「小蔵屋」の杉本草という、元気ではあるが、推理力抜群のおせっかいなおばあさんをメインキャストに展開される、「紅雲町」シリーズの第6弾。
はじめにとっかかった出来事があらぬ方向に進んでいって、思いもよらない隠れた事実を暴いてしまう、というのが最近のこのシリーズの特徴なのだが、今巻でも、お草さんの昔の思い出から始まりながら、それと全く関係ない、印刷屋の家族の、家族も気づかなかった謎を暴いてしまうという検討違いの方向へ進んでいく物語である。
文藝春秋 (2019-06-06)
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【収録と注目ポイント】
収録は
第一話 花野
第二話 インクのにおい
第三話 染まった指先
第四話 青い真珠
第五話 花ひいらぎの街角
の五話。
まず第一話の「花野」は、メインキャストの「お草さん」と、彼女の昔なじみのフレンチ・レストランのシェフ・バクサン(寺田博三)が若かった頃の、文学仲間との再会の話。
かつて、この町で「芸樹家村」をつくろうと活動してた芸術家集団の一員であった男性・田中初之輔と再会した二人は、彼が書いたのだが世に埋もれた名作「香良須川」という小説を自費出版しようと計画する。
自費出版の相談のため、市内の大手印刷会社・アルファ印刷工業に相談に行くと、「個人情報」が漏洩したと密かに話し合われていて・・、というのが今巻の始まり。
第二話の「インクのにおい」は、自費出版の相談の過程で、最初相談にいったアルファ印刷工業の下請けの「萬來印刷」という小さな印刷会社が情報漏えいの疑いをかけられていて困っている話に「お草さん」が人肌脱ぐ話。この話では、アルファ印刷工業の社長や社員が、地元の大手企業の横柄さをばんばんに出していて、悪い印象があるのだが、ここらは筆者の「罠」なのでご注意を。
第三話の「染まった指先」で、ようやく今巻の本筋の謎解きである、萬來印刷の古株・小林春秋の妻が、アルファ印刷の現社長の実姉が、三年前に高台のマンションから転落”自殺”した事件にいきあたる。精神が不安定だった言うが、彼女がデザインしたという自宅のイメージとどうも結びつかず、「お草さん」は違和感を抱き・・、といった展開。
この話では、そのあたりは出だしのところで、春秋とアルファ印刷の情報漏洩の犯人がつながっていたのでは、という疑惑まで。話題の中心は突然の「モテ気」に突入して、三角関係に悩む「久実」ちゃんのいじらしさ、かな。
第四話の「青い真珠」では、春秋の娘の咲紀子が登場。実は萬來印刷のアルバイトのデザイナーで、「香良須川」のデザインを担当していた、という設定。かなり、気の強い女性で、萬來印刷の社長を振った「久実ちゃん」に敵意を剥き出しにするが、実は彼女が・・、といったところ。突然の「モテ期」に戸惑う久実ちゃんの苦難は続きますね。
最終話の「花ひいらぎの街角」では、春秋氏の妻の”自殺”の真相が明らかになる。事件なのか、あるいは自殺の原因に夫の”春秋”がかかわっていたのか?、といったことが取り沙汰されるのだが、真相は、前へ、未来へ向かおうとしていた人が、偶発時で「ぽっきり」と折られてしまうようなもので、なにか「切なさ」を遺しますね。これは第一話の芸樹家村の建設挫折に夢砕かれた若者たちと共通してますね。
【レビュアーから一言】
久実ちゃんの三角関係とか、萬來印刷の”春秋”さんの奥さんの自殺や、情報漏えい事件など、筋立て的には、若い頃の思い出の名作の自費出版を喜ぶ旧友の姿に心和むところもあるのだが、少々、苦いものが残る一作ではある。とはいうものの、筋立てに関係ないながらも、心惹かれたのは、「小蔵屋」の従業員の「久実」ちゃんに好意をもった、萬來印刷の若社長が差し入れでもってくるサンドイッチで
サムサムサンドの焼豚レタスサンドに取りかかる。一切れにパンが三枚、甘めのたれの焼豚、マスタード風味のマヨネーズ、トマトスライス、レタスのしゃきしゃきが、口の中で主張しあっていたかと思うと、そのうち渾然一体となったおいしさに変わる。レタスがこぼれようとも、たれが伝おうとも、おいしさにつられて食べるほうが忙しい。
といったあたりは架空のサンドイッチながら旨そうである。ネットで調べると、「サムサムサンド」という店はヒットしなかったが、前橋市の老舗のサンドイッチ店「サークル」という店が見つかる。シャキシャキレタスとハム・チーズ、自家製マヨネーズと玉子の入った「スペシャルサンド」やカツとポテトサラダにペアサンドとかが美味しいらしく、このあたりがモデルですかね。お近くの方はどうぞ食べてみてくださいな。
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