居酒屋の美人女将が、自慢料理で謎を解く ー 有馬美季子「縄のれん福寿 細腕お園美味草紙」(祥伝社文庫)

江戸時代後期の文政の時代の日本橋小舟町にある「縄のれん福寿」を舞台にした、料理もの時代小説である。主人公は、料理人だった亭主・清次に疾走された後、この小舟町で小さな居酒屋を切り盛りしている「お園」という女性で、本書の最初のほうの

女将であるお園は、その美しいうりざね顔には似つかわしくないほど、大きな声で威勢良く言った。
粋な雀茶色の着物を纏った躰は細っそりと柳腰灘、凛とした身のこなしからは芯の強さが窺える。

といったところからは、美人で少々気の強そうな女性が居酒屋に持ちかけられる様々な事件や揉め事をちゃきちゃきっと解決する姿が目に浮かぶのだが、けして元気なだけでなく、悲しい出来事を乗り越えて奮闘する「女将」さんが活躍する、料理と謎解きが中心の時代劇ミステリーである。

時代背景的には、「文政5年」の頃とあるので、厳格に倹約を推奨し奢侈を取り締まった「寛政の改革」も終わり、寛政の改革の反対派で田沼意次派の「水野忠成」たちが幕府の実権を握っていた頃でありますね。将軍自体が「贅沢」な生活をおくりはじめ、老中首座となっていた水野忠成も「賄賂を公認」していた頃のようだから、政治の綱紀は乱れ、でも世の中は贅沢に流れて、といった金絡み、権力絡み、色絡みの各種色とりどりの事件がおこりそうな、時代劇にもってこいの時代である。ただ、主人公は町人の女性、周囲の人物も引退した左官の棟梁とか、瓦版屋といったところが中心で、剣を交える「バトル」は少ないので、剣豪ファンはそのつもりで読んでくださいね。

【構成と注目ポイント】


構成は
お通し 家族の味一品目 謎の料理走り書き
二品目 夏の虎、冬の虎
三品目 月を食べる
四品目 甘酒の匂い
五品目 花咲く鍋
となっていて、それぞれが単話ごとにじけんのや揉め事の謎を解いていく筋立てと並行して、江戸市中で連続する「花」を燃やす「火付け」事件の謎を解き明かす、といった流れとなっている。

まず「お通し 家族の味」は、この物語の全体を説明する導入話。お園の身の上と、「お里」という若い娘が「福寿」の前で倒れていたのを助けるところからスタート。この娘は、今巻の主筋の「火付け」事件のキーとなる人物なので、注目しておいてくださいね。

本筋に入って第一話の「謎の料理走り書き」は、「福寿」の常連の一人で、元左官の棟梁・八兵衛の家の近くに住んでいる、居酒屋勤めの「お梅」という女性の失踪事件。
彼女は最近、「二枚目でスラッとした、面白くて優しい男」と付き合っていると店で惚気けていたのだが、長屋の部屋もそのまましして行方がわからなくなってしまう。彼女はどこかの料理屋から誘われていて、その店の看板料理もつくらせてもらえると喜んでいた矢先であった。お梅の長屋には、その料理の材料らしい「とうふ、ごまあぶら、あおな、ねぎ」という食材をメモした紙が残されていた。その紙の最後には、雨で滲んで「つ」の一文字しか読めないものも載っていて、「お園」はその食材に行方を探す鍵があると、「つ」のつく食材の推理とそれを使った料理を探し始めるのだった・・・、と言った展開。
惚れた男がダメンズだったら、という典型的なお話ですね。
この話の最初のほうで、火をうつろな目で見るお里の姿が描かれていて「付け火」との関係を思わせる振り付けがされてますね。

第二話目の「夏の虎、冬の虎」では、お園の幼馴染で、元同心・井々田吉之進が登場。
彼は、一旦、町奉行所の同心の家を継いでいたのだが、なにか事件に関連して職を辞め、行方知れずのなっていたのだが、実は信濃で剣術修行をしていて、今回、師匠の頼みで兄弟子に手紙を届けてきた、という設定。
幼い頃、憧れていた幼馴染の登場で「お園」が心を動かされる様子が暖かく書かれているのだが、吉之進が失踪したのは、当時惚れあっていた御家人の娘が、彼に恨みをもつ浪人に殺されたためで、その娘・紗代の姿がまだ心の中にある状態なので、なかなか「恋」の火はつきそうにないですね。
謎解きのほうは、どこにいるかわからない、その「兄弟子」の居場所を、お園が推理して突き止める話。その鍵となるのは、兄弟子の詠んだ「春さくら 夏はぼたんに 秋もみじ 江戸の笑いは 山には咲かぬ」という歌というより狂歌に近いものなのだが、ジビエ・ファンにはおなじみのものですね。

第三話の「月を食べる」は、「福寿」の常連の一人で、易者をやっている「竹仙」の依頼で、竹仙の知り合いの貸本屋・利平の母親の「呆け」を治す話。
その母親・お久は貸本屋の客であった、芝居の台本書き・光彰を可愛がっていたのだが、彼が前年の辻斬りにあって命をおとしたことがショックで急に呆けが進行したらしい。その「光彰」はお久の初恋の人によく似ていたらしく、彼女は「今のものはもう何も食べたくない」と食事もほとんどとらずにやせ細っていくばかり。
なんとか食事をとるようにしたいと考えをめぐらすうちに、お園は「今のものは」というお久の言葉にヒントを見出す。「昔のもの」とは何か?、とお久の実家に聞き合わせにいったお園は、お久が、初恋の人・嘉助とよく食べていたという「真昼の月」という料理の名前を効くのだが、果たしてその料理は・・、といった展開。
「初恋の味」の再現といった展開であるのだが、その肝が”カルピス”ではなく”きゅうり”なのは江戸時代ゆえであろう。もっとも、当時「きゅうり」は「黄瓜」という名前のとおり、緑色の状態ではなく熟した「黄色」の頃に食するのが常態であったというのは初めて知りました。

第四話の「甘酒の匂い」は、火を見るとうつろな目になったり、付け火のあった時にこっそりと家を抜け出していたり、という疑惑が「お里」のまわりに膨れ上がり始めているのだが、その「お里」が近くの稲荷神社で男に声をかけられて階段で転んだところを助けてくれた女性に関する話。
その女性は「お妙」といって神田・雉子町に住んでいるお針子をして生計を立てている。その長屋に「お園」がお里を助けてくれたお礼に向かうと、長屋の他の住人から「近所付き合いをしない」とか「酒饅頭をつくってどこかへでかけているのだがおすそ分けもしない」といった悪口を聞かされる。
そこの大家から、「お妙」と「長屋のおかみさんたち」との仲直りを頼まれた「お園」が、お妙が酒饅頭をもって出かけるところを探し当てると、そこは江戸はずれの村で、二十人ぐらい大人や子どもが集まって家の中で何かをしている、時折笑い声や唸り声も聞こえて、家の庭には山葡萄も植わっているという様子。
その饅頭が餡の入っていない、西洋の「パン」によく似ていることや、山葡萄から「ぶどう酒」をつくっているらしい様子をみた「お園」は、お妙たちの集まりが「ご禁制の集会」ではないかと推理し・・・、といった筋立てである。切支丹かどうかは別にして、コミュニケーション障害の人は、江戸の長屋ではさぞかし暮らしづらかっただろうな、と同情させられたりします。

第五話の「花咲く鍋」は、第四話で「実家へ帰る」という書き置きを遺して姿を消した「お里」の実家と彼女の正体や、お園の幼馴染・吉之進と兄弟子との間に隠れていた、吉之進の亡恋人・紗代が殺されて事件の真相、そして花のあるとところに火をつけて回っていた連続付け火犯の正体が、どんと一括して明らかになります。
この真相のところで、当時の幕政の陰の部分も関係してきて、かなりふうわりとした展開を続けていた本作の「暗い」部分がぬっと顔を出してくる。
謎解きの鍵となる「おだまき蒸し」の
仲良く並んでいる紅白蒲鉾。紅蒲鉾はお里、白蒲鉾は光影のようにも見える。それを卵がふんわりと包み込んでいる。卵は菊水丸の印象だ。卵と菊。似た色彩でもあるし。一見茶碗蒸しだが、この料理の底には、うどんが潜んでいる。白くもちもちと美味しいうどんであるが、そこで渦巻くその姿は、執念深く絡みつく、白蛇のような魔物にも思える・
といったところが象徴しているんだろうか。
話は、お里や吉之進、さらには人気役者の菊水丸など、今巻の登場人物の多くを互いに結びつけた感じで結末へ向かうのだが、詳細は原書で。

【レビュアーから一言】

このシリーズは、それぞれ、居酒屋の娘の行方不明であったり、隠れキリシタンらしい女性の話であったり、といった謎解きの鍵にうまそうな「料理」が使われていることで、例えば

豆腐百珍にも出ているらしい、水切りしたとうふを手で無図示て油で炒め、みじん切りの青菜も入れて混ぜる。そこに、硬めに茹でた素麺を入れて、そく混ぜて醤油で味をつけた「とう乳麺(とうふめん)」

とか

すいかの赤い実の部分と、硬い外皮を取り除いた、薄い緑色の部分を適度な大きさに切って、ごま油で炒めて、醤油と味醂で味付けをした「西瓜のきんぴら」

であったりと、一風変わっていながら、現代でも通用しそうな料理の数々がでてくる。
おおきな立ち回りや、アクションシーンの続く「剣豪時代劇ミステリー」や歴史の渦の中に隠れてしまった謎を解き明かす「歴史の秘史水テリー」とは違った風味が楽しめるミステリーである。
解説によると料理の「時代考証」もしっかりそているようなので、そこらあたりに煩い人にもオススメであるようです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました