江戸時代の百均を舞台に、娘船頭・お瑛が大活躍=梶よう子「みとや・お瑛仕入れ帖」シリーズ

文化四年(1807年)におきた史上最悪の落橋事故といわれる隅田川の崩落事故で両親を失い、その後、借金の代に両親の営んでいた小間物屋をのっとられた少女「お瑛」。
16歳になってやっと兄と二人で開店した小さな店を切り盛りしていく姿を描く、お仕事系時代小説がこの「みとや・お瑛仕入れ帖」シリーズです。

キャストとしては、両親の死んだ落橋事故を目撃したトラウマで「橋」を渡れなくなったため、猪牙舟(ちょきぶね)の運転を覚え、普段は健気で臆病ながら、舟の櫂をにぎれば突然、スピード狂の船頭に変身する「お瑛」。お瑛の兄で、能天気であちこち遊び歩くのがすきなのですが、不思議と売れ筋の商品を仕入れてくる「長太郎」の二人をメインに、彼らが両親と死に別れたときから支援している料理茶屋・お加津、店の常連でいつも商品を買ってくれる、人の好いお侍風ながら、実は元火付盗賊改方で槍奉行の旗本・森山孝盛といったメンバーです。

そして、舞台となるのは、浅草橋を渡ってすぐの茅町一丁目。蔵前通りから路地を少し入ったところにある間口二間の小さな店「みとや」。この商品すべてが三十八文という江戸の百均屋でのお客や仕入れ先との事件の数々が描かれていきます。もっとも、当時、かけ蕎麦の値段が16文、天ぷらそばが三十二文という値段だったようですから、「百均」というより「3COINS]といったほうがイメージがあうかもしれません。

あらすじと注目ポイント

第一巻「ご破算で願いましては」

第一巻の収録は

「ご破算で願いましては」
「月に叢雲、花に風」
「我が待つ君」
「めんにちどり」
「天神さまが寝てござる」
「化粧映え」

の六篇。

まず最初のほうでは、兄・長太郎が、あちこちから仕入れてくる商品を「なんでもかでも三十二文、あぶりこかな網三十二文。枕、かんざし三十二文。はしからはしまで三十二文」と節をつけ声を張り上げて売り上げる「お瑛」の売り子姿が描かれます。

ただ、お瑛には、商売の腕はあるのですが、算盤30挺を売り上げる過程で、喰い詰めた浪人親子の心中騒動に巻き込まれたり、婚礼のお祝い用の和歌が記された絵皿を店頭においたことで、さる大名家の姫と家中の侍との悲恋物語と刃傷沙汰に巻き込まれるといった感じで、トラブルも一緒も巻き込んでくる、という展開です。

そして後半部分では、お瑛の両親の経営していた小間物屋「濱野屋」が借金の代に乗っ取られて陰に、ある悪だくみが隠されていたことや、忠義者と思われていた店の手代が、お瑛の父親を憎んでいた秘密など、永代橋崩落後、急変したお瑛たちの運命のからくりが明らかになっていきます。

https://amzn.to/3fqZMmm

第二巻「五弁の秋花」

第二巻の収録は

「鼻下長物語」
「とんとん、かん」
「市松のこころ」
「五弁の秋花」
「こっぽりの鈴」
「足袋のこはぜ」

の六篇。

最初のほうでは、お瑛たちが店を構える「みとや」の近くで、一品四文で「惣菜」を売る「はなまき」という店が開店します。店の主人は、「お花」という美人で色っぽい女性で、吉原でつい最近まで「お職」をはっていて花魁です。彼女がさるお大尽に身請けされた後、夜逃げしていた蕎麦屋の店を買い上げて、老女の二人で開店した店なのですが、彼女目当ての「男」たちで大賑わいとなり・・という筋立てです。おまけに、店で出す惣菜の味もすこぶる良いので、長屋の女房達も、お花から買うのはしゃくなので、老女が店番しているところを狙って買うので、開店から閉店まで大賑わいの流行店となってきます。

その人通りで客も増えた「みとや」なのですが、商売の合間に長太郎の弟分の呉服屋の寛平がお花の妹分だった花魁と所帯をもつ相談にのったり、深川で小舟の修理をしている船大工・茂兵衛の息子探しを請け負っているうちに、隅田村の船頭から猪牙舟の競争を挑まれたり、と相変わらずです。

後半部分では、お瑛の幼馴染で永代橋の事故以来疎遠となっていて「おせん」という履物屋の娘と再会するのですが、にこやかな顔の裏に相当の悪意が隠されていることにお瑛は気づかず、痛い目をみることになります。

ここで、「みとや」は、盗品故買の疑いをかけられ、商売のほうもかなりのダメージをうけることになるのですが、これをお瑛がどう跳ね返したか、も読みどころです。

https://amzn.to/3UdH5kJ

第三巻「はしからはしまで」

第三巻の収録は

「水晶のひかり」
「引き出しの中身」
「茄子の木」
「木馬と牡丹」
「三すくみ」
「百夜通い」

の六篇。

第三巻では最初の「水晶のひかり」で、元花魁で、惣菜屋「はなまき」のお花が、お瑛が第一巻で親子心中を止めさせた浪人・菅谷道之進と祝言をあげるというお目出たい話がでている最中に、お瑛の兄・長太郎が急死してしまいます。事故とか事件ではなくて、長太郎の弟分の寛平が出入りの魚屋から買ったふぐの刺身をつまみ食いして毒にあたったという顛末なのですが、突然の兄の死にショックを受けながらも、長太郎が商品を仕入れていたところを廻り、自分の知らない長太郎の姿を確かめていく、お瑛の姿が描かれます。

ただ、今回も、年をとって腕が落ちたと言って引退しようとする指物師の本心と弟子の想いを繋ぎ合わせたり、あちこちの家に入り込んで窃盗を繰り返す老婆の「茄子、茄子」という言葉の裏に息子への愛情をみつけたり、とトラブル解決は続いていきます。

https://amzn.to/3Wm7GOE

レビュアーの一言

お瑛が橋を渡らないために習得したのが「猪牙舟(ちょきぶね)」の操船技術なのですが、本書にもあるように、この「ちょき」の由来は、明暦年間に船頭の長吉が考案したから、とかチョロチョロ、チョキチョキ動くから、であったり、形が猪の牙に似ているからと諸説あるようですが、左右に揺れやすいという欠点はあるものの速度が早いため、吉原へ通う遊客にはよく使われていたようです。本シリーズで、お瑛の操る猪牙舟が多くの舟に出会い、その都度「娘船頭」と驚かれたりもてはやされたりするのは、この吉原通いということが影響しているんでしょうね。
ちなみに、この猪牙舟のチャーター代は、柳橋から山谷堀までが片道148文かかったそうで、そば一杯分の値段(16文)で乗れた渡し船代のおよそ9倍の値段なので、かなり高額だったと思われます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました