「王道」ばかりが「道」じゃないー高野秀行「間違う力」

感染症による行動制限が続く中で、世の中に抑圧感が日に日に高まってきているのを感じていて、こんな時向けに気の晴れる本が欲しいと思うのだが、やる気を鼓舞する煽り系や、明日に向かって・・の応援系は、疲れている「精神」には刺激が多すぎて、ちょっと敬遠、という方も多いと思います。
そんな時におススメしたいのが、早稲田大学探検部在籍時にアフリカでの幻の獣捜索を描いた「幻獣ムベンベを追え」でデビューし、以後、辺境地をテーマにした、通常人とは違った「奇行」的なノンフィクション・旅行記などを現している筆者の「脱力系」「脇道系」人生訓が本書『高野秀行「間違う力」(角川新書)』です。

構成と注目ポイント

構成は

はじめに
第1条 他人のやらない無意味でもやる
第2条 長期スパンで物事を考えない
第3条 合理的に奇跡を狙う
第4条 他人の非常識な言い分を聞く
第5条 身近にあるものを無理やりでも利用する
第6条 怪しい人にはついていく
第7条 過ぎたるが及ばざるよりずっといい
第8条 ラクをするためには努力を惜しまない
第9条 奇襲に頼る
第10条 一流より二流をめざす

となっていて、筆者が大学の探検部に入って、「無謀にも」アフリカ探検にでかけるところから現在の「納豆」探索のところまでのあれこれが綴られているのだが、その根底にあるのは

日本にしてもタイにしても、変わるときには価値観や習慣までもががらりと変わってしまう。・・・所詮ヴィジョンなんて「絵に描いた餅」だった。
だから今、思う。
やっぱり、長期スパンで考えても意味ないんだな、と。

(「第2条 長期スパンで物事を考えない」)

というある種の「諦感」に根差した逞しさなのですが、この感覚は、今回、新型コロナ禍で、いままでの価値観があっという間に変化した私たちには「既視感」がありますね。ただ、一方で今までの考え方や常識がぐらついているにもかかわらず。「新しい何か」が出ていない、というのが感染症という不意打ちで生じた今の状況でここらには

一攫千金や人生一発大逆転とは別次元だが、もっと地道に柔軟な発想を得るには、他人の話をじかに聞くのがよい。とくに私は非常識な話に興味がある。
これまた「自分の好みをはずす」と同じ理屈になるが、常識的な話は自分にとって新しくないし、ましてや一般世間にとっても新しくないからだ。
(第4条 他人の非常識な言い分を聞く)

であったり、

結局のところ、怪しい人についていくと、たいていは痛い目に逢うが、ときには素晴らしい幸運に出会うこともある。それも前もって知ることはできない。
だから、怪しい人に誘われたら、とりあえずついていくしかないのである
(「第6条 あやしい人にはついていく)

といったあたりは、今の「閉塞感」を打ち破る「秘策」になりうるかもしれません。
もっとも、だからといって真正面からいくものとは決まってなくて

大学に入った時、周りの人たちがみんな自分よりずっと才能があることに気づき、以後、「王道」には決して足を踏み言えないようにした、つねに王道脇の茂みに身を伏せて、王道を堂々と歩む人を後ろから狙撃するという卑怯な奇襲戦法に専念した。それが才能なき者の定めなのだと信じて疑わなかった
(「第9条 奇襲に頼る」)

というあたりが、筆者の複雑なところなので気を付けておきましょう。

ただ、筆者が最終章でいう

ちゃんとしてなくてもいい、気軽でもいい。
でも今、はじめる。
オンリーワンは、意外に、こんなところからも生まれるのである。

というのは、何かと狭い路地へ入り込んでいっている今の風潮のある種、別方向からの解決策のような気がします。

レビュアーから一言

本書はもともと2010年ごろに出版されたもので、当時は売れ行き芳しくなかったにもかかわらず、担当編集者の

ますます世間が個人の選択肢を狭める方向に動ています。しかし、現実が例外に満ちあふれているのであり、そういう例外的な世界や人生を生きる指針として、この本は重要性がある

という言葉が発端の「新書化」のようです。「例外的な世界や人生を生きる指針」いったあたりが、今の状勢にマッチしているように思えてきませんか?

間違う力 (角川新書)
人生は脇道にそれてこそ。 『謎の独立国家ソマリランド』『謎のアジア納豆』など...

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