江戸時代中期、天明の大飢饉による惨禍もようやく癒えつつあり、老中・松平定信の主導した寛政の改革の末期でもある寛政3年、江戸・浅草の、今でいえば浅草二丁目あたりの「浅草六軒町」にある「六軒長屋」こと「久兵衛長屋」を舞台に、親子で営んでいた矢師を廃業して、上方にいくつもりが母子のスリにあってすっからかんになって転がり込んでいた寺の和尚に差配で、この長屋の大家の用心棒を勤めることになった「真一郎」が、色っぽい矢場の矢立て女で面打師の「多香」、笛師で女に人気があって半分ヒモ暮らしの「大介」たちと、長屋や、大家の久兵衛が持ち込んでくる揉め事を解決していく、人情時代劇が本書『知野みさき「江戸は浅草」(講談社文庫)』シリーズです。
「江戸は浅草」のあらすじと注目ポイント
「江戸は浅草」の収録は
第一話 六軒長屋
第二話 猫殺し
第三話 夏の捕物
第四話 錠前破り
となっていて、まずシリーズの最初ということで、メインキャストとなる「真一郎」が矢師をやめ上方へ出稼ぎに行こうとする途中で、スリに財布をスられたため、六軒長屋に転がり込むところから始まります。その縁で寺で面打ちをする女・お多香と関係をもったことが、このままこの長屋に深入りする原因となります。
第一話の事件のほうは、お多香と同じ矢場で矢立て女をしている「おみき」が真一郎と出会い茶屋で会って別れた後に殺されてしまいます。この犯人探しに、真一郎と多香、大介が取り組むわけですが、「おみき」と二股をかけられていた女を、幽霊騒ぎでおびき出していきます。
第二話の「猫殺し」では、久兵衛の友人が飼っていた猫が殺されているのが発見されます。猫殺しはこれだけではなく、一年の間に四匹も三毛猫が殺されていて、この犯人探しに「真一郎」たちが駆り出されるわけですね。猫殺しの犯人は、ある富商にコケにされた蒔絵職人が浮かび上がり、この職人も犯行を認めるのですが、実は久兵衛の友人の飼っていて猫を殺したのは別の人物で・・という展開です。
第三話の「夏の捕物」は隅田川堤で、若い女性を襲うレイプ魔を捕まえる話です。この捕物で、同じ長屋で若い頃に被害にあった盲目の胡弓弾きの「お鈴」の恨みを晴らすとともに、生計が立たないため、一度は断念した「矢師」を再開することとなります。
第四話の「錠前破り」では、真一郎の雇い主で六軒長屋の大家・久兵衛の知り合いの両替屋・豊田屋が、盗賊に入られるのですが、錠前を破ることができず金蔵は無事。ところが、その錠前に瑕がついたので、これを京都の忠也という錠前師がつくったものに交換することとなります。なぜ、盗賊から金蔵を守った、もとの錠前をつくった六軒長屋に住む錠前師・守蔵に再度作らせないのか、不満を抱いた真一郎は、守蔵を唆して、豊田屋の忠也の錠前破りを仕掛けるのですが・・という展開です。
レビュアーから一言
最近の時代小説は、うまいものを食わせる居酒屋や、火消しといった特徴ある舞台が設えてあることが多いのですが、本シリーズは、江戸の下町に長屋を舞台にした、オーソドックスな設え。その意味では、あっと驚くような仕掛けはないのですが、その分、昔なじみの喫茶店にいるような気楽な感じが出ています。さらに、時代的にも「寛政期」という派手な田沼時代の後、ちょっと渋めな時代なので、「時代小説」本流の風情が味わえる仕立てになっています。
シリーズの続刊は2冊
「江戸は浅草」シリーズは、2021年7月現在で3巻まで講談社文庫で発刊されています。
第二巻「江戸は淺草 盗人さがしでは、吉原の遊女屋で、遊女の小間物をぬすんでいるやつを楼主の頼みで真一郎や大介が盗人探しに乗り出す「盗人さがし」のほか「預かりもの」「破寺の雪女」「辻射り」の4話
第三巻「江戸は淺草 桃と桜」では、川沿いで大家の久兵衛の飼い猫「桃」を探して射た真一郎に人殺しの疑いがかかり番屋にしょっっぴかれ、という「桃と桜」ほか「花残月」「掏摸たち」「青行灯」の4話
が収録されています。江戸情緒溢れる、とろりとした時代小説がお好みの方にオススメですね。
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