史研究家の世界に隠れた事件とかを扱っている。

【収録と注目ポイント】

今巻の収録は

第一話 長月、ひと雨ごとに
第二話 霜月の虹
第三話 睦月に集う
第四話 弥生の燈
第五話 皐月の嵐に
第六話 文月、名もなき花の

の六話となっているのだが、第一話から第四話までは一話ごとにそれぞれの事件の解決をしながら、第五話話から最終話までの、この巻の主題となる、この地方の「円空仏」にまつわる、十数年前の地域の歴史研究の不祥事というか捏造事件の真相解明へとつなげていく、といった全体構成となっている。

まず、第一話の「長月、ひと雨ごとに」は、小蔵屋の商売の危機に関する話。
小蔵屋は、お草さんの知り合いの珈琲の卸業者から、かなり破格の値段でコーヒー豆を卸してもらっているので、お草さんが気ままな商売をしてもなんとかなっているのだが、その卸業者の「ミトモ珈琲商会」が代替わりして、アメリカ帰りの娘が事業を受けついだのを機会に、その卸値を見直す動きや、小倉屋の近くにコーヒーショップと小売の店を出すという計画が持ち上がるのである。
「ミトモ珈琲商会」の本音を聞くために、前の社長である現社長の父親に会うのだが、どうやら、父娘の間には、意思疎通がうまく図られていない事情があるようで・・、という展開である。結局のところ、その陰には、出世を図る「ミトモ珈琲商会」の幹部が絡んでいて、とよくある企業内の内紛であるのだが、どこかの家具大手企業とは違って、この父娘は若いしますので、ご安心を。

第二話の「霜月の虹」は小蔵屋の近くにあって、多くの飲食店に青果物を卸している「田中青果店」という八百屋の「産地偽装」の話。取材をしている記者・萩尾の言によると、この青果店では、親戚が作った野菜を、京都産であるとか北海道産であるとか偽って、京都産野菜が売りの和風ダイニングなどに卸している疑いがあるとのことである。
知り合いに、この「萩尾」のサポートと後見をしてくれと、頼まれた「お草さん」は彼と一緒に、その偽装事件を調べるのだが、実はその偽装事件は、八百屋だけでなく、仕入れている飲食店のほうもグルらしい。果たして「萩尾」はどう報道するのか・・・、といったのが大筋のところ。
本当は、郷土史研究家になりたかった「萩尾」の世をすねたような態度に、少々、好印象をもてないまま話が展開していくのだが、彼が、次話以降の「円空仏」事件の中心人物として、今巻の展開に関わってくる。

第三話の「睦月に集う」で、この巻の主テーマの「円空仏」事件に関わる主なキャストとなる、「萩尾」、彼の恩師の元高校教師で地域郷土史研究家の「勅使河原先生」とその娘「ミナホ」、萩尾と同じく勅使河原先生の弟子で、博物館の学芸員をしている「藤田」が登場。
話のほうは、この勅使河原先生に頼まれて、お草さんが珈琲の入れ方をレクチャーするという筋で、事件らしい事件はないが、4人の関係の微妙さが伺い知れる展開となっている。

第四話の「弥生の燈」は、「円空仏」事件とはちょっと離れて、お草さんの旧友の「由紀乃」さんの隣家の関する話。彼女の家の横には、かなり古い家があり、そこに、紅雲町で元売れっ子の芸者だった「小林ちう子」という老女が住んできたのだが、長く留守をしていて、その間に家が傾いて、「由紀乃」さんの家へ外壁や瓦が落ちてきそうな気配になってきている。体の不自由な「由紀乃」さんに危害が及んではいけない、とお草さんが、家の持ち主の「ちう子」さんの行方探しに乗り出すのだが・・・、といった展開。
当方がこのシリーズの舞台と思っている「前橋」の近くには「桐生」のような養蚕の産地もあり、それなりの栄えた地方都市の花街の様子とか、面白い話も随所にあるのだが、結末のところは「独居老人の孤独」に突き当たるのが少々苦い話ではある。

第五話の「皐月の嵐に」は、萩尾、勅使河原先生、先生の娘・ミナホ、藤田の間にわだかまりをつくっている「円空仏」事件の真相究明に、お草さんが乗り出し始める。
この事件は十五年前に、紅雲町の寺から「円空仏」が勅使河原先生によって新発見されるのだが、その後、科学調査をする前に盗まれてしまい、真贋が不明のままになった出来事なのだが、これに勅使河原先生が他人が発見したものを横取りした、といった話や、先生が論文を盗作、捏造したといった疑惑がでているというもの。
どうやら、この円空仏の本当の発見者は「萩尾」らしいのだが、彼が師匠に成果を盗まれても師事している理由や、先生の娘・ミナホと萩尾は双方が思い合っているのに、近づきわない理由は?・・、といった感じの謎解きにお草さんが挑むのである。

最終話の「文月、名もなき花の」は、「円空仏」事件の真相が明らかになる話。途中、萩尾の県庁に勤めている母親(彼の一家は役人一家らしい)の架空契約事件と母親の事故ってなことがでてくるのだが、これはあくまで、萩尾の人となりを見せる伏線でありますね。
事件の主展開は、「円空仏」事件の源である、当時、新発見された「円空仏」が発見場所の寺の壊れた須弥壇の中に、小蔵屋の袋に入れられて放置されていたという出来事を核に展開していく。「小蔵屋の袋」に包まれていた、ということで、お草さんの近辺にいる人が事件の真犯人であろうとの予測が立つのだが、それが誰かは、本編のほうで確認をしてくださいな。

【レビュアーから一言】

調べてみると「円空」というのは、江戸時代前期のお坊さんで、独特の作風を持った木彫りの仏像を残した人であるらしいのだが、その作品は全国各地に残されているとのことで、この物語の舞台であろう「前橋」に特有のものではないみたいですね。

もっとも、今巻の事件は、円空仏はいわば道具立ての一つで郷土史の研究者の世界の人間関係にまつわる事件であるので、円空についての知識は殆ど必要ない。地方都市に住む人の間に長年溶けずにいた「わだかまり」が、探偵役の「お草さん」の手で溶かされていくさまをともに体験していくのが主となるだろう。苦味はあるが、後味を悪くするところまでは残らない仕上がりでありますね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です