”江戸小紋を町民の手に”が「五鈴屋」の願い ー 高田郁「あきない世傅 金と銀 7 碧流篇」

大坂・天満の呉服屋・五鈴屋の女衆として奉公に上がった、村の寺子屋師匠の娘・幸が、この大店を引き継いで、女性実業家として成り上がっていくサクセスストーリー「あきない世傅」シリーズの第7弾が『高田郁「あきない世傅 金と銀 7 碧流篇」(時代小説文庫)』。

前巻で女主人では、なにかと商売がしづらい上方を離れて江戸へ店を構えた「幸」であったのだが、江戸店もだんだんと江戸庶民から認知され始め、江戸の上昇気流が吹き始めるのが今巻。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 初空
第二章 針供養
第三章 縁を繋ぐ
第四章 三思九思
第五章 手掛かり
第六章 七夕
第七章 待ち人きたる
第八章 跡目
第九章 寒紅
第十章 それぞれの矜持
第十一章 江戸紫
第十二章 花道

となっていて、まずは、帯結びの教室を「店前現銀売り」で開いたらと助言をしてくれた五鈴屋出入りの指物師・和三郎の姉・お才と彼女の知り合いのおかみさんたちが、「帯結び」の教室にやってくるところからスタート。五鈴屋の名前を広めるために無料で始めたものなのだが、この縁がもとで「江戸小紋」の商売への大きな味方を得ることになるのですが、それはこの巻の後半で。

この巻で、「幸」の五鈴屋がじわじわと上昇気流に乗り始めるきっかけは、上方の時と同じように「芝居」と縁をつないだこと。上方では「人形浄瑠璃」であったのだが、江戸の場合は「歌舞伎」の役者衆とのつながりで、若手役者の絹物の稽古着の裏地を「木綿」にするという小技が発端となります。着物のことを知らない当方にはピンとこなかったのですが、本書によると「着物には、表と裏の地質を合わせる」という約束事があるらしく、絹物の裏地は羽二重などの「絹」というのが常識で、「幸」のやったことは当時としては、かなりの掟破りであったようですね。まあ、このあたりに、幸の「真骨頂」が出ているといっても過言ではなく、ここらが、武士のものと皆が思っている「小紋染め」を町民のために開放しようという試みにつながっていきます。ただ、これが御公儀からの「お咎め」を受ける素因にならないとよいがな、といらない心配をしてしまうのは当方だけでありましょうか。

さて、話のほうは、この「稽古着」が評判になって、歌舞伎役者や芝居小屋から注文が舞い込み始めて、という感じで、五鈴屋の存在感が江戸でも徐々に増してくることになります。こうしたつながりを活かしながら、「幸」は、江戸小紋を町民が着る着物に使えるようにしようと奮闘を始めます。
「伊勢型紙」を使った新しい柄を開発したり、腕利きの職人であったにもかかわらず父親が咎めをうけたことで「型染め」から手を引いていたお才の亭主・力造の協力を引き出すことに成功したり、「五鈴屋」が新しい流行をつくっていく基礎づくりが着々と進んでいきますね。
そして、その結実が、中村座の人気役者の中村富五郎がもってくる話なのですが、詳細は原書のほうで確認を。
幸のもともとの望みは、舞台の「小物」でもいいから、五鈴屋のものを使ってもらえたら、ということだったと思うのですが、「商売」としてはそれに優るPRの機会を得ることとなります。

このほか、吉原に近い茶屋町のあたりで、五代目の「惣次」の姿をみかけたり、上方から、可愛らしい娘に成長した妹「結」が江戸へやってきたり、といったサイドメニューもしっかりと用意されているので、そちらのほうもお楽しみに。

【レビュアーから一言】

筆者の他の人気シリーズ「みをつくし料理帖」では、江戸の料理修行という色合いが強かったせいか「上方」のことが描かれることは少なかったように思うのですが、この「あきない世傅」シリーズは、もともとが上方の話なので、江戸と上方の違いといったことがよく出てきます。本書では

大坂の商家は、極めて粗食だった。
昼にご飯を炊いて、青物を煮たり炊いたりしたお菜が一品。月に二度ばかり魚が付く。夜は冷ご飯でお茶漬け。翌朝は残った冷や飯を茶粥にする。
朝夕のお菜は、ヵ抵、天満大根の香々のみ。無論、日によって茶粥が雑炊になったり、たまに汁物がつくこともあるが、一年を通じて実に倹しい内容だった。五鈴屋の主従は、そうした食に長く慣れ親しんでいたのだが、江戸に移り住んで、随分と変わった。
江戸っ子は朝に一日分のご飯を炊いて、熱々の味噌汁を添える。佃煮や納豆、煮豆などを棒手振りから買い求め、お菜とする。昼には魚を煮たり焼いたりして一菜。
夜は「おじや」と呼ばれる雑炊を食す。幸の判断で、五鈴屋江戸店でも、同じような食を取り入れるようになつていた。

といった風に、日常の食生活の違いを紹介しているのですが、案外、こうした食生活の違いが「気質の違い」を生み出しているのかもしれませんね。

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