「つる家」と澪の、その後のほっこりとした物語 ー 高田郁「みをつくし料理帖特別巻 花だより」

上方出身の「下がり眉毛」の女性料理人「澪」が、江戸の小さな料理屋「つる屋」を舞台に、その料理の腕で評判を上げていく「成り上がり」ストーリー「みをつくし料理帖」の後日談が描かれるのが『高田郁 「みをつくし料理帖特別巻 花だより」(時代小説文庫)』。

本編のシリーズで、澪が登龍楼との勝負で考案した「鼈甲珠」のパテントを使って、見事、「あさひ太夫」こと「野江」の身請けをして、大阪へ帰ってから4年後のそれぞれの暮らしと環境の変化が描かれる。

【収録と注目ポイント】

収録は

「花だよりー愛し浅蜊佃煮」
「涼風ありーその名は岡太夫」
「秋燕ー明日の唐汁」
「月の船を漕ぐー病知らず」

となっていて、まず第一話の「花だよりー愛し浅蜊佃煮」は、澪が江戸に出て立派な料理人に成長するまで苦楽をともにした「つる家」の主人・種市の話。彼は最近、化け物稲荷のところで「水原東西」という易者から、「来年の桜をみることはできないだろう」と予言され、がっくりと元気をなくしている。易者なんてのは当たる八卦、当たらぬも八卦とは言うのだが、この水原東西という人物は、大阪で「野江」や「澪」の運命を予言した易者で、よくあたるという評判なので、種市が気落ちするのももっともなところ。

で、どうせ来年この世にいないなら、ということで、戯作者の清右衛門や版元の坂村堂と一緒に「上方まで行って澪に会う」と思い立ち、という筋立てである。この当時、旅は命がけという雰囲気もあったから、70歳過ぎの種市にとっては一世一代の大勝負といった感じでもありますね。そして、旅の途中も「来年の桜は見えない」という卦が気になってしょうがなかったのだが、小田原の宿で本物の「水原東西」と偶然出会い、江戸での占いは偽物の仕業とわかって一安心という儲けものの事態となるのだが、箱根の山を越えたあたりで老骨に鞭打ったのがひびいてきて・・、という展開です。

第二話の「涼風ありーその名は岡太夫」は、澪と相思相愛の仲になりながら、澪の料理への情熱に勝つことができず、泣く泣く別れた「小松原」こと「小野寺数馬」と、澪と分かれる口実に使った大身の武家娘・乙緒との、なんとも不器用な夫婦生活が描かれる。この乙緒という女性、大目付を務める大身旗本のお嬢さん育ちとあって、「能面」と陰口をたたかれるぐらい、感情を表にだすのがひどく苦手な性格である。そんな彼女も、数馬と澪の「悲恋」の話を、義妹の早帆から聞いて、夫の心はまだ「澪」のもとにあるのでは、心がどよおんと沈んできている。

そこで、二人の仲をとりもったのが、姑の里津が、数馬との間に「溝」ができたように感じたら、彼に「岡太夫が食べたい」と伝えなさい、と言い残してくれたことを思い出し・・・、という筋立て。なんとも不器用な「数馬」と「乙緒」がじりじりと仲睦まじくなっているのが、じれったくも微笑ましいですね。特に、乙緒の変人ぶりがそこにいい味を醸し出しています。

第三話の「秋燕ー明日の唐汁」は、「あさひ太夫」から落籍し、一度潰れた生家の「高麗橋淡路屋」を再興した形となっている「野江」の話。シリーズ最後の「澪」による「あさひ太夫」の身請けのときに、幼馴染に身請けされたのでは「野江」が後々まで遠慮するから、ということで、生家の「淡路屋」の元従業員が店を再興し身請けした、との設えにしてあるのだが、彼女は「又次」の思い出が忘れられずに・・という筋立てですね。もっとも、又次とは、野江が吉原の禿のときに脱走しようとして捕まったときに助けてくれたという縁で知り合ったもので、色恋沙汰はありませんので念の為。

で、話のほうは、野江が店を継いでからもうすぐ三年となり、大阪では「女性」が店を主人として預かることができるには三年間だけという決まりがあり、誰か婿をとらないと店が再度潰れることになるが・・・、といった展開です。この話の最後の方、淡路屋の番頭・辰蔵が澪に作り方を教わって、野江に調理して提供する「唐汁」の

白い汁に、ささがき牛蒡と油揚げと蒟蒻。荒く刻んだ青葱が散らしてあった。両手で器を包んで香りを嗅げば、味噌とはまた異なる柔らかな優しい匂いがする。椀に唇をつけて、すっと一口啜れば、程よい塩味がした。・・・牛蒡はささがきにしては分厚すぎ、油揚げと蒟蒻も形が揃っていない。けれど、青葱が加わったことで、色目が美しい。

といったところは、なんともそそりますね。

第四話「月の船を漕ぐー病知らず」は、いよいよ真打ちの「澪」と「源斎」の話。

大阪に帰ってきて、澪は、北鍋屋町の長屋の端に「みをつくし」という名前の、造作は「つる家」そっくりの飯屋を営んでいて、ようやく繁盛し始めたときに、家主から長屋を取り壊すので出ていってくれ、と追い立てをくらっているという始まり。さては因業大家と思わせるのだが、実はその長屋を持っていた父親が流行り病で急死して、それを思い出して辛くなるので手放したい、という事情。さらには、その父親の主治医が源斎だった、という設定である。

店の行く末をあれこれ悩む澪なのだが、ここで、源斎が流行り病の治療で市中を駆け回っていた疲れと、流行病を防げなかったという気落ちが重なって病気となってしまう。そして源斎は食べ物をほとんど受け付けなくなって、衰弱していくばかりだったのだが、澪のつくったある料理をきっかけに食欲を取り戻します。そして最後の大団円、澪が新しく店を開く場所は・・・いう展開です。

【レビュアーから一言】

第四話で源斎が食欲と元気を取り戻すきっかけとなるのが「味噌汁」なのですが、その味噌は

味噌蔵で何年も寝かされた味噌のような、下に絡む濃い味ではない。若々しく、あっさりと甘い。ただし、白味噌とは異なり、麹の甘さに加えて大豆の味が立っている。
一瞬、自分の立つ場所が、大阪の道修町ではなく、元飯田町のつる家になった。
(略)
ああ、江戸の味だ。味噌汁に味噌煮に焼き味噌に、といろいろな料理に使った江戸の赤味噌だ。

といったもので、この味噌を使った寒蜆の味噌汁と炊きたての飯で、源斎は蘇ります。醤油と味噌ってのは、日本人のソウルフードであり、故郷の味であるのだな、という実感がわいてくる一節でありました。

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