警察学校を舞台にしたミステリーというのは、外界から隔絶された密閉空間であるせいか、内部で様々な諍いやトラブルが起きるのは、他の「学校もの」や「病院もの」と同じなのですが、警察官という「権威性」をもった職業に憧れるセレクトされた警察官志望者や、捜査の現場からちょっと外れてしまった警察官が登場し、しかも、入学から卒業までが、6ヶ月〜1年程度の短い期間の間の凝縮した物語という特徴をもっています。
本書『長岡弘樹「風間教場」(小学館)』は、2020年の新春に木村拓哉さんを主人公にTBドラマ化された「教場」のセカンドシーズンのタネ本ですね。
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あらすじと注目ポイント
物語は、第百二期の入校生を迎える風間教官のもとに、「教場」の第一話ででてきた小学校の教員から警察官に転身し、今は警察署の地域課に配属されている「宮坂定」が、仮入校の際の世話係として警察学校にやってくるシーンからスタートします。彼は、今巻の要所要所にでてきて、物語を進めていく役割を担いますので、覚えておきましょう。
そして、彼以外に今巻で重要なキャストとなる一人が、助教の平優羽子という女性警察官。彼女はまだ若い警察官なのですが刑事課経験もあり、なんと風間が目を犯人にやられた時に現場に一緒にいた、という経歴の持ち主です。そしてもうひとりは、警察学校長の久光で、彼は目立ちがり屋で、新しいポストに就いたときはなにかパフォーマンス性の強いタスクを職場で取り組ませることで有名なようですが、今回は、風間に「退職を一人も出さない、落語者ゼロの教場をつくろう」と宿題を出します。もし辞める生徒がでたら、風間も責任をとって職を辞してくれ、という条件も出すのですが、これに隠された意図は、物語の最後のほうで明らかになります。
で、物語は、新しく入校してきた生徒たちがそれぞれに悩みや課題を抱えつつ、無事卒業までこぎつけるかどうか、というものなのですが、第一作の「教場」、第二作の「教場2」の場合は、いずれも入校生はかなり特徴のある「前職」を持つ転職組が多かったのですが、今回は、新卒者や、親や兄弟・親戚が警察官という「一族」の出身者が多いという設定になっていて、その分、引き起こす事件やトラブルも前二作とは勝手が違う展開です。
それは、例えば、時間にルーズでいつも遅刻する男子生徒・漆原透介が入校式に遅刻しそうになった失態を、先輩警察官に助けてもらったことによって起きた事故であったり、警察官の道を選んだもののマスコミ志望の夢が忘れられず転職を狙う峯村親兄弟がエリート警察官であるために、本人の意志がどうあれ「警察官の道」を選ばざるをえなかった警察官一家の子供・伊佐木陶子や杣利希斗の苦悩の末の恋愛と辞職の選択であったりと、警察学校でいい成績をとるための打算的な動きとか、感情的なもつれによる諍いとか、見やすい動機の多かった前二作に比べて、くぐもった感じが強い話が多くなっているようですね。これも「時代性」というものでありましょうか。もっとも、美人助教にセクハラをしかける生徒は前二作ではでてこなかったので、その分牧歌的ではあったのかもしれません。
そして、ちょっとネタバレすると、本作の最後の方では、左目を犯人に傷つけられて失明している「風間」の目の状態が悪化していっていることが明らかになるのですが、それに対しての入校生たちの対応に「ほろり」とさせられるのと、数年後の入校生から嬉しい情報が手に入るので、最後まで楽しみに読みましょうね。
レビュアーから一言
本シリーズの魅力は、学校内におきる「プチ事件」の謎解きとあわせて、厳しい訓練や人間関係で落ちこぼれそうになる新米警察官と、それをフォローしていく風間たち教官との感情のぶつかり合いや心の交流というところにあるのですが、はしばしにでてくる「警察」ネタの「名言」も忘れてはいけないでしょう。
例えば、警察学校での訓練が続くうちの生徒たちの顔が生気をうしなっていくことをとらえての
いわゆる難民と呼ばれる人たちがそうであるように、人間は疲れ果てると表情を失くす。新入りのうちは世紀のある顔だった学生も、閉鎖的な校内で暮らして自由を奪われていくうちに、喜怒哀楽の感情を喪失していく。そうなると、頬の筋肉が固まってしまう。そのような現象は、これ以上久利生しまないよう自己防錆のために仮面をかぶる行為でもあると解釈できた
であったり、学校内の部活動の「茶道」の場面での
杣が言うには、点前の作法について、その場でメモを取らせてもらえないことが大変だったそうだ。「考えてはいけません。自分の手が知っているのだから、手に聞きなさい。」それが講師の口癖だったという。
(略)
点検教練や拳銃操法で、同じ動作を何度も繰り返すのは、意識せずに型どおりに手が動くようにするためだ、
といったあたりは、他の場面でも使えそうな言葉だと思いませんか。
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