人間誰しも負けたくはないのだが、「負ける」機会は、「勝つ機会」に比べて圧倒的に多いのが世の中の常というもの。
そんな時に、「負け」から何を学んで、何を次につなげていけるかが、未来に向けて大事なことだ、とはよく言われるのだが、なかなか、「負け」を活かすことは言うほど簡単なものではない。
そんな時に、参考となりそうなのが、「負ける」ということに一番よく接している「アスリート」のアドバイス。そんなアスリートの中でも、オリンピックのハードルの「銅」メダリストでありながら、100メートル選手からの転身の経験をもっている「勝ち」も「負け」双方の大きな経験を持つ筆者が、アドバイスしてくれるのが本書『為末大「負けを活かす技術」(朝日文庫)』である。
【構成と注目ポイント】
構成は
第1章 自分を「見つめる」
第2章 「負け」を恐れるな
第3章 「勝利条件」を設定せよ
第4章 「強い自分」を作る
第5章 「勝つヒント」を知る
第6章 自分を活かす「選択」
第7章 「日常」を整える
第8章 「お金」に人生を賭けるな
第9章 小さな「幸せ」をこそ求めよ
となっていて、まず
オリンピックは、多くの勝者と同時に、敗者も生み出すが、これはまた、多くの人の人生にとっても同じだと思う。
しかし、それは恐れるべきことではないと僕は思っている。大事なことは、しっかりと自分に向き合うことである。負けから逃げることはできない。それに向き合うことからしか、人生は始まっていかないのだ。(P7)
といったあたりから始まるのだが、「勝ち」と「負け」が多くの場合「セット」であること、あるいは「負け」なければ「勝ち」もないといったあたりを示唆してくれている。
さらに、このセット感は、「勝ち」の状態がずっとは続かないことにもつながっていて、
スポーツにおける最高の瞬間は、引退後に耐えられない状況を生み出しかねないのだ。実際、活躍した選手で、現役時代より幸せになった、という人にほとんど会ったことがない。(P20)
といったあたりを見ると。「勝つ」だけではなく、「勝ち」の後の「負け方」のほうが人生の幸せの点では大事なのだな、とさえ思えてくるのである。
そして、そんなふうに「勝ち負け」を「表裏」のものとして考えた場合に大事になるのは
本当の失敗や敗北とは、転倒したという結果ではない。転倒したまま起き上がらないこと。僕はそう思うようになった。そして、それさえ意識できたなら、確固たる失敗というのは、存在しないとも思った。(P41)
や
ある価値観のもとで勝ったり負けたりしても、別の価値観を持つ人には勝ち負けとはならない。つまり本来なら、「みんな」にとっての、一様な勝ち負けというのは、設定できないのである。(P239)
といった「勝ち」や「負け」に対して「相対的」に考えるということのようで、その視点に立って『「みんな」に引きずられてはいけない。』であるとか『もとより「みんな」の世界観の社会では、幸福の量は極めて少ない。手に入れられるものが、限られていることが前提だからだ。』といった言葉を踏まえると、「勝ち負け」をどうこう論じる前に、自分は「何を「勝ち」と考えるか」ということを考えることが必要なのかな、と思うのである。
ただ、その場合、
ロジックだけで判断していたら、理解できる範晴の仕事しか受け入れられなくなる。普通に割に合うように生きていたら、結局わかる範囲の経験しか溜まらなくなり選択肢が狭くなる。(P183)
であるようなので、くれぐれも縮こまって考えないことが大事なようですね。
このほか、世界を転戦したアスリートらしく
努力すること、苦しむことと成果が必ずイコールであるという一種の信仰のようなものが、日本人には強くある。そしてこれが、日本人が無理にスケジュールを詰め込み、忙しく苦しい状況を招いている原因なのではないか、と思った。
といったところもあり、スポーツに限らなない、日本人特有の思考や行動スタイルを振り返る時に有益なアドバイスもあるので、あわせて読んでおきたいですね。
【レビュアーから一言】
日本人アスリートのアドバイスは、どうかすると、とても「求道的」な方向にいってしまって、「ただ一筋の道」的な臭いがすることこがあって鼻につくことがあるのだが、この筆者の場合、そういうところがなく、極めてフラットに語られるのが良いところであろう。そんな筆者によれば
アスリートとして世界一に挑んできて、わかったことがある。それは、世界一へは何通りも道がある、ということである。もっと端的に言ってしまえば、世界一になるための方法や答えは、ひとつではない、ということだ。
ということであるらしい。「みんな」に盲従するのではなく、自分のビジョンや志をどうブレさせずにおくか、そんなあたりのヒントが貰える一冊でありますね。
負けを生かす技術 (朝日文庫)
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